14.作戦


「おい、さっき商人に聞いたんだが、辺境にドラゴンが出たんだってよ」


「ドラゴン? 冗談よせよ」


「冗談ならいいんだが。ここ最近、魔物が増えてるし、ドラゴンが出てきてもおかしくないだろ」


「あー、まあ、なぁ」


「炎を吐いて大暴れしてるんだと。辺境伯も手に負えない状態とかで、公爵様の軍が向かってるらしい。王都を出発したばかりだっていうからまだ先だろうが、クストにも立ち寄られるかもな」


「……ただの伝説の魔物じゃなかったのか……。それだけ聖女様のお力が弱まってるってことなんだろうな。奥様がそんな状態で、公爵様もおつらいだろうに……」


 市場で旅に必要なものを買い揃えているヴィルフリートとフェリクスの耳に、品出し中に油を売る男性たちの声が聞こえてきた。


「辺境にドラゴンが……? 公爵って、レオンのことだよね。戦闘に慣れてるはずの辺境伯も手を焼くドラゴン退治に、僕たちも参加させる気なのかな」


 男性たちがいる場所から離れると、フェリクスがヴィルフリートの方を向いて小声で言った。


「三人ともジジイだから、気兼ねなく使い捨てできるってことかもな。フェリクスがそこに入るのかは疑問だが」


「僕はもう、王室にはいらないんだと思う。そうか……そうだよね、もうこの年だし」


 フードを目深にかぶっているフェリクスの表情は読み取りにくいが、ヴィルフリートは「いらない」という言葉に反応し、「あまり悪い方に捉えるなよ」と一言告げる。


「いや、僕にとっては朗報だよ。肉親の情は置いといて、だけど」


「そうか……。手袋は、いるか?」


「あっ、いる、いる」


 ヴィルフリートは手袋を手に取ってフェリクスに見せた。フェリクスはまた御者をやりたがるだろうが、そのためには防寒具が必要だ。他にも次々と商品を手に取り、張り切って買い物を続ける。


「ちょ、っと、買いすぎた」


「うう、重い……」


「風魔法で少し軽くできるけど、足元が寒くなるんだよな、あれ」


「寒いより重い方がいい、かな」


「老いた体に冷えは大敵だもんなぁ。ギルドまで行ったら馬車に積めばいい、がんばろう」


 空っ風が吹くギルドへの道のりをフェリクスと共に歩きながら、ドラゴン相手に戦闘を繰り広げる自分を想像してみる。『今回も思う存分活躍して帰って来るといいわ』『大丈夫よ、きっとうまくいくわ』というミリアムの言葉を思い出しながら、ヴィルフリートの口元はゆっくりと弧を描いていった。



**********



「クリス、あのな、どうやら西の辺境でドラゴンが炎を吐いて暴れてるらしいんだ」


「……ドラゴン……? って、この世にいるのか?」


 何種類かいるドラゴンの中で、一番獰猛なのはレッドドラゴンだと言われている。尾を含む全長は人間の約十倍、真紅の鱗で覆われた体、背に大きな翼を持ち、大きく裂けた口で炎を吐き、鋭い爪は硬い岩をも切り裂くと伝えられている。が、あくまでも『言われている』『伝えられている』に過ぎない。王室管理の文献を漁れば大昔のドラゴンとの戦闘記録が出てくるかもしれないが、一般的には人々の伝承でのみ知り得ることだ。


「辺境伯も手に負えなくて、公爵が軍を率いて向かってるって話だ。市場で誰かが話している内容を聞いただけだから真偽はわからんが、わざわざ使者が来たということを考えると、おそらく事実だろう」


「公爵の軍……レオンか。だから早く聖女を探せと?」


「いや、俺らも討伐に加われってことかな。『早く聖女を探せ』なら、西の辺境に来いなんて言わないだろ。どこにいるかわからないのに」


「それもそうか」


 昼食を終えた三人が集まっているのは、宿のヴィルフリートの部屋だ。最近では時間ができると二人が勝手に入って寛ぎ始めるというのが当たり前になっており、ヴィルフリート本人はいつも首をひねって不思議がっている。


