第4小節目、名乗る程のものでは

(今の娘、ミスコンの絶対王者の…)


脳の回線がその娘の名前と繋がろうとした、まさにその時。


ガタンッ!


机だか椅子だかをおもいっきり蹴りとばす、打撃系の音が響き渡る。


「……くそっ」


その一秒後。

完全に逃げ遅れたあたしは、ついにその男の子と目があってしまった。


(げげっ、あれってもしかして、『殿下』!?)


随分なあだ名だとおもうけど、みんなフツーにそう呼んでいる。

見た目良し、頭良し、感じよし+医者の息子っていう、超正統派のモテ男。

『推し』なんだって言ってるはかなり多い。


そんな男の子が、ミス芸高にキスして、ひっぱたかれて、逃げられた。

つまり、あたしが居合わせたのは、絶対に見てはいけない場面だったってこと。


まずい、まずい…まずーい!!!


その子が、わたしに向かってゆっくりと近寄ってくる。

当然その目は、怒りに満ち満ちている。


瞬時に視線をほんの少しだけ下にやると、痛々しい頬が目についた。


(うわー、真っ赤になってる)


あたしがついそれを顔に出してしまったせいで、その子の表情がますます険しくなった。

そして、扉を一度げんこつで叩くと、あたしを見下ろし、低音で呟く。


「ーーーおまえ…名前は?」


……ああ。万事窮す。


「な、名のる程のものでは…」

「朝から覗きかよ。随分いい趣味してんだな」


怖い。怖すぎ。

怖すぎて相手の目を見る事すらできない。


「ご、ごめんなさい!!!! さっきのはは見なかった事にしますから!」


それだけ言い残してあたしは、一目散にその場から逃げ出した。


「待てよ!!!」


呼ぶ声に、振り向きもせず、全速力でただひたすら走る、走る。


「おい! まだ話しは終ってないぞーーーーー!!」


そんな、ちょっぴりだけ間抜けな捨て台詞が、誰もいない廊下にこだましていた。



★★★★★★★★★



「う…」


鼻に、ツンとくる刺激を感じる。

消毒薬の匂いだ。


薄目を開けると、モルタルの天井の凹凸が、真っ先に目にとびこんできた。


あたしが目を覚ましたのは、保健室のベッドの上。


「痛い…」


右肩が、ズキズキする。


その痛みがトリガーみたいになって、視聴覚室で気絶するまでの一部始終が、一瞬で脳内によみがえってきた。


ああ。なんてザマだろう。

みんなはどう思ったろう?

The Kissあの絵を見て、気絶したと思われたかな?

今時そんな純情ウブな女子高生なんて、ファンタジー小説ですら存在しない。

だからうっかりそんなキャラだと思われてしまったら、ダサすぎてこの先、生きていけないじゃん!


あたしは顔を両手で覆った。


「恥ずかしくて、死んじゃいたい…」


「まあ、そうだろうな。お察しするよ」

「えっ…?」


カーテン越しに、男の子の声がする。

その声を聞いて、わたしの全身が氷つく。


「やっと起きたんだな。せ・い・け・ひ・ま・り」


ベッドを囲うカーテンの隙間から、顔だけが、ぬっと現れた。


「おまえ、清家陽葵せいけひまりって言うんだって? 覚えたぞ」


口元だけで、ニヤリと笑う。

突き刺すような冷ややかな視線で、あたしを見下ろしてるくせに。




そう。

今ここに立つ、この人こそ・・・。


「殿下」ーーーつまり。


キスして引っ叩かれていた、あの男子だったんだ。



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