第11話 Sideミヤビ

 僕が本気で恋して愛して、初めて身体を繋げた相手は人妻だった。

 美しくて気高く、生意気な女。

 孤高な彼女は、決して満たされてなどいない妻だった。


 自由奔放に見えて、心に棲まわせた恋した相手を想う呪縛にがんじがらめの美しい人を陥落させたいと、僕の心が生まれて初めて疼いたんだ。


 痛いほど、欲望に真っ直ぐだ。

 裸を見せ互いに曝け出しても、彼女の本当の哀しみや心は僕には見えない。

 僕に親しくなったように見せても、本心は絶対に見せないんだ。


 なぜだ? すぐに僕の手に堕ちるかと思った相手はとってもガードが堅い。


 簡単じゃない女なんて、……ふふっ、ゾクゾクするよ。


 そこがまた、僕を夢中にさせてしまう貴女。すごく魅力的でいけない甘い悪い人だ。


 おとぎ話の誘惑の悪魔――みたいに。貴女には抗えない、僕や男たちを絡め取るかのような魅了の女神。


「はあ〜っ、意外だな。すぐにヤラせてくれるかと思ったのに、歌恋さんは読めないね」

「親しくもない好きでもない相手にそんなすぐに身体の関係を持つほど、私は飢えてもないし。欲求不満になってる暇なんてないの」


 悔しくって。

 今夜はどの恋人と過ごしてるのかと想像するだけで、嫉妬で狂いそうだ。

 夫の柊千秋って人の顔を思い浮かべるだけで、腸が煮えくり返る。


「愛してもいない相手と結婚するってどんな感じ?」

「ふふふっ。情はあるのよ。それに私の夫はイケメンで時々可愛くって、ちゃんと私を愛そうと努力してくれてる。いつだって。あとはそうね、夫は誠実で性格はきちんとしてて。私を養えるぐらいは稼いでる。……といっても、私は万が一夫に捨てられてもね、一人でも生きていけるぐらいは蓄えはあるけど。……充分、夫との生活は気楽で気に入ってるわよ。大好きな人の弟だしね」


 大好きな人の弟?

 僕は正直、ドン引きした。

 繋がりを断てずに、弟を利用したんだ。この美しい人は……。


「悪女って貴女みたいな人のことを言うんだろうね」

「えっ、悪女ですって? ……面白いこと言うのね、ミヤビは。私、悪女だなんて初めて言われたわよ」

「だって、充分悪い女でしょう?」

「そうかしら? こんなの普通よ。恋人とセックスして感じてるフリして満足出来ずに、他の男のことを考えてる女なんて大勢いるんだから」


 その晩、僕はモデルのミヤビとして、歌恋さんに抱かれて、精一杯抱いた。


 今まで女を遠ざけてきた。

 うるさくって、強欲で、お喋りで、支配欲のすごい女は苦手だったから。


 だからといって、男とどうこうする気はないし、性欲は起きない。


 初めてめちゃくちゃにしてみたい、そう思った女が、歌恋さんだった。

 実際付き合ってから、めちゃくちゃにされてるのは僕の方だけどね。


「今夜逢いたいの、ミヤビ」

「いいよ。逢おう、歌恋さん」


 呼ばれたら、飛んでいってしまう。

 この関係はいつまで続けられるだろうか。


 旦那さんを哀れで憎いと思う。

 歌恋さんの本当に愛しい人の身代わりに夫におさまる柊千秋さん、貴男が憎いです。


 いつか、僕は貴男を、消してしまいたくなるかもしれません。

 その前に、どうか……。


 僕が馬鹿なことをしでかしそうになる前に、どうか、どうか、歌恋さんの前から居なくなってください。


 僕は貴男の妻を抱く。


 蜘蛛の巣の罠にかかった非力で弱い蝶のふりをして、歌恋さんの心と身体を隅々まで愛して、情熱をぶつけて侵食していくつもり。


 早く、別れてくださいね。


 そうじゃないと僕、……とんでもないことをしてしまうかもしれません。

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