第4話 呪術と魔術の談義

 しばらく待っていると、食欲をそそるいい香りが漂ってくる。すっとした香りも感じられるので、香草も使っているのだろう。

 その匂いを嗅いでいるとつい口の中に涎が溢れてきて、ごくりと喉を鳴らす。仙人はほとんど穀物や肉類を食べないと聞いていて、もしかしたらその仙人食が出てくるのではないかと構えていたが、杞憂どころの話ではなかった。


「お待たせしました。こうした来客が少ないので大したものは出せませんので、これで我慢してください」


 お盆に料理を乗せて部屋に戻ってくる霊華。一層芳ばしい香りが強くなり、空っぽの胃が大いに刺激される。

 出された料理は野菜と肉の入った味噌汁に白米、キュウリの漬物、串に刺してタレを少し焦がした串焼肉、そして野菜炒めだった。


「冷めないうちに食べてください」

「そ、それじゃあ、いただきます」


 日本の流儀に則り、食事前に両手を合わせて生きるために殺されてこうして食材となり、これから自分の体の作る糧となってくれることに感謝する。

 まず最初に味噌汁に手を伸ばして、軽く啜る。程よい味噌の味と香り、そして少しだけ入れたのか酒粕の香りがすっと通り抜けていく。野菜と肉には味噌の味がしっかりとしみていて、肉は最初に茹でたのか柔らかくて簡単に噛み切れる。


 野菜炒めは塩胡椒とごま油と、あと何かのタレで簡単に炒めただけのようだが、箸が止まらない。白米と一緒に食べると尚更止まらない。

 焦がしダレ風味の串焼肉はしっかりと中にまで火が通っているし、どんな調理をしたのかほろほろと口の中で解ける。

 どれも絶品。麓の都市国家穂守の国の飲食店で食べたどの料理よりも美味しい。


「料理、得意なんですか?」


 あまりの美味しさにがつがつと食べ、この調子だとすぐに完食しそうだと台所に戻ってお湯を沸かし、お茶を入れて戻ってきて椅子に腰をかけた霊華に質問する。


「これでもよく街に降りて、孤児院や治療院で料理を振る舞っていますので、まあ多少は。下に行けば食材は多くありますが、ここにはわたししかいないのでそう多くの食材はありません。お肉なんて、干し肉くらいしかありません」

「え、じゃあこの肉は?」

「先ほどの熊肉です」

「え」


 さらっと知らされた事実にぴたっと箸が止まる。まさか自分を襲った熊の肉だとは思いもしなかった。てっきり、貯蔵庫の中にあるものを使っているものだとばかり思っていた。


「あの、これ人喰い熊とかじゃないですよ……ね?」

「この山はわたしの私有地のようなものですが、出入りを自由にしているので結構多くの人がきます。そうなると街を守護する仙人であるわたしの役割は、危険を遠ざけること。定期的に獣を狩って山に入ってくる人の危険をできる限り取り除いています。人を食いかねない獣なんて尚更です。ですので安心してください。今あなたが食べているその熊は、山になる木の実や果物の実を口にして成長したものです」

「そ、そうですか……」


 そう言われても、やっぱり複雑な気分だ。自分を襲った熊の肉を、今自分が口にしている。これもまた食物連鎖なのだろうし、霊華も人は食っていないと言っているが、それでもやっぱり本当にそうなのかと不安にはなる。

 でも霊華本人がそう言っているのだし、何よりせっかく料理を作ってくれたのだから残すわけにはいかないと気持ちを切り替え、自分を襲った熊ではなく霊華が出してくれた熊肉料理として見て、味わうことにする。

 料理を堪能した後、見た目は苦そうなのに飲んでみると甘みのある緑茶を一服する。


「食後の果物はどうですか?」

「あ、じゃあいただきます」


 油を使った料理の後で、お茶を飲んでもまだ少し油っぽさが残っている。なので白い陶器に盛り付けられた林檎や苺を差し出され、口直しで食べることにする。


「霊華さんは、食事とかはいつもどうしているんですか?」


 酸味が少し強めの苺に、甘味と酸味が絶妙に噛み合ってる林檎を堪能しているうちに、霊華は普段どんな食事をしているのかが気になった。


「わたしは基本、果物しか口にしません。お肉や白米などは、拳術を使う都合上摂取しないわけにはいかないので、一日に一度は食べています」

「それで足りるんですか?」

「この生活を始めた当初こそ苦行そのものでしたが、今となってはそうでもありません。我流の拳術の修行もありますし体を動かせばお腹は空きますが、意外とそう多く取らなくても大丈夫なんですよ」

