シロツメクサ

星谷七海

第1話

ある山のふもとに小さな村があった。

住む人の数は少なく、生活も質素だ。

けれど村人たちは、農業を営みながら仲良く楽しんでいた。

ある日、その村に一人の娘がやってきた。

高価そうな布で作られた着物を着ていたが、汚れてぼろぼろになっていた。

はだしの足は血だらけだった。

顔は青ざめてひどくやつれていた。


「たいへんだ。さあ、手当してやろう。」

村人たちはさっそく娘を助けてやった。

村で一番大きな家に娘をとめてあげることにした。

村人たちは次々とやってきては交代で看病を続けた。


娘の顔はふっくらとして元気を取り戻しつつあった。

色白で美しい娘だった。

「親切にしてくださって本当にありがとうございます。」

娘はほろほろと涙を流しながら、身の上話をしはじめた。

娘の名前は、ナツメ。年は十五歳だ。

ある町で織物職人の母と二人で暮らしていた。

母は隠れキリシタンだった。


しかし、町ではキリシタン狩りが行われるようになってしまう。

母の仲間たちは次々をつかまり、拷問にかけられた。

最後には家族もろとも死罪にされていった。

「もうそろそろ私もつかまってしまうかもしれない。私は、神様の踏み絵を踏むことなんて絶対にできない。だからナツメだけはお逃げ。」

「いやだよ。母さん。私は母さんと一緒に死んでもかまわない。」

頑なに一人で逃げることをこばむナツメに母はこう話して聞かせた。

「ある山のふもとに小さな村がある。そこにシロツメクサがたくさん咲いてる場所がある。そこで四つの葉のシロツメクサを探すんだよ。そしたらなんでも願いが叶うから。母さんとナツメが再び会えることを願っておくれ。」

「うん。分かった。絶対その四つ葉を見つける。そしたら母さんは殺されずにすむ。また一緒に暮らせるね。」

こうしてナツメはこの村までたどり着いたのだ。


この話を聞いた時、村人たちは誰もが思った。

それは母さんがナツメを逃がすためについた嘘に違いない・・・と。

けれど誰もそれを口にせず、ただただナツメを同情していた。

今頃、ナツメの母さんはむごい殺され方をしたに違いない。

「ナツメさん。シロツメクサはどれも三枚の葉ばかりだ。だからなかなか四枚の葉を見つけることは大変だろう。だからここで暮らしながらゆっくり探すといい。いつかお母さんと暮らせる日が来るといいね。」

「はい。私は農作業やお手伝いは何でもします。ここにおいていただけて本当に感謝します。」


体がよくなったナツメは、畑仕事をしたり、子守りを手伝ったりと評判の良い働き者となった。

人当たりもよく、皆から好かれるようになった。

ただし、ナツメと同じ年ごろの一郎だけはいつも寡黙で不愛想だった。

ナツメが挨拶したり、声をかけても返事がかえってきたことがなかった。

「一郎のことは気にしなくて良いよ。あの子は、やさしい子だったけれど、二年前にお母さんを病気で亡くしていてね、それからああなってしまったんだよ。」

「まあ、そうでしたの。私は母と離れてますから、少しはお気持ちが分かりますわ。」

ナツメは一郎のことを気にするようになった。


仕事をしながらもナツメは、四つ葉探しは毎日欠かさず行っていた。

ある日、ナツメが野原で四つ葉のシロツメクサを探していると、一郎がやってきた。

「あら、一郎さん。こんにちは」

一郎は下を向いたまましゃがみこんだ。

そしてやがて重い口を開いた。

「皆は言わないが、お前のためにも言っておいたほうが良いとおれは思う。四つ葉のシロツメクサはただの葉だ。願いが叶うはずがない。」

一郎の言葉にナツメは激しく動揺した。

「うそっ。うそおっしゃい。」

いつものナツメと違い、目がつりあがり、声がひきつっていた。

「うそじゃない。おれの母さんも死ぬ前、同じことを話したんだ。おれが母さんが死んだらおれも生きていけないと話したら、ちゃんと生きて、願いの叶う四つ葉のシロツメクサを探しなさいと言ったんだ。また母さんと会えるようにと。 そして、おれは見つけだんだ。でも叶えられなかった。」

一郎はそう言って着物からシロツメクサを取り出した。

ナツメは、震える手でその四つ葉を受け取った。

「母さん、母さんは今頃・・・大変。つかまってしまったかもしれない。すぐ戻らなきゃ。」

「何言ってるんだ。お前の母さんはお前を助けるためにそんな嘘までついたのにその気持ちを踏みにじる気か? お前の母さんはお前に生きていてほしいんだよ。」

ナツメは力がぬけたように地面に座り込んだ。

手からはするりと四つ葉が落ちていた。

一郎は、やさしくうなだれているナツメを支えた。

ナツメも一郎の体にそっと寄りかかった。


次の年の春、一郎とナツメは結婚した。

そして二人の娘が授かった。

娘たちはすくすくと成長していった。

ある日、娘たちは、シロツメクサで花かざりをつくり、

「四つ葉のシロツメクサは願いが叶うんだよね。」

「願いが叶う。大切な会いたい人と再会できるんだよね。」

と、お互いの顔を見あわれてくすりと笑った。

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シロツメクサ 星谷七海 @ar77

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