優しい

@amane_ichihashi

優しい

「優しいだけじゃ意味が無いんだ。…助けられなければ、意味が無い」

 電話口から聞こえた彼の弱弱しい声に、私は胸が締め付けられる思いがした。

 あぁ、またここにも一人、安易に使いまわされる『優しさ』という言葉に翻弄されている人がいる。

「だから、助けられるように努力して、そうなった。なのに、結局今でも『優しい』って言われる。僕は変わったはずなのに」

「みんな、日本語が下手なんだよ。…じゃあ、優しいが嫌なら、…そうだねぇ…。あなたが居てくれて嬉しい。あなたが人を助けていることは、賞賛に値する。あなたが人の気持ちを大切にできる人で嬉しい。私の気持ちを大切にしてくれたあなたに、私は救われている。あなたが私に掛けてくれた言葉は、私の心をとても温めてくれた。…分かる?伝わる?」

 私は脳内をすべて検索して拙い語彙を引きずり出した。

 優しさに意味が無いなんて、そんな酷い世界があって良いわけがない。

 私はどうにかして、彼の心に深く刺さっている楔を抜いてあげたかった。


「例えば、あなたに大切な人ができたとして。その人が傷つくことを完璧に防ぐことなんてできない。その人にはその人の生きる世界があって、その世界には悲しいけど悪意も存在するから。それに、悪意が無くても、人は傷つくことがあるから。

 だから、あなたにどんなに腕力や権力や財力があろうとも、たった一人ですら完璧に守り切ることはできない。

 でも、その傷を埋めてあげることはできる。あなたが私にしてくれたように、温かい言葉をかけてくれたり、悲しさに寄り添ってくれることで、その傷はふさぐことができる。

 だから、優しさには意味があるんだよ。私はそれがとても嬉しかったんだから。

 ここに少なくとも一人は、優しさに救われた人間がいるんだよ」


 そう伝えている私は、彼の目から見ると優しいのだろうか。

 そう映ってくれていると良いと思った。彼にとって私が優しい人間で、その私の優しさで彼が救われてくれるなら、きっと私が言いたいことは実感として彼の心に根付くだろう。


 強い人は、すべてを壊す。立ちはだかる困難を壊してくれもするけれど、悲嘆や哀惜すらも壊して無くそうとする。

 弱い人は、すべてを受け入れて包み込んでくれる。困難に打ち勝つことは少ないかもしれないけれど、でも、悲しさを悲しさとして受け止めて一緒に泣いてくれる。

 だから私は、弱い人をとてもいとおしく思う。一緒に泣いてくれるその気持ちが嬉しくて、また立ち上がろうと思えるんだ。


「『優しい』は、『嬉しい』だよ」

覚えておいて。決して忘れずに。

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