「仙人みたいな生活ですね」

「実際に仙人ですから。体さえ動かさなければ、一週間不眠不休で飲まず食わずでも平気です」


 もはや体の構造からして普通と違うのだなと、話を聞いて思ったジークハルト。白米や肉は週に一度取るようにしていても、果物だけでこんなに立派になるとは普通思わない。特に胸にある二つの膨らみが。

 タンパク質はどうしているのかとか、そういうのも気になるが、世の中には肉を食べない菜食主義の人もいて、動物性のタンパク質が取れなくても植物性のタンパク質もあるので、きっとそれだろうと一人で納得する。

 それでもそう多くの食事を取っていないというのに、一番男の目を引く肉付きをしているのには、やっぱり疑問に思う。あの熊を殺した拳法に何か秘密でもあるのだろうか。


「霊華さんの拳術って、どんなものなんですか? 見るからに普通のじゃないんですが」

「仙人修行の合間に、武具を使わずに効率よく命を狩るにはどうすればいいのかと考えた結果にできた、我流のものです。一撃で突き崩したり、体の内側から崩すような打撃を与えるので、それに因んで崩拳と名付けました」

「あの熊にも使ったんですか?」

「えぇ。あれは反撃技で、敵の攻撃を受け止め、発生した力を左から右へと受け流して、寸勁を放つと同時にその一撃分の力を上乗せしました。ただでさえ体が大きく力が強いので、一回でなんとかなりました。人だったら、最初の迎撃で戦闘不能になっていましたが」


 最初の迎撃、ということは、直接見てはいないが向かってきたあの巨熊を吹っ飛ばした突き上げのことだろう。数百キロはある熊を上に吹っ飛ばすほどの一撃だ。戦闘不能どころか一撃必殺だろう。


「よくそんな凄いものを編み出しましたね」

「山での一人暮らしで、わたしは女性。さっきからあなたがちらちらと見ているように、やたらと殿方から注目を浴びて手を出そうとする輩が多々いたので、最初はただの護身術のつもりでしたが、山に住んでからは獣が多く操の危機よりも命の危機の方が強くなったので」


 さっきから気になって霊華の見えている胸の谷間や、スリットから見える綺麗な白い太ももを見ているのに気付かれていたようだ。流石に見すぎたかとぱっと顔を逸らし、気付かれていたことに赤面する。


「最初の頃は大変でした。元々ここに住み始めたのは七百年くらい前ですし、仙人修行中に住んでいた場所はこんなに立派な寺院ではなく、小さな掘っ建て小屋でした。贅沢はしてはいけないと自分で作った、不器用ゆえに不恰好なものでした。そしてそんな山奥に少女が一人でいるとなれば、邪な考えを持った男性が忍び込んでくるのもまた必然です。周りには助けを求めてもそれに答えてくれる人間など、誰一人として存在しないのですから」

「そ、それで霊華さんは、どうやって……」


 まさか、修行の初期段階で女性としての尊厳を踏みにじられたのだろうかと、不吉なことを考えてしまう。


「その時点で簡単な五行の力と、我流の五行術の基礎となった呪術を使うことはできていたので、事なきを得ています。あなたが今想像しているような、最悪な結末は迎えていませんよ」

「そ、そうですか……」


 それを聞いて、ほっと安堵するジークハルト。六千年前にそんな辛い思いをして、それからずっと今まで生き続けていたのかと思い、それがどれほど苦痛なのか想像も付かなかったので、その考えが杞憂で終わったことに安堵した。


「とはいえ、五行による攻法や防法は何かを犠牲にした上でできるものですので、多用はできません」

「等価交換ってことですか?」

「その通りです。五行には順送りに相手を生み出す相生そうせいに打ち滅ぼす相剋そうこく。同じ気を重ねて威力を増加させる比和ひわ、相手の干渉を受けないほど強く存在して逆に相手を打ち消す相侮そうぶ、強い相剋でより相手の攻撃を衰えさせる相乗そうじょうがあります。このうち攻法に当たるのは相生と比和です。あとは防法に該当します」

