第二部:妖怪博士編

エピローグ/二部プロローグ

 ソヴィット首都・モスキエ。街全体が氷で形作られた綺麗な街を、巨大な黒い影が破壊してまわっている。


 崩れていく街に、怯えて逃げ惑うモスキエ市民。その流れの中で立ち止まり、静かにその巨大な影を見据える大人の女性が一人。


 白いトレンチコートを着た女は、空色の長髪に青い目という特異な風貌をしていた。そして女は右腕に、小さなラジカセ状の機械をつけている。


 逃げ惑う人々が起こす風になびく髪を押さえず、女はポケットからカセットを二つ取り出す。


「派手に暴れるじゃ無いか。まさかとは思うが、これだけの騒ぎを起こせば特務隊が来てくれるとでも思っているのかな?」


 市民は完全に街から姿を消し、広大な青い街路にはその女が一人だけ佇む事となる。


「無駄だよ。ソヴィットの自治政府は鵺の介入を拒否している、故にここへはポータルが繋がらないんだ。君はどう足掻いても、僕に取り込まれる運命なのさ。覚悟したまえ」


 女は二つのカセットを機械に装填し、蓋を閉めて赤いボタンを押す。


「行け、『熊の妖怪』・『毒の妖怪』」


 女の左右に、緑色の粘液を絶えず出し続ける人型の何かと熊がそれぞれ現れる。巨大な影を視認した妖怪は、その場から大きくジャンプして影に飛びかかっていった。


「この世界に来て140年、この機会をずっと待ちわびていた。君を捕獲すれば、私の計画はようやく動き出すのだ」


 粘液と熊のひっかきによって影は大きく怯み、熊の体を掴んで地面に叩き付ける。そのまま熊の妖怪は消滅し、それと同時に女の腕に付いた機械からひび割れたカセットが射出される。


 しかし、女の目線は影から離れない。地面に落ちたカセットに目もくれず、次のカセットを懐から取り出す。


「さあ、無駄な抵抗は止めて早く僕の軍門に降りたまえよ――なあ! 『恐怖の妖怪』!!」


 ◇  ◇  ◇


 オルストリー首都・キャベーラ。一等地に建つ一軒家に住む新井美佳は、『蜻蛉切』を抱きながらソファーに座ってテレビを見ていた。


 バラエティ番組を見ながら笑って居た美佳だったが、突如、彼女の隣に明理が座ってきたことで目を丸くして飛び上がる。


「わっ!? いつの間に!!」


 慌ててテレビを消し、明理の方を向く美佳。


「悪いな、どうしても今伝えなきゃならん事があって来た。長居はせんから安心してくれ」

「私にですか? もしやノアさんに何か――」

「いや、ノアは昨日無事に任務を達成した。今は色々あって、病院で療養中だ」

「病院……? まあ、一旦聞き流しましょう。急用があるんですよね」

「ああ。お前の特務隊招集が決まったと言うことを伝えに来た」

「特務隊? なんですかそれ」

「簡単に言えば、妖怪退治を専門とする政府の省庁の一つだ。階位赤以上の妖怪を主に相手取る組織で、使徒の推薦を受けた隊士しか入れないのが特徴だな」

「そ、そんな所に私が? なんで?」

「そう思う気持ちも分かるぜ。オレからしても、お前はまだまだその域に達していないしな。だが使徒曰く、素質はあるらしい」

「素質ですか……」

「アイツが評価してるのはお前の能力、いざという時の爆発力、そしてその槍だ」

「仁――いえ、蜻蛉切が?」

「ああ。映像を見るに、蜻蛉切は特務隊が退治の際に意識する『妖怪の粉砕』と相性が良いんだ。生命線を持たない妖怪に対し、その肉体を粉々にして死なすのにな」

「確かにそれは可能ですね。仁は確かに、蜻蛉切にはその機能があると言ってました」

「だろ? そしてお前自身が秘めた可能性も大きい。招集されるには十分だと思うが」

「そうかな……そうかも……」

「自分の可能性を疑うな。少しでも自分に可能性があると思うなら、騙されたと思って迷わず前進しろ」


 美佳は顔を上げ、槍先を見つめる。


「……そうだよね、仁。私も君も、もっといろんな世界を見たい。なら、私が連れて行かなくちゃ」


 再び明理と目を合わせる美佳。


「特務隊への招集、でしたっけ? その話、受けます」

「そうか! ならよかった、すぐにでも答えを使徒に伝えてくるとしよう」


 明理は立ち上がり、廊下へと繋がるドアの取っ手に手を掛け振り返る。


「ああそうそう。また後日、ノアと一緒に入隊手続きを行うから総隊長室に来て欲しい。日付は追って手紙で知らせる、郵便受けのチェックを欠かすなよ?」

「わかりました」


 再びドアのある方を向き、明理はドアを開けてリビングを出て行った。


(階位赤以上ねえ……どれだけ強いか、想像も付かないわ。でもきっと私と仁なら大丈夫よね)


 槍を消し、ソファーに寝転んで再びテレビを付ける美佳。


(どんな敵が来ようと、私とこの蜻蛉切がまとめて全員爆ぜ斬ってやるんだから。仁と一緒なら私はどこまでもいける。新しい旅路を、これからも一緒に歩んでいこう)


 美佳は新しい生活に思いを馳せながら、リモコンを使ってチャンネルを頻りに切り替えるのだった。

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異世界武士道は妖怪退治と共に ~転生したアメリカ人少女は妖怪退治で真のサムライを目指す~ 熟々蒼依 @tukudukuA01

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