「ところでクリス、リーゼちゃんにペンダント渡せたか?」


「うぉっ、何だよ突然」


「渡せたか?」


「……渡したよ」


「リーゼちゃん、何か言ってたか?」


「ありがとうって言ってたぞ」


「突き返されなくて何より。で、それ以外には何て?」


「……いや、それは……、五十年後に話すから……」


「クリス……おまえ、そこまで長生きするつもりなのか……俺にはたぶん無理だ」


「……えっと、話し中ごめん、ヴィルとクリスに言っておかないといけないことがあるんだけど……」


 クリストフがヴィルフリートの追及に戸惑っている間もうつむき気味で黙っていたフェリクスが、顔を上げておずおずと話を切り出した。


「フェリクス、どうした?」


「……僕が前に話した女性が帰った田舎って、西の辺境の町なんだ」


「……えっ?」


「本当か?」


 ヴィルフリートとクリストフが驚いてフェリクスを見つめる。


「本当。でもまだそこに住んでいるのかはわからないし、誰かと結婚しているのか、存命なのか……何もわからない。正直、もし会えるとしても、会うのが怖い……」


「そうか……でも、もういいだろ。会っちゃえよ」


「……うーん……、会えたら謝りたいけど……やっぱり怖いから、西の辺境に着いたら髪と目は元に戻して常にフードをかぶっていようと思う。寒いだろうしね」


「んじゃブラウンにはしないってことか。あ、もしかしてそのためにフード付きの上着選んだのか?」


「実はそうなんだ。占い師が西の方って言うから。聞かされたのは前日の夜だったんだよ、ひどいよね。……でも、油断してたよ。西の辺境に行くまでにもいくつか町はあるし、もっとずっと先だと思ってた」


 それまで静かにヴィルフリートとフェリクスの話を聞いていたクリストフが、口を開く。


「じゃあ今度は俺が女神様に祈ってやるよ。全部うまくいきますようにって」


「……うん、ありがとう」


 クリストフとフェリクスのそんな微笑ましいやり取りを見ていたヴィルフリートは、ニヤリと口端を持ち上げて言う。


「なあ、俺、久し振りに血湧き肉躍る感覚を味わってるんだ。俺らは大した戦力じゃないと思われてるだろうが、そう簡単にくたばるつもりはないしな」


「ああ、実は俺もだ。見たこともないドラゴンへの恐怖と、強敵に立ち向かって戦うことができるっていうわくわくする気持ち両方が腹の底から湧いてきてる。……フェリクスは?」


 クリストフも口元にいたずらっぽい笑みを浮かべてヴィルフリートに応え、フェリクスに問いを投げた。


「……僕、は……」


「無理しなくていいぞ、離れた場所で聖なる治癒ホーリー・ヒール飛ばすだけでも十分だから。軍の救護隊に混じるのもいいかもな」


 ヴィルフリートの気遣いにフェリクスは少し下を向いて黙ったあと、笑顔で口を開いた。


「もちろん恐怖はある。でも……僕も同じで、すごくわくわくしてる。たぶん二人と一緒だからだろうね」


「よしっ、じゃあ作戦練ろうぜ。主に俺が死なないように」


「ヴィルだけかよ」


「クリスもヴィルも、僕が死なせないよ」


 クリストフが「頼もしいな、フェリクス」と明るく笑い、フェリクスも笑みを更に深めてそれに応える。まるで友達と遊びに出かけ胸を弾ませる少年に戻ったかのような二人の表情に、ヴィルフリートも相好を崩した。