「それで、犠牲というのは?」

「そのままです。木は土の養分を吸って成り、養分を吸われた土は痩せ、火は木を燃やすことで発生し、燃えた木の灰は土となり、土からは鉄が生まれ、鉄からは凝結で水が生まれる。このように、何かを生み出すには必ずその前に生み出す原因となるものが必要となります。ここは土と木が豊富にありますので炎と鉄を生み出しやすいですが、自然をそのまま使うと土は痩せて木が無くなります。そのためにも式符があるのですが」


 そういって左の袖から一枚の式符を取り出す。そこには達筆な字で何かが書かれていた。ジークハルトは日本に来る際に文字と言語を学んで、読み書きの普通にできるようになっているし、達筆な人もいるかもしれないからと習字を少し習っていた。

 それでも読めないほどの字が霊華の式符には書かれており、その一枚から凄まじい力を感じ取れる。


「これは金気の込められた式符です。使い捨てで長時間具現化させることはできませんが、咄嗟な時に弾いたり切るということには向いています」

「物質の具現化能力、みたいなものですか?」

「それに近いかもしれませんね。五行とは水が木を生み、木が火を生み、火が土を生み、土が鉄を生み、鉄が水を生むという思想からなったものです。わたしはその思想そのものを何とかして術として昇華できないかを模索し、その過程で呪術というものを知り、心臓から生み出される力を使って呪術を原型とし、五行を一つの術として成立させることに成功しました」

「よくできましたね、そんなこと」

「元々呪術という基礎がありましたから。命令式の書かれた式符に霊力というものを流し込むことで、式に書かれたものをこの世界に現出する。この国の呪術基盤、とでもいうべきでしょうか。最初に呪術を編み出した人間がこの世界に刻んだ式というものを、この式符を使うことで誰でも使えるように汎用化させた。これが基礎にあったから、わたしはそれを応用することで自分を一つの発動媒体としてこの符を使わずに術の行使ができる、五行攻法と防法を編み出しました」

「じゃあ、術の理論そのものはこっちの魔術と同じなんですね」

「そうなのですか?」


 霊華が自分の使う術のことを話してくれたので、ジークハルトも自国の魔術についての説明をする。

 ジークハルトの使う魔術というのは、魔術の式が刻まれている魔術法則界というものが存在し、人間が魔術を使う際は体に流れる魔術回路に心臓にある魔力刻印に蓄積されている魔力を流し、魔力励起状態になってから法則界に接続し、そこにある魔術を取り出して現象として出力する、というものだ。


 ただし魔術を使うには決まった呪文を唱えなければいけない。その呪文というのは法則界に刻み込まれた式を取り出すための合言葉のようなもので、一字一句間違いなく唱えなければ暴発する危険性が高いと言う。

 そしてその呪文一つに対して取り出せる式というのは例外を除けば基本的には一つだけで、魔術師同士での戦いはいかに呪文を早く唱えきるかが重要視されているらしい。


「式が刻まれているに法則界には、かなりの数の魔術があります。神話や伝説、要は宗教というのも大きく関わっていますし、中にはその人個人で編み出した独自の魔術というのもありますので、どれだけの術があるのか分かりません」

「では、それだと理論上全ての魔術を修めることは不可能ということですね?」

「その通りです。そもそも術式一つ取っても、その時代に生きる天才を上回る数多くの天才が、長い年月をかけて最適化させたものです。簡単な着火の魔術だけでも、そこいらの凡人ができるようなものじゃありません。そもそも論として、魔術に存在する公式というものを全部理解しようとしても寿命が足りないというのに、最近の魔術師は初等の魔術式を見れば独創性がないやらこんな簡単な術式なんていらないやら、過去の偉人たちの努力を鼻で笑うんです」

「そこに当たり前に存在するもの一つでも、自分を超える天才がこの世界に産み落としたという思考に至らない、典型的な例ですね。もっとわかりやすく言えば、物流を支える方々でしょうか」


 バカにされがちな物流の仕事。だがそれは遠く離れた場所から食材や物資を運ぶという重要な役割を持っており、何よりも重要なもの。なのに、ただものを運ぶだけだからとバカにする人はいまだに後を絶たない。

