第50話、熱血全力少年、夢幻という名の籠からたった一人の彼女を連れ出して






夢か現か、混乱と戸惑い冷めやらぬままに。

オレ達のそんな心境などお構いなしにあきちゃんがテンション高めで声をかけてくる。



「そうか! 分かっちゃったぞみゅう。つまりみゅうは、ここに来るまで一人除け者にされるのが嫌で、彼女と先にここに来てしまったのか! なるほどね~」


オレ様分かっちゃったもんね、といったニヤケ顔でそう言ってくるアキちゃん。


「だから違うって、オレは先に来てなんかないよ! だって、東京駅で待ち合わせ、したじゃないか!」


もう訳が分からなくなってしまって、思わず叫んでしまった俺がいたけれど。



「それって、いつのことですか?」


その時初めて峰村さんが口を開き、オレの熱くなっていた心を冷やした。

そのことに面食らいながらも、オレはそれに答える。


「……九月二十日の、朝の九時だけど」

「その日だと、一日早いですね。私たちは普通に今日……二十一日に来ましたので」

峰村さんは、淡々と言葉を発する。

「二十一日? だって、部長は二十日だって……」


いや、そうは言ってなかったっけ?

いつもの日だって言っただけで。

オレがそうこぼした時、四人は何故か溜息をついて、勝手に納得していた。

こういうのすごく嫌な気分になるよね。

何だか除け者にされたみたいでさ。


「……ようするにだ、部長に嵌められたんだな、みゅうくんは」

「そう言うことだね、だってよく考えてみなよ。サークルの課外活動って、いつも給料日の次の日にやるって決まってるでしょ?給料日の次の日って言ったら、二十一日じゃんか」


そう言えばそうだ。何で今まで気付かなかったんだ……オレは。

二十日が休みかどうかなんて、よく考えてみれば関係ないんだってことを。



「これが噂の部長のサプライズね」


中司さんの言葉に、はっとなる。

サプライズ?

これが部長のサプライズだって?



「……あ、そうでした。部長から、雄太さんにって、お手紙預かっています」


オレは、そう言う峰村さんの手から、白い手紙を受け取る。


そこには。

『僕のサプライズ、楽しんでもらえたかな? 話を聞いていなかった報いだよ♡』


とだけ、書かれている……。

それじゃあ、今までのことは全部まぼろしだってってことなのか?



「それにしても、アツイねえ、お二人さんは。オレ様たちと話していても、ずっと手、握ったままだもんなあ」


あきちゃんの声で、我に返る。

普段だったら、思わず手を離してしまうところなのかもしれない。

でもオレは手を離せなかった。

いや、離したくなかったんだ。



隣を見た。

まどかちゃんがいる。

不安そうな顔で。

まどかちゃんは、確かにここにいる。

決してまぼろしなんかじゃない。


よれた三輪ランドの制服のドレスに、ぶかぶかの黒いジャンパー。

白銀色の髪と、朱を秘めた黒の瞳は生気に輝いていて……。

確かにそこに存在して、生きている。



「雄太さん。わたし……ちゃんといるよね?」

「ああ、もちろん。ちゃんといるさ」


オレは手に、いっそう力を込めた。絶対に離さないように。

するとまどかちゃんは、ようやく安心したように、微笑んでくれた……。



「ごちそうさまっと! 腹いっぱいだな、こりゃ。んじゃま、改めて、トリプルデートにレッツゴーってことで」

「よし、行こうっ、みゅう、案内よろしくーっ!」

「ちょっと待ちなさいよ! 走ると転ぶわよっ!」

「大丈夫だって由魅ちゃんも早くっ!」


あれ? 今快君、中司さんのこと名前でちゃん呼びしてたけど。

……何か急に思い出したぞ。違和感の正体を。


まるで年の離れた姉弟のような物言いで、走る快君を追いかける中司さん。

二人が、実は付き合ってたんだってことを。

きょうだいに見えるなんてのは、ふたりの雰囲気がそうさせるだけで。

快君には実際お姉さんはいないけど、妹がいるってことを。



更に加えて、快君やアキちゃんの『みゅう』って言う呼び名。

小さい頃、虫歯菌のミュータンスが流行った? 時に、雄太という名前とかけて付けられたあだ名だ。


いやな思い出だったから、忘れてた。

そう考えると、やっぱりあの快君たちはまぼろしだったのだろうか……。


そうなってくると、あの二人は。

オレが考えた二人の勝手な偶想だったんだろうか……。



「久保田くん。私、あなたの恋人になった覚えはありませんけど」

「ま、まあ、いいじゃないのっ。遊園地に男女のカップルが遊びに来たら、立派なデートっしょ!」

「それも、そうですか……ね」


意外にも、峰村さんはあっさりと頷いて。

アキちゃんともに、快君たちを追って中へと入っていった。

って言うかオレ、峰村さんが笑ってるの初めて見たかもしれない。



「ひょっとして、また入るんだろうか」


見ると、快君がもうすでに門の内側に入っていて、オレたちを呼んでいる。

その先には、迷路も、観覧車も、見えなかった。

三輪ランドは、何も無かったかのように、ひっそりと佇んでいる……。


そう思った時。

ランドの入り口からもう一人、誰かやってくるのが見えた。


「あれ? あの人……」


まどかちゃん知ってるの?と言おうとしてはっとなる。

その人物は、どう見てもオレの知っている人物だったからだ。


「じいちゃん? 何でここにっ!」


じいちゃんは、ゆっくりとした歩みでオレたちの前に立ち、オレとまどかちゃんを交互に見渡してから、言った。


「なに、ちょっと昔の知り合い……友人に会いにな」

「えっ?」


じいちゃんはそうとだけ言うと、さっさと三輪ランドの中に入っていってしまう。

じいちゃんの友人?

それって……。


オレの眉間には、皺がよっていただろう。

それを見て、まどかちゃんがいたずらっぽく笑って言った。


「行こうよ、雄太さん! 今度も、何かあったら、ちゃんと助けてねっ」


そんな明るい声に、オレはおもわず破顔して頷く。

そう言われたら、行くしかないよな。

オレたちは、再び三輪ランドのアーチをくぐる。


その瞬間、ひどく懐かしいような既視感を覚えて。

ああ、あれは叶わぬ夢じゃなかったんだなって、苦笑する。



―――それは、心地よく、ただ優しい風が吹いていた……


九月の終わりの、ある日のお話。



  (終わり)






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観覧車の窓の、二人が泣いた雫の跡~Circulate~ 陽夏忠勝 @hinathutadakatu

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