35.ジジイどもは旅に出ます


 王宮舞踏会当日、ヴィルフリートは妻のミリアムとともに会場へと足を踏み入れた。今回は二男のルキウスが長女のエリザベートをエスコートしている。長男のクラウスは、カロリーネのエスコート役を任されていた。他に適切な相手が見つからなかった――他の候補者をフェリクスが蹴った――からだ。


 見目麗しいクラウスと美しく装ったカロリーネが入場すると、あたりにどよめきが起こった。「まあ、聖女様よ」「お美しい方ね」「素敵、お似合いだわ」などと誰かが囁く声が、ヴィルフリートの耳にも入る。


「……王族が義理の娘ってのは、ちょっとなぁ……」


「あら、リズは第三王子殿下と……」


「第三王子殿下!? まだ仲いいのか!」


「え、ええ。次回からは、リズのエスコートは第三王子殿下が務めてくださるんじゃないかしら。いいと思うわ、陞爵したことだし」


「……そういえば陞爵したんだった。いい、のか? 身分についてはいいんだろうが……」


 無理やり自分を納得させるようにぶつぶつとつぶやくが、どうにも腑に落ちないものを感じ、ヴィルフリートは先のことを考えるのをやめた。


「ところで、どうする? 一曲くらいは踊ろうか?」


「そうね。いつにもまして素敵なヴィルと踊れたら、とてもうれしいわ」


「ああ、愛してるよ、かわいいミア」


 きらびやかに飾り付けられた会場には、招待された者たちが次々と入場している。貴族同士の談笑もあちらこちらで始まっており、にぎやかになりつつある中、ヴィルフリートとミリアムは相も変わらぬ熱烈な相思相愛ぶりを見せつけていた。


 最後に入場するのは、王であるアーデルベルトだ。会場にいる者たちの視線を集め、王妃とともに厳かな空気をまといながら玉座に着くと、挨拶を述べる。


「……では、紹介しよう。聖女カロリーネ・アレンス、こちらへ」


 一通りの口上を済ませると、アーデルベルトが重々しくカロリーネの名を呼んだ。会場の人々が注視する中、カロリーネは背筋を伸ばし、短期間で何とか身に付けた正式な所作を駆使して玉座のそばへ進み出る。


「このたび聖女という任を担うことになりました、カロリーネ・アレンスと申します。皆様、よろしくお願いいたします」


 緊張感でともすれば震えそうになる声を絞り出し、言葉を紡ぐ。大丈夫だろうか、聞こえただろうか、言葉が短すぎただろうか、カロリーネがそんなことを頭の中で思い巡らせていると、人々から「まあ、ご立派だわ」「声までお美しいのね」というような好意的な声が聞こえる。カロリーネがほっとした笑顔を見せると拍手が沸き起こり、アーデルベルトが「では思う存分楽しんでくれ」と告げて挨拶は終了した。


 緊張の場面を無事に切り抜けたカロリーネのエスコートを、クラウスが寄り添って続けている。ヴィルフリートとしては「クラウスでいいのか……?」と思ってしまうのだが、ミリアムは微笑ましく見ているだけだ。


 そうこうしているうちに、ヴィルフリート自身が注目される立場になってしまった。周りに人が集まり、聖女探しやレッドドラゴン討伐の話を聞きたがるのだ。


「おい、一体どんな手を使ったんだよ。さすが双剣の氷月と言いたいところだが、いくらおまえが優秀だからってたった三人で……」


「……その二つ名やめろって……。あと、三人じゃないぞ。五人だ」


「五人? あと二人は誰だよ」


「西の辺境軍の兵士で、若い男と女だよ」


「えっ、辺境軍の若い兵士? 合流したとしても、たった二人って人数少なすぎないか?」


「……それが、色々あって、成り行きで……」


「どんな成り行きだったんだ?」


 きりがないと、ヴィルフリートはうんざり顔で深くため息をついた。いっそのこと物語調に文字をしたためて劇場で公演してもらおうかとさえ考える。そうして、質問がきたら「詳細は劇にて!」と答えるのだ。ヴィルフリートとしては避けたい手だが、クラウスが乗りそうな案ではある。


「どんな、って、話すと長い……」


「ちょっと待てよ、それより、フェリクス様にお子がいたことの方が驚きだ。おまえ知ってたのか?」


「いや、知らなかっ……」


「別にそれは驚かないだろ、隠してたのだって当然だ。そんなことよりレッドドラゴンの……」


「だから待てって。しかもそのお子が聖女様だったんだぞ、これが驚かずにいられるか」


「そんなこと、あとでフェリクス様か聖女様に話を聞けばいいだけだろう。そうじゃなくて、レッドドラゴン討伐のことを……」


「フェリクス様たち、一緒に暮らしていたわけじゃないんだろ?」


「何だよおまえ、強引に話を進めるなよ」


 最初こそヴィルフリートは質問に答えていたが、多くの人数に囲まれ、多くの質問を投げられ、答えても答えても質問が増していくという悪循環に陥って、口を閉ざす羽目になった。更に周囲でおかしな言い争いが勃発し、再び口を開くこともできないくらい白熱してしまっている。