 ジークハルトのいう最近の魔術師はまさにそれで、過去の偉人がその偉業を成し遂げたからこそそこに魔術という技があるのに、簡単な式を見ればそのありがたみを理解しようとしないで、簡単なものだからと鼻で笑う。


「わたしも自分で五行術を編み出したからこそ、その気持ちは理解できます。呪術を少し学んでそれを自分なりに解体して理解しようとした時、その恐ろしいまでな緻密さに鳥肌が立ったほどです。それを最初に覚える簡単なものだからと、切り捨てている方々の気持ちが理解できませんでした」

「ですよね!? これほどまでに素晴らしいものを編み出してくださった先達に対する侮辱ですよ! 魔術公式や算式は全部理解できない。だからその基礎が一番大事なのに、最近はその基礎を疎かにするバカが多くて―――(略)―――基本的な骨子、つまりは土台が何よりも大事。それは勉学でも武術でも同じ。それがないと、その先に進むことができないだからそれを補うための基礎だというのに―――(略)―――自分で作った固有の魔術が絶対だの誰にも使えないような高等魔術が特別だのと、ちょっと魔術の才能がある奴らはみんなこればかりで本当にうんざりです! 魔術の威力は法陣の大きさに比例しますけど、大きさに比例して魔力の消費も激しくなるというのに―――(略)―――そんなことより、なんで国は半径数キロはある馬鹿でかい広域殲滅魔術の研究に励んでいるのでしょうか? バカなのでしょうか? いい加減それが無駄であることに気付いて欲しいですよ。第一―――(略)(略)(略)―――」

「お、落ち着いてください。あなたが魔術のことをどう考えているのか、もう十分分かりましたから」


 機関銃を七門並べているかのような早口で最近の魔術事情について話し続けるジークハルトに、霊華が若干引きながら落ち着かせる。

 要約すると、全部理解できない緻密な魔術式はとても美しいものなのにそれを理解しようともせず、あまつさえほとんどの魔術師が使えるという汎用魔術は古臭い骨董品だと言う者さえいて、そういった最近の魔術師の考え方と根本的に馬が合わない。どうしたら魔術の素晴らしさが理解できるのだろうか、という内容だ。


「しかし、法陣とやらの大きさに比例して威力と範囲は上昇するが消費も増える、ですか。難儀なものですね」

「そんなことしなくても高威力の魔術は作れますよ。一つの法陣で完結させようとするから、そんな馬鹿でかいものになるんです。それぞれ役割を持った複数の法陣を重ねた積層型のものの方が大きさを小さく抑えて、なおかつ魔力の消費を大幅に抑えつつ高威力の魔術が作れます。それに気付かない時点で、もう俺の国は終わりだと思います」

「随分の言いようですが、それほどまでに自国の魔術思想に失望しているのですね……」


 ジークハルトの話を聞いていて半分も理解できていない霊華だが、彼にとって魔術とは掛け替えのないものであることだけは分かった。霊華も自分で式符を使わない五行術を編み出して、簡単なものでもかなり苦労するのを知っているので、その気持ちだけはよく理解できた。


「しかし、その魔術法陣とやらはそっちにはあって、こちらにはありません。根底部分は似ているのに、術の体系が違うだけでこうまで違うのですか。不思議なものですね」


 霊華の術にはジークハルトのいう魔術法陣というものは出ない。魔術を起動させるまでの工程と五行術を使う工程は根底部分がよく似ているようだが、大きく違う部分もある。

 五行術の基礎中の基礎というより、その元となったものは呪術。呪術は式神の召喚や式符を使った術の行使だが、最もよく知られているのは真言だ。

 真言は陰陽術において、かなり重要な役割を持っている。イズモ大陸で信仰されている神々や仏の教えのようなもので、それは言葉そのものに力が宿っているとされて、唱えるだけで効果を発揮する。


 真言は神や仏の教え。それを唱えることはそれらから力を借り受けるということで、ジークハルトのいう魔術の起動方法とは違う。

 魔術は世界法則次元に刻まれた式を、呪文を唱えることで自分の体内にある魔術演算領域に入れることで自分を媒体とし使う。つまり自分で世界そのものに介入することで魔術が使えるようになる。

 逆に真言は『そわか』という呼びかけの言葉を最後に入れることで、その真言の持ち主から力を借り受けることで術を行使する。式符術は五行思想を込めたもので、こっちは魔術の使用方法と似ている。


