第3話

蒼井は、階段を降りるとまっすぐと、改札機の方へ歩いてくる。

シンジを見て、一瞬不思議そうな顔をした。


「どうしたんですか?」

シンジが、高鳴る鼓動を押さえて、精一杯に自然を装って話し掛けた。


「えっ?あっ、ここに指してあったペンが無くって。さっき落としたみたい」

蒼井は、バックから手帳を取り出して、シンジに見せた。


「あっ、ああ。あの、ボク、一緒に探します」

シンジはぎこちなく返すと、足元をキョロキョロ。


「あった!よかった」

二 台並んだ自動販売機の下で、見つけたのは蒼井だった。


「これは、入社祝いに父から貰ったもので」

蒼井はペンを拾い上げて、大事そうに手帳に戻すと、

「探してくれてありがとう」

と、なにも役に立っていない、不自然さだけが目一杯のシンジに頭を下げて、自動改札機を背にして歩き出した。

シンジは何も言えずに、つっ立っている。


「シンジ、なにか言え。そうだ、お金貸してだ。蒼井、金を貸せ!だ!シンジ、早くいえ」心の中でシンジ一号が暴れている。


「あの、……お疲れ様でした」

それがシンジの口から出た、やっとの言葉だった。


背を向けている蒼井の足が止まった。

振り返ると、蒼井はゆっくりとシンジの前まで歩いてきた。

「たしか、……相馬くんよね。システム二課の」


(えっ、蒼井さんがボクの名前を知っている)と、蒼井の視線の先にある、自分の胸に下げたままだった社員証を見て、シンジの一瞬の喜びが、寸分たがわぬ『ぬか』だったことを悟った。


「ええ、蒼井さんとは、同期だと思います」

シンジの心臓がまた高鳴りだした。

あこがれの蒼井の顔がすぐそこにある。そして、向かい合って話をしている。

―――これは夢か。


蒼井は自分の名前を出されて、少し驚いた顔をしたが、

「相馬くん。ひとつ聞いていい」

「はい。なんですか」


「なんで、立っているの?」

「えっ?」


「なんで、そこにずっと立っているの?」

「あっ、あー、その、これは」


(シンジ、いまだ!蒼井、黙って金を出せ!だ)シンジは首を振った。


(次に手を上げろだ!蒼井が手を上げたら、かさず抱き着いて、チューしろ、チューだ!いけぇー、シンジ!)


「うるさい!」「えっ?」

蒼井は首を傾げて、不思議そうな顔。



「あ、いえ、違うんです。これは 一 号が……」

シンジはしどろもどろになりながらも、大きく深呼吸をして、

「実は財布と定期券を会社の引き出しに忘れてしまって」

と、蒼井に、今までの一部始終を約二十秒で話した。


蒼井は、「そういうことね」と、少し安心した顔で言った。

シンジの行動は、かなり挙動不審だったのだ。


蒼井は、笑顔で切符代を貸してくれた。

蒼井は、上司の送迎会を兼ねたクリスマス会で、この時間の帰宅になったのだという。

蒼井は、終電が出てしまったので、タクシー乗り場へ向かった。

下り電車が来るまでには少し時間があるので、シンジも南口にあるタクシー乗り場まで送った。


「蒼井さん、ありあとうございます。これで今日も、無事に家に帰れます」

「あははは、大袈裟だ」

蒼井がいたずらっぽくいうと、シンジは軽く頭を下げて、背を向けて歩き出そうとしたときに、

「あっ、ちょっと待って」

と、蒼井は、手帳に貼ってある付箋に、急ぎ何かを書くと、シンジに渡した。


「ぜったい、返してよw」

「はい、ぜったい返します!」

シンジはそれを受け取りながら、自分の間近に迫っている終電目掛けて走り出した。

切符を買って、自動改札機を通りながら、さっき手渡された付箋を広げてみた。

―――そこには、蒼井の携帯番号が書かれていた。


「社内の内線番号じゃない。マジ、すげぇー」

シンジは誰にでもわかりやすい有頂天の笑みで、改札機を通過した。


そのとき、誰かの視線を感じて顔を向けると、あの窓口の駅員さんが、暖かい笑顔で口を動かした。


「えっ?」


『メリークリスマス』

たしかに、駅員さんの口元がそう言っていた。


おわり

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行け行け、シンジ!~クリスマスの夜の奇跡!? 霧原零時 @shin-freedomxx

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