13.「…………」


 翌日、三人は宿泊先をギルドから宿に移した。ヴィルフリートの部屋に呼ばれたクリストフとフェリクスはベッド脇に並んで座らされ、立ったまま難しい顔をしているヴィルフリートに睨みつけられている。


「宿の厚意で、早めの時間帯に部屋に入れたわけだが……」


「うん」


「ちょうどいいから、クリスとフェリクスは、今日は宿で大人しくしてるように」


「ええー……クリスは昏睡状態から目が覚めたばかりだけど、僕は健康だよ」


「俺だってもう何ともないぞ」


「ガラガラ声で言われてもまるで説得力がないんだ、フェリクス。その声で町長に会いに行く気か? しゃべるな、口を開くな。聖なる治癒ホーリー・ヒールは泣き腫らした顔は治してくれたが、喉の炎症には効かないということがわかったんだぞ。熱が出ても知らないからな。もし食欲がなくても、食事はちゃんと取るように」


「そんな……」


「しゃべるな、口を開くな」


「…………」


 反論しようとするが、眉間にしわを寄せたヴィルフリートに強い口調で言われ、フェリクスはむぐっと口をつぐむ。


「で、クリス。おまえは流した血を取り戻すんだ。今日は一日休んでたくさん食え」


「何も宿で休んでいなくてもいいだろう。食欲も順調に戻ってきてることだし、普通に動けるぞ」


「いーや、だめだ。剣を振るのも禁止。とにかく体を休ませて、肉……だけじゃなくて色々食え。大量に血を流して死の淵から戻ってきたばかりだってのに、部屋飛び出して行ったんだぞ、おまえ。リーゼちゃんだって心配してただろ。ああ、そうそう、簡単な氷魔法教えておいたから、彼女の心配はいらない」


「うっ……」


 クリストフもやはり眉間にしわを寄せたヴィルフリートに強い口調で言われ、フェリクス同様、何も言えなくなる。


「わかったか? わかったら昼飯食いに行くぞ」


「…………」


「……フェリクス、話せないの大変だな……」


 クリストフは口をつぐんだままのフェリクスに同情し、何とか言いたいことを汲み取ってやろうと試みる。


「…………」


「今日は太陽が出てるから、それほど寒くはないだろ」


「…………」


「ああ、風は強そうだな。部屋から上着取ってきてやるよ。分厚い方だろ? 待ってろ」


「…………」


 フェリクスが話さなくても、クリストフには身振り手振りで言いたいことが伝わるようだ。


「じゃあクリスが上着取ってきたら行くぞ。特別に、一軒ずつ店に寄って買い物することを許可する」


「……!? ……!!」


「よかったな、フェリクス」


「……おまえら、仲いいな……」



**********



 今回の昼食は、熱帯地域の名物料理を出す店にしようとヴィルフリートが独断で決めた。店内に入り、注文を済ませるとスパイスが効いた匂いが強くなってきて、食欲をそそられる。


「昨日、俺がどれだけハラハラしてたか、おまえらわからないだろう」


「お、おう……」


「…………」


「本気でこいつらに殺されるかもと思ったんだぞ。ドラゴン同士の方が、まだかわいいわ」


「うう……すまない……」


「…………」


「フェリクスなんか、詠唱始めるし。あれ、神槍グングニル出そうとしてたろ? ……まさか、もし俺が巻き添え食って死んでも蘇生魔法使えばいいや~なんて思ってなかっただろうな?」