**********



 宿の食堂で夕食を取っている最中、フェリクスが『作戦』について話し始めた。


「ヴィル、あとで治癒魔法の練習しとくといいよ。無詠唱の広範囲治癒魔法ができるようになるかも」


「えっ、広範囲治癒魔法って上級だよな? 聖魔法は蘇生以外中級までしか使えないぞ」


「あの翡翠、かなり良質なものだからたぶんできるんじゃないかな。まずは詠唱ありからやってみるといいよ」


「わかった、じゃあ行く途中で魔物が出たら小さい怪我を負ってくれ」


「えー、それ難しいなぁ。じゃなくて、その前に『詠唱教えて』って言うよね、普通」


「フェリクス様、詠唱を教えていただけませんでしょうか」


 ヴィルフリートがふざけて慇懃無礼に言うと、フェリクスがぷっと吹き出した。


「最初に会った時みたいだね」


「そうだな。あの時は緊張してたんだぞ。なあ、クリス」


「いや……、俺はあの時御者やってたし、腰が痛くてそれどころじゃ……」


「ああ、前の日の夜、冷えたんだよな……って、話がそれた」


 『作戦』については色々と詰めておくべき箇所があると、ヴィルフリートは考えている。伝承通りの炎を吐く能力や背中の翼などの特徴を持つレッドドラゴンが相手だとすると、相当な難敵なのだ。


「俺は三人で倒したいんだが、正直に言うと、今の俺らでは勝てる気はしない」


「軍も戦闘するんだろ?」


「こっちの方が早く到着するぞ。手をこまねいて軍を待っていてもいいが」


 「そうか、確かに」と同意するクリストフの表情には、王立軍を待つ気はさらさらないのが見てとれる。


「……三人で倒すって……」


「怖いか、フェリクス」


「ううん、そんなことないよ。きっと楽しいと思うし」


 フェリクスの返答にふっと笑みを漏らすヴィルフリートに、「何かいい案はあるのか?」とクリストフが尋ねた。


「子供の頃から伝説として知っているレッドドラゴンだと仮定して、属性は闇と炎だと思う。口から吐かれる炎対策が必要だ。防御魔法の氷煙アイス・プルーム氷壁アイス・ブライニクル、対物理攻撃で神聖なる盾セイクリッド・シールド土精の盾ノーム・シールドあたりがいいだろう。次に攻撃だが、尾を除いてもおそらく人間の五倍以上の身長があるはずだし、鱗が硬いらしいしで、剣での攻撃は普通なら効果が薄い」


「そうすると、俺は役立たずか」


「『普通なら』な。剣に氷魔法と聖魔法のエフェクトを追加して弱点を攻撃できれば、あるいは……。と、ここまでは考えが及ぶんだが、この先はなぁ……何せ情報がない」


 ヴィルフリートが肩をすくめてみせると、フェリクスが小さな声で「弱点……」とつぶやく。何かを懸命に思い出そうとしているようだ。


「フェリクス、何か知ってるのか?」


「昔、神殿に入る前に、赤いドラゴンが出てくる絵本を見たことがあって」


「絵本? 俺はそんなの見たことないな。クリスは?」


「俺もだ」


「その赤いドラゴン、額に八面体の赤い宝石がついてたんだ。それがけっこう強調されて描かれてて……弱点かどうかまではわからないけど、確か物語の主人公はその宝石を攻撃してた、はず……」


「八面体の赤い宝石……尖晶石スピネル? もし尖晶石スピネルだとしたら結晶同士の境界があるはずだから、そこを狙って壊せそうだな」


 ヴィルフリートが料理を食べ終え腕組みをしながら考えていると、「続きはヴィルの部屋で考えようよ」とフェリクスから提案があった。


「え、いや、いいけど、おまえら何でいつも俺の部屋に来るんだ?」


「何でだろう。クリス、わかる?」


「わからん。わからんが、別にいいよな。本人もいいって言ってるし」


「そうだよね。じゃ、行こう」


「……おまえら、自分でもわかってないのか……」

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