 ふと少し離れたフェリクスの方を見ると、同じように質問攻めに遭っているらしく、目が合った。その向こう側にいるクリストフも、同様に困り果てた表情でヴィルフリートの方を見ている。


 フェリクスとクリストフに軽くうなずいてみせると、ヴィルフリートは人垣をかき分け一目散に出口へと走り出した。レオンハルトの咎めるような視線が刺さったのを感じるが、無視して会場の出口を抜けて外へと駆け抜ける。ほぼ同時に、フェリクスとクリストフも口調は「すみません」と丁寧だが、周囲の人々を振り切って全速力で走り始めた。


「ったく、ジジイ走らせるな、ってのっ……! 腰が痛くなるだろうが!」


「僕、もう、息が、切れて……きた……っ」


「フェリクス大丈夫か? 背負ってやろうか?」


「……いい、……がんばるっ……!」


 追いかけてくる者は特にいないのだが、何となく走り続けていると、厩舎に到着した。およそ厩舎にはそぐわない正装で、三人は切らせた息を整える。


「はぁ、はぁ……、膝が痛くなりそう……。そうだ、ユキエルいるかな? あ、いた、ユキエル! 僕のこと覚えてる?」


「ユキエルも元気そうでよかったよ」


 ヴィルフリートが出現させた氷角灯アイス・ランタンの下、ユキエルの鼻面を愛おしそうになでるフェリクスのそばで、クリストフも優しい笑顔を見せる。


「これで年寄り全員揃ったな。このままシーラスの大浴場にでもしけこみたいところだ」


「いいね、行きたい」


「ミアに叱られるから、今すぐにはやらないが」


「いつ行く? あ、オートレーの酒場も寄ろうよ」


 ヴィルフリートの冗談にフェリクスが乗り、シーラスへの観光を考え始める。


「クストなら何度か行ってるが……」


「そりゃクリスはなぁ。リーゼちゃんがいるもんなぁ」


「……それがな……、聞いてくれよ、陞爵を賜ったもんだからリーゼが縮こまってしまって……私は平民なので、って……」


「ああ……、リーゼちゃん真面目だもんな……」


「リーゼが言うには、一代限りの男爵でも貴族は貴族、らしい」


「リーゼちゃんが言いそうだな……」


 自分よりクリストフの口から出てくる愚痴の方が多いなんて珍しいと思いながらも、ヴィルフリートがうなずいて聞いていると、フェリクスが「早く会いに行かないと!」と言い出した。


「フェリクスが行きたいだけだろ」


「そうだけど、ヴィルも行きたいよね?」


「まあ、そうだな」


「リーゼが会ってくれるか心配だが……」


「そんな心配はあとですればいいよ。後悔しないようにね」


「フェリクスが言うと重みが違う……。じゃあ、計画を立てよう。クリス、フェリクス、今後の予定は? 目的地はどうする?」


 きちんと仕立てられた華やかな服装の三人が薄暗い厩舎の脇でしゃがみ込む光景は、知らない者が見たら目を疑うだろう。レオンハルトあたりなら、「また何かやってるな」と軽く眉をひそめるくらいで済ませてくれるかもしれないが。


「俺は、大事な用事は特にないな。リーゼに会いに行くくらいで」


「もうカロリーネも神殿に慣れてきてるし、僕もそんなに忙しくないよ。次の旅は湯治……っていうんだっけ? 湯に浸かって体を修復するって」


「ああ。クラウスが『湯治か、いいな』なんて次の商売で目を付けてた」


「さすがヴィルの息子……。よし、シーラスでの湯治が目的だ。デニスとガブリエラにも会いたいから、手紙でも出してみるか」


「お、現地で合流か、それいいな。でも何だかんだと用事が入る可能性はあるぞ。貴族会議なんかより大事なんだから、クリスもフェリクスも、出発日が決まったらまた旅に出るって宣言しておけよ」


「そうだよね」


「違いない」


 大きくうなずき合うヴィルフリートたちのそばで、ユキエルが『自分も連れて行け』というように、うんうんとうなずく仕草を見せる。


「『ジジイどもは湯治の旅に出ます!』ってな」


 きっぱりと言い切ったヴィルフリートの言葉で三人が朗らかに笑う声は、結界は必要なくなった澄んだ夜空へと高く吸い込まれていった。

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ジジイどもは聖女探しの旅に出ます 祐里(猫部) @yukie_miumiu

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