自分の心が得意な事

 黙り込むノアに対し、明理は席を立ってノアの肩を叩く。


「どうした、そんな浮かない顔して」

「私は、人が死ぬのを初めて目の当たりにしました。浅くなっていく呼吸、飛び散る血、そして斬られた瞬間の恐怖に満ちた顔……あの時の光景は、しばらく忘れられそうにもありません」

「あー、なるほどな?」

「それに比べて貴女は凄いです。誰かの死を忘れず、向き合って、今を生きる人々の為に活かそうと動いている。そんな事を三年間毎日ずっと続けているなんて……私の心の弱さを思い知らされます」


 ノアは胸に手を当て、下を向く。


「比べんなよ。オレが特殊なだけで、普通の神経してる奴はお前と同じ反応をするもんさ」

「そう、でしょうか?」

「大体、オレは確かに隊員の死を忘れないが、お前ほど重く捉えてもねぇ。どこまで行っても、所詮他人事でしかないしな」

「……まあ、それはそうですが」

「そう萎縮すんなよ、人の死を自分事として捉える事が悪いとは言ってねえだろ? それはお前の心が弱いんじゃねぇ、単純にオレとは強いところが違うだけだ」

「その心は?」

「お前にオレの仕事は出来ない。これは、この仕事が人の死とストレスにある程度強くないと出来ないからだ。だがな、オレにお前の様なことは出来ない。それは何故だと思う?」

「私には、明理さんとは別の心の強さがあるから?」

「そうだ。お前には高い共感力と行動力、そして程よい頑固さがある。それがあるからお前は、オレ以上に誰かの助けになれるんだ。昨日オレにしてくれた事みたいにな」

「!!」

「心に強いも弱いも無い、あるのは得意と不得意だけだ。お前は自分の心が得意な部分を注視して、これからもお前にしか出来ない事をしていけ」

「……はい! 私、これからも頑張ります!」


 ノアの表情に明るさが戻ったのを見て、明理はほっと一息つく。


「ようやくいつものお前に戻ったな。元気になったついでに一つ頼み事があるが、いいか?」

「どうぞ!」

「お前達がさっきあった妖怪は新種でな。鵺にデータの無い妖怪なんだ。唯一外野から妖怪の生態を観察してたお前に、アイツに関するレポートを書いて欲しいんだ」

「私で良いんですか? 昨日みたいに英文が時々混ざってしまいますが」

「構わん、オレもある程度は英語読めるしな。だが完璧には読めんから、なるべく頑張って日本語で書くよう努めてくれ」

「わ、分かりました。頑張ります」


 こうしてノアは、洞窟であった妖怪に関する情報を書き連ねる。やはり全て自力で日本語で書くことは出来なかったが、明理の助言を受けつつ何とかレポートを完成させる。


 内容は、以下の通りである。


 ◇  ◇  ◇


 通り魔妖怪


 その姿は少し背丈の高い成人男性とまるで変わらない。しかし全身黒ずくめであるため、後述する特性も相まって暗所においてその実力を遺憾なく発揮する。


 この妖怪は定期的に瞬間移動を行い、相手の背中にまわって急所を断とうとしてくるため注意されたし。


 ただしこの妖怪は気配を消すことが出来ないので、『どこへ行こうが、俺/私はお前に対応出来るぞ』という強い心を持って挑めば対処は余裕と思われる。


 なお、狡猾にもこの妖怪は時に死んだふりを行う事がある。妖怪の死の兆候である『体から炎が出る』現象を見るまで油断しないように。


 そしてこの妖怪は、帽子を目深に被っていて顔が見えない様になっている。なのでもしこの妖怪の素顔を写真に収めることが出来たら、総隊長或いはノア・レインにまで一報くれると幸いだ。


