第12話 ボイルベア討伐


「グアアアアッ!!!」


 ボイルベアが突進してくる。


 まずは剣を回収……あったあった。

 ちゃんと刺さってるな。


「ハッ!」


 コウはググッと地面を踏み込むと、さらに加速した。



 あっという間に距離は縮まり、お互いに標的を眼前に捉える。


「ガアアッ!!!」


「フッ!」


 ――コウとボイルベアが交差する。


「……」


「……」


「ガフッ……」


 ボイルベアが血を吐いた。


「フッ、どんなもんだ」


 コウの手には進化した剣があった。

 この剣の柄にも、胸と同じような赤い核が埋め込まれていた。

 

 胸から引き抜いただけだが、切れ味が上がってるな。


 コウは剣の感覚を覚えるために、軽く剣を振る。


「さて……」


 傷の具合も考えて、やや不利と言ったところか。


「グルルルルッ……」


 ボイルベアがこちらに振り返る。

 胸元からは血が垂れている。


「ハアッ!」


 コウが先に動き出した。

 進化した剣で斬りかかる。


「ガアアッ!」


 ボイルベアも、脇腹を抉った爪を持つ前足で迎撃してくる。


「オラッ!」


 コウはあえて、その前足に剣を叩きつけた。


「――ッ!?」


 なんということか、お互いに攻撃が弾かれた。


 力もほぼ互角になっている。

 だが――。


「グッ……」


 ブシュッと、止まっていた血が噴き出した。


 やはり早く仕留めないとな。

 試し切りなんてしなければ良かった……なんて。


 それでも怯むことなく、コウは攻撃を仕掛けていった。


「ハアアッ!」


「ガアアッ!」


 ボイルベアは前足の爪による攻撃と、踏み潰す攻撃で、コウとの距離を取るように戦う。

 対してコウは、爪の攻撃を上手く剣で受け流し、踏み潰す攻撃は避けた後の隙で前へ詰めるように戦った。


「フッ、ハッ……クソッ!」


 ジリジリとコウが距離を詰めているが、出血は増すばかりだ。


 振出しに戻ったら確実に死ぬ。

 気を抜くなよ俺。


 そうならないためにも、コウは集中を切らすことなく距離を詰めていく。


「もう少しッ……!」


 出欠に苦しみながらも、足を止めなかったコウは、あともう少しで間合いに入ろうしていた。


「グガアアアッ!」


 それを察したボイルベアは、両前足を高く上げて万歳のようなポーズを取った。


 ここで仕留めるつもりか!

 だがその前に俺が……。


「――仕留める!」


 コウはボイルベアの懐に飛び込んだ。

 

 もし前足の攻撃が先に来たら、その足を切り落とす。

 噛みついてきたら目を潰す。

 さあどうくるッ!


「ガアアアアアッ!」


「――は?」


 なんとボイルベアは万歳したまま、前に倒れてきた。


 のしかかり!?


「押し潰す気かよッ!」


 懐に飛び込んだコウは、もう避けることはできない。


 今コイツは無防備だ。

 全力で斬りつけるか?

 いやたとえ倒せても、そのまま俺は押し潰される。

 どうする?

 どうするどうするどうする!


 焦ったところで、ボイルベアが倒れてくるのは止まらない。


「ここまでなのかッ……!」


『――ったくしょうがねぇなぁ』


 救いの手を差し伸べるように、アリナの声が聞こえてきた。


「何をす――」


 コウの言葉を待たずに、指を鳴らすような音が聞こえると――。


「ッ……!?」


 脳に無理やり情報がねじ込まれていく。


「これはッ……ハッ!?」


 これはアテナの記憶……。

 そしてこの情報……この技はッ――。


『今の私の力じゃこれぐらいしかやれねぇが、これでコイツを倒せるだろ? まあ雑魚に使ってた技だけどな』


「ああ!」


 アテナからの情報を理解したコウは、重心を低くして、倒れてくるボイルベア目掛けて、突き技の構えを取る。


「フゥ……"破城突きペネトレーション"」


 ボイルベアの体がコウに覆った。


 ――ズドンッ!