「…………」


 言いつけ通り無言を貫いているフェリクスが、胡乱げなヴィルフリートから目をそらす。ヴィルフリートは大げさにため息をつくと、今度はクリストフに狙いを定めた。


「クリスに至っては、俺が止めるのも聞かずにリーゼちゃんの悲鳴で飛び出して行っちゃったし」


「いや、それは……」


「それは、何だ? 助けるなら俺かフェリクスでもよかっただろ」


「……何でもない……悪かった……」


 正論を紡ぐヴィルフリートの鋭い視線がクリストフの目をとらえ、素直に謝るしかなくなってしまう。


「大体、フェリクスがきょうぼ……短気で激情型だってことは、もうわかってただろ? あんなに煽ったら、そりゃああなるわ」


「そ、そうだな……悪かったよ……」


「……!? んむー!!」


「しゃべるな、フェリクス。大人しくしてろ」


「…………」


「ああ、料理全部来たな。付け合せの野菜と果物もしっかり食べろよ。……はぁ……息子たちに説教してる気分だ」


「お、おう……それはすまない……」


「…………」


「……全く……。で、このあとどこか寄りたい店はあるか?」


「俺は、ええと、アクセサリー店に……」


「…………」


「え、フェリクスも? 同じ店でいいのか?」


「…………」


「フェリクスもアクセサリー店でいいらしい」


「……クリス、すごいな。フェリクスがうなずいただけでわかったのか」


「…………」


「いい翡翠探してやるって」


「翡翠? 俺のか?」


「…………」


「いや、壊れては……ああ、蘇生魔法使ったから細かいヒビが入ってるかもってことか。そうだな、見てみるのもいいかもな」


「…………」


「……ヴィルの方がよくわかってるじゃないか……」



**********



 三人は昼食を取った食堂を出て、アクセサリー店に入った。美しい宝飾品が並ぶ店内でクリストフは最初こそ居心地が悪そうにしていたが、目当てのものを見つけると動かなくなり、今もそこで何やら悩んでいるようだ。


「エメラルドもきれいだが、戦闘には翡翠の効果の方が向いてるよな……。よし、フェリクスがさっき選んだ純度の高い翡翠にするか」


 そう言うとヴィルフリートは店員を呼び、翡翠をアクセサリーにして身に付けたいと申し出た。


「で、クリスは何を見てるんだ?」


「…………」


「クリスが見てるところ、高価なものしか置いてないよな」


 クリストフが真剣な眼差しで見つめているのは、青水晶だ。希少価値が高く、魔を払い潜在能力を高める効果があると言われているため、高値が付けられている。


「フェリクス、ちょっとクリスに『フェンリルのおかげで懐にはかなり余裕がある』って伝えてきてくれないか」


「…………」


 フェリクスはこくりとうなずくとクリストフの元へ行き、「…………」と言っている。言葉は聞こえてこないが、どうやら伝わっているようだ。


「伝えてくれって言っておいて何だが、何であれでわかるんだろう……」


「……では、申し訳ないのですが、時間がかかりますので二日後以降また取りに来ていただけますか?」


「え、あ、はい、わかりました」


 後ろを向いてクリストフとフェリクスの様子を見ていたヴィルフリートは、女性店員に話しかけられ、慌てて返事をする。


「……あのー、あいつ、あのデカいやつなんですけど、女性に贈るの選んでるので……」


「まあ。わたくしどもの腕の見せ所ということですね。大丈夫です、お任せください」


 にこりと笑う店員に安心し、ヴィルフリートは宝石類の前でうんうん唸っているクリストフの元へ歩み寄った。


「まだ悩んでるのか?」


「うわっ、びっくりした。急に話しかけるなよ」


「そんなに驚かなくても……。悩んでるなら、店の人に相談してみたらどうだ?」


「うう……」


 ヴィルフリートの言葉に、またクリストフが唸り始める。そこへ女性店員が話しかけると順調に話が進み始め、結果、青水晶のペンダントをペアで作ることになった。


「明後日取りに来ることになったよ」


「そうか、俺のと同じだな。また来よう」


 アクセサリー店を出ると、西方地域特有の乾燥した強風が三人を襲った。街を歩く人々の中にも、襟巻きや手袋をしている人がちらほら見られる。


「…………」


「風が強い……やっぱりおまえら今日は外出禁止だ。特にフェリクスの喉には厳しいからな」


「…………」


「そうしょんぼりするなよ。あとで水飴買ってやるから」


「…………」


「水飴好きなのか、子供みたいだな。……ああ、悪かったって」


 無言で怒ってみせるフェリクスに謝りながら、ヴィルフリートは宿へと歩く。その後ろを、頭をぼりぼりと掻きながら着いて行くクリストフが「俺は本当にもう何ともないんだがなぁ」とこぼすが、ヴィルフリートは聞こえないふりをして歩き続けた。



**********



 二日後の朝、無事に声が元通りになったフェリクスと、特に体調には変化がなかったクリストフと共に、ヴィルフリートはアクセサリー店へと向かった。


「いらっしゃいませ。もう仕上がってますよ」


 女性店員が爽やかな笑顔で言い、「こちらに」と言ってペンダントを差し出してきた。


「ありがとう。純度が高いだけあってきれいだな。妻の目にそっくりだ」


 購入した翡翠は更にピカピカに磨かれており、男性向けのシルバーチェーンに繋がれている。ヴィルフリートが外の光が入る場所で日に透かすと、本当にミリアムの瞳に見えてきて郷愁が増してしまいそうになり、慌てて「じゃあ着けてみるか」と口に出した。


「似合うか?」


「すげえ似合う。が、何だか見てると無性に腹が立ってくる」


「クリスの言うことわかる。何でだろう……軽薄そうに見えるから?」


「……ひどいな、おまえら……」


 ペンダントを首に着けて二人に見せたが、腹が立ってくると言われ、ヴィルフリートは仕方なく見えないように服の下にしまう。


「で、青水晶はどうだ?」


 次に女性店員が差し出したペアの青水晶のペンダントは、二本とも美しい意匠で仕上がっており、一本は男性向けのシルバーチェーン、もう一本はゴールドの細いチェーンに通されている。