「陰陽師の術が基礎ということは、式神の召喚とかもできるのですか?」


 これを機に、軽く魔術を学ぶのも悪くはないかもしれないと考えていると、ジークハルトにそう聞かれる。振り向くと、目をきらきらと輝かせて霊華を見ていた。


「できるにはできますが、わたしは式神の使役は苦手でして、あまり使うことがないのですが」

「それでも使えるのですね? 一度式神というものを見てみたかったのです。お願いします、あとで俺の魔術を見せますので、一つ見せてください!」


 なんともまあ、探究心というか好奇心の強い青年だ。子供のように目を輝かせて期待している。

 端正な顔立ちで海のように青い瞳にじっと見つめられて、仙人でも霊華は女性。流石に気恥ずかしくなってうっすらと頬を朱色に染め、小さく一つ咳払いをする。


「……一つだけ、ですからね?」


 袖から一枚の式符を取り出し、それに呪力を流し込んで閉じている門の鍵を開ける。


「式神招来・精衛」


 ポツリと短く唱えると、持っている式符を核として一羽の鳥が構築される。それは大鷲のように大きく、白と赤の羽根を持った美しい大鳥だった。


「式神、精衛と言います。伝承ではかつてはとある国の皇帝の娘であったとされているため、人語を話すことはできませんが理解することはできます」


 召喚された精衛のことを話すが、ジークハルトはただ目をぱちくりと瞬かせるだけで大きな反応をしない。


「何か?」

「え? あ、あぁ、いや、随分と本物の鳥に見えるものなんだなと思って」

「実際に本物の精衛を召喚しているわけですし、そう見えるのも当たり前です。精衛やその他の式神は異界と呼ばれる場所にいて、召喚する際は式神招来の式符を使って門を開け、式符を核としてこちらの世界に肉体を構築するのです。無論例外もあります」

「え、じゃあその式神は……」

「えぇ、正真正銘本物の精衛です。しかも、仮にこちらで殺されたとしても、あくまで異界にある魂を入れる容れ物が壊れるだけですので、何度でも再召喚できます。まあ、相応に痛いらしいですが」


 すりすりと擦り寄ってくる精衛の頭を指先で撫で、膝の上に飛び乗ってきてその上で伏せて甘えてきたので、優しい手付きで体を撫でる。


「じゃあ、それだと同一の存在を連続召喚はできないんですね」

「できませんが、姿を似せた偽式ぎしきの式神招来であれば、同一存在の多重召喚は可能です。威力は本物に比べて大分下がりますが、多勢に無勢の時は非常に有効です」

「偽物まであるんですか?」


 式神招来は苦手だと言っておきながら、その偽物を作って大量召喚できると言われて、ジークハルトは首をかしげる、苦手とは一体なんなのだろうか、と。


「式神にも種類がありますから。姿形を術者で決められる思業式神は割りかし簡単な方でしたので、最初にこっちを使えるようにしました。偽式というのはこれの応用版です。こればかりはわたしの秘術のようなものなので、教えるわけにはいきません」


 そう言って膝上の精衛を持ち上げてジークハルトに渡す。起きた精衛はなんでと霊華を見るが、無言で唇に人差し指を当てるのを見て仕方なく大人しくすることにした。


「うわ、温かい。しかもしっかりと質量まである。こっちの使い魔召喚とは大分違う。どんな原理でこんな……。術の体系そのものが違うから、解析ができない。体を構築するにはどんな方法で……?」


 精衛を受け取ったジークハルトは、どうやったらその大きさに見合った質量の体を作り出すのか、それについて考え始める。

 一瞬で自分の世界に入り込んでぶつぶつと呟き、煩わしそうに精衛が顔をみるが、それにすら気付かない。

 勉強熱心で探究心旺盛なのはいいことだが、瞬く間に周りが見えなくなって音が聞こえなくなるのは、ちょっと如何なものかと苦笑する霊華。


 椅子から立ち上がって部屋から出て行こうとすると、精衛が助けてと目を向けてくるが、ぱちりと前髪に隠れた右目を閉じて悪戯笑顔を浮かべて退室する。精衛はそんな霊華を見て、それはないだろうと目尻を少し下げて、ジークハルトから解放されるのを待った。

 結局解放されたのは食後であること、そして薬が強く効いてきて眠くなり、彼が寝台に横になってからだった。

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