第7小節目、既に、多分、その時

刻々と赤みを増していくアスファルトに、ふたり分がくっついてひとつになった影が落ちている。

それは、縦にびろーんと伸びていて、なんだかとても間抜けな形状をしている。


公園が完全に見えなくなると、西園寺新さいおんじあらたは、一度あたりをきょろきょろ見回してから、大きなため息をついた。


「ハァーーーーーーーーーーーーー。あ、悪い」


そう言って肩に回していた手を自分の頭に持って行くと、ポリポリとそのあたりを掻いた。

……直前まで強ばらせていた顔の力を一気に緩ませて。


「いいの? あんな言い方して、その上そのまま置き去りにしたりして」


「ああ。

あいつみてぇな根暗で粘着質でその上鈍感で、そのくせ自分からは何もしない男には、あのくらい言わないとわかんないんだよ。

しばらく、あのままフリーズしててくれればいいけどなあ」


「随分酷い言い方するんだね。

あの関谷ってひと……友達なんじゃないの?」


「さあな。 付き合いだけは長いけど……。 俺は周りとは距離を置く主義だから」


「何処がよ?」


あたしがそう答えると、少し気まずそうに口をへの字に曲げる。


「それにしても、おまえ、なかなかいい働きをするなあ。

ああやって何度かいちゃつく姿を見せてれば、何れは俺たちの事を嫌でも認めるだろ。

たとえ、今は半信半疑だったとしてもな」


ええ?

冗談じゃないわ。

こんな事、何度もくりかえしていたら……あたしは、


" あなたの事以外、何も考えられなくなってしまう "


そう思った時には。

否、既に、多分、その時には……とうに。

そういう自分に、心のどこかで気付きはじめていた。


そして、それをはっきりと自覚するまで、たいした時間はかからなかった。



第二楽章、完


★★★

★★★

★★★


第三楽章、プロローグ


「やめろ」


俺が止める声も聞かずに、清家陽葵せいけひまりは空から堕ちてきた。


同じだ。

あの時と、同じ。


(そうはさせるか)


いいや。

もう、彼女は小さな子供ではないし、こんなふうに思考が働く自体が馬鹿げた事なのは、頭では良くわかってるつもり。


だけど勝手に体が動いて、気がつくと清家の下敷きになっていた。

単純に考えたって、俺のしている事は、ただ着地を邪魔したに過ぎない。


アホか。一体何の為に。

そんな想いとは裏腹に、頭のてっぺんからつま先まで、一瞬にして全身の毛穴が開いて、熱いような冷たいような、なんとも嫌な汗が吹き出す。


ドックドックドックドックドックドック・・・・


鼓動は、まるで体全部が心臓になってしまったかの如く、激しく打ちつけている。



3日前、こいつが視聴覚室でいきなりぶっ倒れたときにも、似た様な状況に陥った。


俺はその瞬間に我を失い、気がついたら猛ダッシュで駆け寄っていた。

慌てすぎて、隣の席に座っていた眼鏡の女を質問責めにした。


「彼女、持病か何かあるのか?」


ぶるぶると手が震え、声がうわずる。

ああ、これまで築き上げてきたクールなキャラは、今日で終わりを迎えるだろう。


しかし、自分ではどうすることもできないのだ。

それらが、12年前の、あの日の「事故」を鮮明に思い起こさせるからだ。


今でもその光景は、脳裏にこびりついている。

それは、今だに恐ろしい悪夢に姿を変えて、度々俺を襲う。

そして夢の中で、俺を「薄情者」といって罵るのだ。


……なのに、「オテンバール人」は俺に向かってこう言ったのだ。


『知ってるよ、名前くらいは』と。



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