悠々自適な幽閉生活のはじまり 2

「王家直轄地にある離宮の中で一番広いとは聞いていたけど、想像以上の大きさね、デリア」


 離宮の二階。

 見晴らしと日当たりのいい一室を自室に選んだアドリアーナは、窓の外から見える広大な山々に思わず感嘆の行を漏らした。

 一緒についてきてくれた侍女のデリアは公爵家から運んできた荷物と、アドリアーナの到着に先立ち、王妃がわびとして送って来た流行のドレスや装飾品類をクローゼットに片付けていた手を止めて振り返る。


「まるでお城みたいですね」


 デリアのその感想は間違っていない。

 隣国との関係が落ち着いているので今は機能していないが、元々ここは、東の防衛の要として作られた都だった。

 王家直轄地になる百年前まではこの地は辺境伯が治めていて、ここは辺境伯が住んでいた城だったのである。


 王都の城のような華やかさはないが、防衛という面ではとても機能的な作りになっていて、周囲を高い外壁で覆い、さらに高い尖塔が四か所建っていて、周囲を取り囲む山々とその奥に見える国境の壁を見渡せるようになっていた。

 父が快く貸してくれたので、ブランカ公爵家から十人ほど使用人を連れてきたが、王家からも大勢の使用人と、それから護衛のための騎士まで派遣してもらえて、なんだか女城主にでもなったような気分である。


 あまり目立ってほしくないので頻繁に町には降りないでほしいとは言われていたが禁止されたわけでもないので、幽閉と言ってもそれほど窮屈な感じはしていない。


「考え方によってはラッキーよね。殿下との婚約も解消できたし、ここでのんびり過ごしていいんだもの」

「お嬢様……」


 デリアはあきれ顔で肩をすくめた。


「殿下との婚約解消を大っぴらに喜ぶべきではありませんし、ここに何年も拘束されては結婚にも響きます。少しは怒ってください」

「あらでも、デリアも殿下は気に入らなかったんでしょ」

「お嬢様への態度に怒ってはおりましたが、それとこれとは別ですよ」


 まあ確かに、王太子に婚約破棄されたという事実はアドリアーナに一生付きまとう汚点だろう。落ち着いたころに幽閉処分を解いてくれると国王は言ったが、貴族令嬢として一生涯独身でいるわけにもいかないので、結婚問題もついて回る。今回の件でブランカ公爵家におとがめがなかったので、嫁ぎ先は探そうと思えばいくらでも探せるが、ここに数年拘束されれば結婚適齢期が過ぎるのは間違いないのでどこまでの良縁が望めるかはわからない。


(わたしとしては別にいいんだけど、デリアにしてみたら、例えば伯爵令息だって納得できないんでしょうね)


 王妃になる予定だったアドリアーナが、格下の家に嫁ぐ可能性があるのが許せないのだと思う。とはいえ、公爵家や侯爵家は数が少ないし、相手も限られるので、そこに限って相手を見つけるのは大変だ。子爵家以下はさすがにないだろうが、伯爵家までは候補に入るはずである。

 アドリアーナにしてみれば、それなりに心を通わせられて、互いに大切に思える相手ならば誰であろうといいのだけれど、子爵家出身の生粋の貴族であるデリアからすれば、ずっと格下の家に嫁ぐのは不名誉なことであるらしい。


「でも、お父様たちが陛下が青くなるほどの慰謝料をふんだくったから、わたしの結婚問題まで保証してもらうのは無理だと思うわよ」


 国の運営に関わる部分からお金を算出するわけにいかないので、ブランカ公爵家に支払われたお金は国王や王妃、それから王太子やその弟王子のための生活費や衣装代などから引き出された。さらにアドリアーナが王太子妃として嫁ぐときの結婚資金に充てられるはずだったお金もすべて分捕ってきたのである。


(あれだけ奪い取ったら、陛下たちは来年の予算の算出まで新しい衣装を一つ整えるのも厳しいでしょうね)


 我が父や兄ながら容赦がない。

 むしろ罪のないアドリアーナを幽閉させるのだから、自分たちはそれ以上に質素で苦しい生活をすべきだと言わんばかりの対応だ。

 アドリアーナの幽閉先での生活費は、王家の生活費ではなく国庫から出されるので、臣下たちからの視線も痛いはずだ。表だってアドリアーナに非がないとは宣言されなかったが、国庫から莫大なお金がアドリアーナのために動かされている事実を見れば、今回の非がヴァルフレード側にあるのは誰もが気づくところであろう。


(まあ、わたしにはもう関係のないことだけどね!)


 アドリアーナは大きく伸びをした。

 窓の外の山々はまだ青々としているが、これから秋が深まるにつれて徐々に紅葉し、美しく色づいていくことだろう。今からとても楽しみである。


「ねえデリア、荷物の片づけが終わったら、近くを散歩して見ない?」

「いいですね。少し行った先に川や湖があるらしいですよ。湖ではボート遊びができるように、ボートも用意してくださっているらしいです」

「それは至れり尽くせりね」


 国王夫妻は本当にアドリアーナの生活に最大限の配慮をしてくれているようだ。

 書庫にはたくさんの本があったし、アドリアーナくらいの年代の女性が好む物語もたくさん届けられている。

 アドリアーナが望むなら、犬や猫なども飼っていいと言われていた。

 料理人は城から王宮料理人が派遣されているし、友人を呼んでも構わないと言われている。


(もうここまでくれば幽閉じゃない気がするけど、まあいいわ)


 国王も「表向き幽閉」と言っていたので、本当に幽閉したときのような扱いにするつもりはこれっぽっちもないらしい。


「これ以上寒くなったらボート遊びもできなくなるし、せっかくだから、遊んでみる?」

「では、料理長に言ってお弁当を作ってもらったらどうでしょう? ボートの上でランチとか、楽しいかもしれません」

「名案ね! 採用するわ!」


 デリアがにこりと笑って部屋を出ていく。

 ゲームのストーリー同様に断罪イベントが起こったときは絶望しそうになったが、蓋を開けてみればそれほど悪くない結果に落ち着いた。


(というか、殿下と結婚する未来より今の方がいいかも)


 楽しい幽閉生活になりそうだと、アドリアーナはもう一度窓の外に視線を向けて微笑んだ。



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