 ◇  ◇  ◇


 その夜、ノアは明理と共に明理の家の浴槽に浸かっていた。ノアの膝に座る明理の姿は、ノアに彼女が自分の妹であるかのような錯覚を抱かせる。


 明理はノアの胸を枕代わりにし、ノアに寄りかかってくつろいでいる。


「しっかし驚いたな、袴の下にこんな立派な物を隠してたなんてよ」

「普段はサラシを巻いて締め付けてるんです。戦闘の時に邪魔になるのでね」

「戦いに邪魔だあ? ったく贅沢な悩みだなおい。だがオレだってよ、もう二年分体が成長すればお前みたいなダイナマイトボディになれたはずなんだぜ」

「その典型的な幼児体型からですか?」

「……お前そういう所は気が利かないのな」

「あっ、すみませんつい」

「ったく……」


 頬を膨らませる明理。水面下で、明理はノアの前腕の皮膚をつねっている。


「……話は変わるのですが、確か明理さんって14歳ですよね」

「そうだな」

「いつもながら、そんな年で組織の長になろうと思うことに驚きます」

「オレにとっては大したことじゃねえよ。ガキの頃からそういう立場に縁があったからな」

「というと?」

「オレは生前、芦屋家の126代目当主をやっていた。それも生まれてから死ぬまでな」

「生まれた時から……!?」

「とはいえしばらくは権力だけ持ってる状態で、実際に当主として活動し始めたのは12歳の時だがな。それまで学校にも行けず、一日18時間の勉強を強いられる毎日をすごした」

「……惨い話ですね」

「不自由への怒り、そして自分をその環境に囲い込んだ大人達への憎悪が、いたいけな少女を変えたんだ。口調が荒々しい、男を愛せぬ今の俺にな」


 水の中で拳を握る明理。


「後者に関しては、普段の振る舞いを見るに嫌だと思って無さそうですが」

「嫌になる要素はないしな。ただ口が悪いのは治したいと思ってる。いくら良いリーダーで居ようと良い振る舞いをしても、この口の悪さが周りの印象を勝手に下げちまう」

「確かに、私も初対面の時はビックリしました」

「だろ? だがこれも仕方の無いことだった。オレが鵺に来た時の状況は、悲惨という言葉すら生ぬるい程に酷い状況だった」

「総隊長がいない時期の鵺って、一体誰が全十二隊をまとめてたんですかね」

「まとめ役なんていなかった。だから事務仕事は分担せずに押しつけ合ってたし、舞い込んできた依頼は血眼で取り合うという有様だったのさ。これでよく80年も続いてきたよな」

「そんな状況だったなんて……」

「この世界に来たばっかりの頃は、ようやく普通の女の子として生きれると歓喜したもんだ。だが鵺の惨状を見ていてもたっても居られなくなってな、オレが変えてやるっつって動いたんだ」

「ついにですか! ちなみにどうやって総隊長の座を勝ち取ったんです?」

「殴った」

「え?」

「全十二隊の隊長とその側近、全員をグラウンドに呼び出してボコボコにしたんだ。「『オレが勝ったらお前ら全員オレの下に付け。代わりに、もしオレが負けたら一生お前らには逆らわない』って約束を取り付けてな」

「の、脳筋だ……」

「結果はご覧の通りだ。総隊長に就いたオレは、日々古参隊士を弾圧しながら鵺の様々な悪習を現在進行形で改正中。全隊士が待ちわびた、人道派リーダーの誕生だ!」

「おぉー!!」


 話を終えた明理の顔は真っ赤になっており、けだるそうに額の汗を拭う。


「はあ……自分の事、初めて誰かに熱く語ったな。そのせいか、体に力が入らねえ」

「私も結構熱っぽくなってきました。上がりましょう、貴女は私が抱えて運びます」


 ノアは立ち上がり、明理の背中と膝裏に腕を通してその体を持ち上げる。


「ありがとな」

「いえいえ、興味深い話を聞かせて貰ったその些細なお礼です」

「ならお礼ついでに、体調が良くなったら一緒にゲームをしてくれ。今までずっと一人でやってたゲームを、今度は二人でやってみたいんだ」

「ええやりましょう! 『普通の女の子』とやるつもりで、お相手致しますよ」

「……本当にありがとうな」


 明理は優しく微笑む。その笑顔を見て、ノアの心も満たされるのだった。

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