ヤキモチで焼かれそうになる

第36話 今がいい、それが本音

「クラヴァスくん……あのね。僕が思うのは、クラヴァスくんはこれからたくさん未来がある。色々な人と出会うよ。もっと素敵な人、素晴らしい人とも……なのに、こんなおじさんでそれをストップさせるのは、良くないと思うんだ」


 もう少し頭が良ければ気の利いたことが言えるのかも。今の自分は少しずつ頭の中で組み立てるのが精一杯。怖いからクラヴァスから視線を背け、満月を見ていた。


「僕、何もないし。清掃以外、何もできない。君の周りにいる人達も、君が僕と共に生きるのは……疑問だと思うよ」


 普通はそうだ。なんであんなおじさんを? なんのメリットが? お金もなさそうだし。そうなるのだ。

 そして彼を受け入れたら、自分は『身の程知らず』と罵られるのだ。これまで散々浴びた『魔力なし』みたいにバカにされる。

 だから君を受け入れるわけには――。


「レオさん、言ったよね、色々楽しめって」


 それは彼と出会って間もない頃、確かに言った言葉だ。虚勢を張り、周囲と距離を置く彼に言ったお節介。

 それを思い出した上で、先程のクラヴァスの笑顔を思い返すと、本当に彼は変わったなと感じる。


「アンタといると良くないって、誰が決めた。俺はアンタといるのが楽しい。色々起きてるのもあるけどさ、単純にアンタといる時間が楽しくて落ち着くんだ。アンタはそれを、俺から奪う気? ダメだって言うの?」


 そうでもあり、そうでもない。世間的にはダメなんだけど。そう言ってくれるのは嬉しい。


「じゃあさ、レオさんが仮にすごい魔法使いだったとしたら。アンタはこんなところにいない。清掃員なんてしていないから、きっと会うこともなかった。俺は自分が変わることもなかったと思う。フレゴとの関係も最悪のまま、ジードのことを少しも考えることも、まずなかったな」


 クラヴァスの触れている右手に優しい力が加わり、熱が伝わってくる。


「俺、アンタといて変わった。おもしろいものたくさんあるんだってわかったし。人を好きになるとこんなに嬉しいんだってわかった。そんなアンタを好きだと思うのは間違いなのか?」


 間違い……ではない。クラヴァスが他の誰かを好きだって言ったらそう答えられるのに。

 自分は怖いのだ。クラヴァスを受け入れることによってまた周囲から突き放されること。罵られること。そしていつかは彼に突き放されたら……また一人だ。


「ごめん、クラヴァスくん……僕――」


 気持ちを受け入れるわけにはいかない。

 そう言おうと思った言葉は近づいてきたクラヴァスの唇によって塞がれる。間近に見える青い瞳が言葉を許さないと訴えるように自分を射抜く。


「レオさん」


 唇が離れ、息づかいを感じられる距離。


「俺、子供だからさ……そんなの、わからない」


 こんな時に、そう言うのは反則じゃないか……?


「ただ好きだからさ、好きな人をどうしたいとかは……なんとなくわかってる。でもそれはレオさんが俺を好きだって言ってくれないと、できないから」


 ……キスも、そうじゃないかな。


「……そっか、そうだよな。俺、まだ子供なんだよなぁ」


 クラヴァスは苦笑いを浮かべ、レオから顔を離すと満月に目を向ける。


「もう少し、大きくならなきゃな。アンタから信じてもらえるぐらい」


 満月に向かってクラヴァスの左手が伸ばされる。月光を浴びる肌、彼の手首に変化が起きる。白い光の鎖のようなものが現れ、手首に巻きついたのだが。それはブレスレットのようではなく、彼の肌に直接、タトゥーのように浮き上がったのだ。


「クラヴァスくん、それは?」


「俺の誓いみたいなもんだ。あと三年……魔法学校を卒業したらのさ」


 意味深な言葉をつぶやくと、今度はこちらを見て不敵に笑った。


「……アンタにフラレたら俺、死んじゃうよ」


「ええっ!?」


「くくっ、冗談だよ。でも決めた。俺ちゃんと学校で勉強して大人になる。そうしたら俺を見てくれるだろ。大人の俺とは一緒にいてくれるだろ」


 ずいぶん先のことだ。さすがにそれまでには自分に対する気持ちは冷めているだろう。


「うん……大丈夫、かな」


 そんな曖昧な答えを言い、そしてあきらめることを待つ。ひどい大人だ。


「よし、レオさん、グルッと回ろう!」


 気持ちを切り替えるかのように、クラヴァスは腕を組んできた。なんだと思っている間には自分はクラヴァスとの空中散歩デートに連れ回され、雄大な景色と近すぎるクラヴァスの距離に鼓動が速く動きっぱなしだった。






 遊覧飛行が終わり、クラヴァスとまた「休み明けに」と挨拶して家に戻った。


(……楽しんでしまった)


 興奮が止むと酔いが回ってきたのか眠気に襲われ、ソファーに横たわる。ため息と共に安心感に心地良くなり、意識がまどろむ。


「……楽しかったみたいだな」


 どこからかバエルの声がする。彼と出会ってからは彼も家の中によくいるから、声がしても今は動じない。


「君も、いたの……?」


「んな野暮なこと、するわけねぇだろ」


「だよね……ごめんね」


「謝ることじゃない」


 なんだかんだで優しい悪魔だ。目を閉じているからどこにいるかわからないが、彼とこうして話せるのもあと少しと思うとさびしい。


「……今が、いいなぁ……」


 バエルが「はっ?」と言っている。


「クラヴァスくんも、バエルくんもいる、今がいい……楽しい……」


 騒ぎがあっても、みんなが力を貸してくれる。そばにいてくれる。それが嬉しい。


「……ったく、アンタは……」


 部屋のどこかでバエルは呆れているようだ。

 そのまま意識がフッと遠退きそうな、あやふやな感じになっている。今なら何もわからない。


「アンタ、喰われたいの、オレに……」


 バエルの声がすぐ近くで聞こえる。


「別に、オレ、いつでも喰えるけど……?」


 耳に息が当たる。あたたかい、肌をくすぐるような息。ちょっとだけゾクッとする。


「もちろん、命を奪う方の喰うじゃねぇけど……?」


 バエルに何を言われたのか、よくわからない。すでに意識が遠くだが、言葉だけ、なんとなく耳に入ってる。


「なぁ……いいのか……?」


 頬に何かが当たる。多分、手の平。それが下がり、首筋に触れたところで「はぁ」と、彼のため息。


「……ちっ、くそ。んなことしたらクラヴァスに全力で祓われるわ……オレはアンタに祓われたいんだからな」


 バエルは「ハァァァ〜」と何かを耐えるように長い息を吐くと気配を消した。

 だがそれに気づくことはなく、自分の意識は完全に眠りに溶けていった。

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