かけら

星谷七海

第1話

子どもの頃から思うことがある。

「自分」とは一体何だろうか・・

過去と現在、周囲の人々、様々なことが積み重なって「私」が存在している。


私は 3 人姉弟の一番上の子だった。

両親は厳しさという愛情を沢山注いで育ててくれた。

妹や弟が許されることも私だけは許されなかった。


子ども時代の私は絵に描いたような優等生だった。

近所の人たちからも評判が良かった。

「あやめちゃんは、妹と弟の面倒をよくみて、優しいいいお姉ちゃんね。おうちのお手伝いもいつもしてるようだし。うちの子にも見習ってほしいわ。」

「あやめちゃん、またピアノのコンクールで賞取ったんだってね。すごいね」


学校でもそう。

「ねえねえ、あやめちゃん、この計算問題、教えて。」

「今年の運動会のリレー、あやめちゃんがいれば心強いよね。」

「あやめちゃんて、何でもできてすごいよね。」


誰もが完璧な私あやめという人間に注目してくれた。

私の裏での必死な努力、そして「私」という人間を作り上げる労力の結果。

私はそんな日々に満足していた・・・


そんな毎日を過ごしていたある日、クラスに 1 人の転入生がやってきた。

学級委員長である私は、担任の先生に呼ばれた。

「転入生の鈴木このはちゃんはね、少し、うーん、何て言えばいいのかなあ、うーん、そのー、難しい

子でね。でも皆と仲良くできるようになれればいいかなと思っててね。」

「先生、私は学級委員長として、このはちゃんが1日も早く皆にとけこめるように頑張りま す。」

「さすがはあやめちゃん。」


先生が口をにごしながら言った通り、このはは変わった子だった。

無口でほとんど喋らない。

毎日、親が教室まで送り迎えしたりしたりしている。

教室にちょっと入ったかと思うとすぐ保健室や他の部屋で勉強をしている。

教室の前まで来て帰ることもあった。

先生もこのはの親も叱りもせず、彼女のペースに合わせている。


私はどうもこの子が苦手だった。

皆もこの子に困っているかな、と思ったらそうではなかった。

「このはちゃんがクラスの輪に入れるようにしよう。」

「このはちゃんの給食、私が保健室に運ぶね。」

「私、このはちゃんと家が近いから一緒に学校行くようにする。」

皆の注目がこのはに集まっていった。


朝、教室に入るのに両脇から手を握られ

「このはちゃん、あと一歩、あと一歩」

と声をかけられる。

皆が見守る中、ことははゆっくりした足取りで教室へ足を踏み入れる。

「このはちゃん、頑張ったね。」

「えらい。えらい。」

皆が歓声を上げる。


それを嬉しそうに見守るこのはの両親。

このはが皆を見て笑顔になった。

「あ、このはちゃんが笑った。」

「笑ったとこ初めてみたー。かわいいよ。」


私は唇をかみしめていた。

教室に入れたから、笑ったから、そんなことが何だというのだろう。

私はいつも血のにじむような努力をしているのに

1 人じゃ何もできないくせにとこのはを見下すことでモヤモヤした気持ちを安らげていた。


けれどこのはには特技があった。

このははどんなパズルでもすぐ完成させた。

本当は学校に持ち込み禁止だけどこのはだけは特別扱いだ。

「すごい。すごいね。このはちゃん、こんな大きなパズル、よくできるね。」

皆にほめられ、誇らしそうにするこのは。


ある放課後、私は教室に忘れ物をして取りに戻った。

「あった、あった、と。」

帰ろうとしたその時、このはの机の大きなパズルが目に入った。

授業中もずっとやってた。これまでで一番大きく難解なパズル・・・


私は思わずパズルに近づき、ピースを 1 つ取った。

そしてすぐポケットの中に入れて走り去った。


何故、あんなことをしたのか。

気がついたら手が体が動いてしまっていたのだ。


そして次の日、それは授業中に突然起こった。

「あー、あー」

このはが大きい声を張り上げた。

「どうしたの?このはちゃん」

先生や皆が心配そうにみる。

このはは奇声を発し続けたまま、パズルを思いきり放り投げた。

「あー」

このはは叫びながら、机やいすをけり倒して暴れ続けた。


両親に迎えにきてもらい、このはは帰っていった。


そしてそれから学校へはもう来なくなった。


「なんかこわかったね。あの子。」

「もう学校に来ないでほしいよね。」

「親もばつ悪そうな顔してたからもう来させられないんじゃない?」


私は何となく分かっていた。

このははこだわりの強い子だった。

だから1つのピースがないことでパズルが完成できないからああなってしまったのだ。

そう、私のせいでこうなってしまったのだ。

そしてあっさりこのはを見捨てるクラスメイトたち。

こんなに簡単に手の平を返す子たちに今だ注目されたい私。


私は大人になった今でもこのパズルの1ピースをとっておいている。 自分への戒めのために

もう 2 度とこんな過ちをおかしてはいけない。

こうして私の完璧主義はまだ続く。


完璧であろうと努力しながら、心の底では悲鳴を上げていた小さなあやめ。

私はこのあやめをずっと閉じ込めたままにしている。




















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かけら 星谷七海 @ar77

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