「ガアアアッ!!!」


 何かを打ち込むのような音と共に、ボイルベアの断末魔が森中に響き渡った。


「オラアアアッ!」


 ボイルベアの背中に穴が開き、そこからコウが飛び出てきた。


「ガッ、アア……ァ……」


 腹に風穴が開いたボイルベアはそのまま動かなくなった。


「ハァ、ハァ……ハァ」


 息も絶え絶えのコウの甲冑が、元の姿に戻る。


 倒し……た?


 コウは動かないボイルベアを見下ろす。


「しっ……しゃあああああっ!!」


 コウが勝利の雄叫びを上げた。


『やったな』


 振り返ると、ボイルベアの上で胡坐をかいている女がいた。


「おう!」


 2人はハイタッチをした。


『ヒヒッ』


「ハハハッ……って誰だよ!」


 コウは胡坐をかいている女に指差してそう言った。


『誰って、愛しの女神様だぞ?』


 そう言って見せた女は、グレーのショートヘアに赤いバンダナを巻いており、やけに露出させた肌は焼けていた。

 瞳は燃え盛る炎のように赤い。

 まさに赤色がピッタリな見た目をしている。


 この強さ溢れる美貌……戦の女神と言われるわけだ。


「お前が……アテナ?」


『そうだぞ? もしかして見惚れちゃったのかな~?』


 フワッと浮いてみせ、胸を寄せる。


「もっと馬鹿でガサツな見た目かと」


『殺すぞ』


 殺気溢れる顔を近づけてきた。


「うっ……ってか、なんで急に姿が?」


 流石にマズいと思って、話題をすり替える。


『私がお前に技を託すまで干渉したからだな』


「じゃあ他の人には?」


『もちろん見えない』


 なんか加護よりも凄いことになってるのでは? 契約みたいな。


『良かったな。私の美しい体を独占できて』


「ハハハッ」


『なんだその乾いた笑い』


 まあとりあえずこの女神は置いといて……。

 このボイルベアをギルドまで持ってかないとだよなぁ。


 自分より二回りも大きいボイルベアを町まで運ぶのは、かなりの重作業である。


『どうした? コイツ持ってかないといけないのか?』


 困った様子のコウを見て、アテナが聞いてきた。


「冒険者ギルドに持ってかないといけないんだよな。多分」


 多分ギルド側から足を運んでもらうこともできるが、呼びに行っている間に誰かに盗られる可能性がある。

 アテナは俺にしか見えてないから見張りは頼めないし。


「どうしたもんか……」


 もう日が暮れるから、長居する訳にもいかないし。


 ――……いッ!


「ん? 何か言ったか?」


『何も言ってねぇぞ?』


 ――おーいッ!


 どこからか、誰かが呼ぶ声が聞こえた。


「誰だ……?」


 声のした方角を注視すると、ちょび髭が目立つ男が走ってきた。


「……バンか!」


「おーいッ! 無事かー!」


 今日俺が裏門から出たとき、他の冒険者は出ていなかったから、俺を探しているに違いない。


 右手には槍を持っており、いつでも戦えるような恰好をしている。


「おーいこっちだー!」


「おー! 無事なようで安心……」


 駆け付けたバンは、倒れているボイルベアの中心にコウが立っているのを見て言葉が止まった。


「――お、おいっ。まさか……倒したのか? ボイルベアを」


「あ、ああ……かなり死にかけだけど」


「ととととりあえず! コイツ運ぶ人手やら道具がいるよな! ギルドに行ってくるからちょっと待ってろ!」


 動揺しきったバンが、全速力で来た道を戻っていった。


『なんだアイツ? 確かにコイツは結構肥えてたけどよ。あんなに慌てるのか?』


「これはまた……一悶着ありそうだな」


 これから起こりえることを予想したコウは、ため息をついた。


【依頼:ボイルベア討伐:期限まで残り2日で達成】


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