「いいじゃないか、きれいなもんだな。クリス、着けてみろよ」


「あ、ああ」


 シルバーチェーンを手に取り、おぼつかない手付きで装着しようとするクリストフを女性店員が手伝う。時間はかかったが、何とかクリストフの首にペンダントが着けられた。


「お、意外と似合う。やっぱり目と同じ色だとしっくりくるよな」


「『意外と』はよけいだ」


「ちゃんと渡せよ」


「……おう……」


 クリストフも、ペンダントを服の下にごそごそと隠す。煮え切らないクリストフの返答は少々気になるが、ヴィルフリートは店で会計を済ませ、「ギルドに行こう」と言って外へ出た。町長に話を聞きに行くために、ギルドを通すことになったからだ。


「こんにちはぁ」


「あっ! ちょうどよかったです、あのっ……!」


 ギルドの扉を開け受付を見ると、リーゼロッテが慌てふためいた様子でヴィルフリートたちの方に駆け寄り、「こちらへ」と三人を奥の会議室へ連れて行く。


「リーゼ、どうした?」


「王室からの使者の方が、ついさっき来たんです。ただならぬ様子で、西の辺境に来てほしいと、聖女様探しの旅をしているフェリクス・ベルツ、ヴィルフリート・レッシュ、クリストフ・モリーニの三人に伝えておけと、言ってました」


 置かれている椅子にも座らず立ったまま尋ねるクリストフに、リーゼロッテはメモの文字を見ながら上ずった声で説明した。


「……西の辺境? 俺らが?」


「聖女様探しの旅って、クリストフさんたちのことでいいんでしょうか? 王族の方はいないようですが」


「俺らのことだよ。フェリクス、魔法解いてくれ」


 ヴィルフリートと顔を見合わせていたフェリクスがクリストフの言葉で魔法を解くと、紫の目と金髪が現れる。


「その色は……! それじゃやっぱり、あなた方が!?」


「隠してたわけじゃないんだが、必要ないと思って……。すまない」


「いえ、その、驚いただけです。ええと、この封書を渡してくれと言われていて……」


「王室の封蝋……!」


 驚くフェリクスの横でクリストフが開けて中を見ると、王名で『フェリクス・ベルツ、ヴィルフリート・レッシュ、クリストフ・モリーニ、以上三名は西の辺境伯ハインリヒ・マルシュナーに会うように』と書かれている。


「つまり、勅令。よっぽど行かせたいんだね」


 フェリクスはまた髪と目をブラウンに変え、封書を受け取ると「一体、何があったんだ……」とつぶやく。それから大きく息を吐き、扉の方へと数歩移動した。


「町長どころじゃなくなっちゃった……仕方ないね、明日の朝出発になるかな。今日のうちに買い物は済ませておかないと。ヴィル、行こう」


「あ、ああ」


「クリスはここに残ってるといいよ。また使者が来るかもしれない。来たら詳しく話を聞いておいてね」


「えっ、いや、フェリクスが残って俺が……」


「クリスは買うものにこだわりがないから、来なくていいよ。僕とヴィルは色々こだわりがあるから、自分で選ばないと」


「そうだったか……? ……わかった。買い物終わったらまたここに寄れよ」


「そうするよ。じゃあね」


 不安そうなリーゼロッテとクリストフを残し、ヴィルフリートとフェリクスが扉を出る。強く吹き付ける風にぶるっと震えたフェリクスが、フードをかぶって首元をきつめに手で握った。


「……僕、本当はそんなにこだわりないんだけどね」


「良い嘘ってやつか。さすがフェリクス、よく気付いたな。俺なら『三人で行こうぜ』って言ってたかも」


「んー、僕たち二人は邪魔だなって思って」


「前に商人に聞いたんだが、東方の島国には『人の恋路を邪魔するやつは馬に蹴られて死んでしまえ』ってことわざがあるらしい。危うく蹴られるところだった」


「何それ、ひどい。でもまあ、言いたいことはわかる」


「ユキエルは蹴らないと思うが。ああ、そうだ、次は俺の御者の番か。ユキエルと仲良くやらないとな」


「ユキエルは穏やかな性格だから、たぶん大丈夫だよ」


 どうやら生臭い何かが迫りつつあるらしいということはわかるが、今はそれ以上の情報はない。そんな湿り気を帯びた曖昧な状況から目をそむけるように、ヴィルフリートとフェリクスは他愛のない話をしながら市場へと歩き続けた。

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