第5話 特訓開始


「コウ。戦っちゃダメ。多分勝てない」


 剣を抜いたコウに対して、アロナはハッキリと言った。


「……くっ」


 確かにアロナの言う通りだ。

 最初の攻撃を、自分1人で避けれなかった時点でかなりの差があることが分かる。

 入店を諦めたコウは、剣を収める。


「……よしっ。またレベル上げをしてから来よう」


 割り切ったコウは、まずは依頼を通して強くなることを決めた。


「そうだね。また明日から頑張ろ!」


 アロナも元気づけてくれた。


「ああ、早速明日から色々教えてくれ」


「任せてよっ!」


 アロナは胸を叩き、快く了承してくれた。


「ありがとう」


 2人は店を離れる。

 明日の為に、冒険者ギルドに戻り依頼を下調べすることにした。




◇ ◇ ◇




――冒険者ギルド・リーゼン支部


「うおっ!?」


 冒険者ギルドに入ったコウは驚いていた。

 最初に来ていたより、倍以上の人がいたからだ。

 市場のような活気を感じる。


「驚いたでしょ? この時間は依頼が終わった人たちで溢れかえるからね~」


 アロナが言ったとおり、ほとんどの人が、依頼の紙を持っている。


 この時間までやってる依頼は、難易度が高いのだろうか。


「お~い! こっちだよ~!」


 周りの様子に見惚れていると、いつの間にかアロナが掲示板の方にいて、コウに手を振っていた。


「悪い悪いっ」


 人の間を抜けて、アロナの元へ辿り着く。

 この時間帯は、掲示板を見に来る人は少ないので、ゆっくり見ることができそうだ。


「ほらっ、これなんかどう?」


 アロナが手前に貼ってある紙を指差した。


【依頼:コミカルラット退治】

 依頼主:飯屋「プンマック」店主

 依頼ランク:E

 場所:飯屋「プンマック」

 詳細:店裏に出没したコミカルラットの討伐

 数:5〜7体程確認

 期限:7日以内

 報酬:1体討伐につき銅貨5枚


「うーん……安くないか?」


 コウは、報酬の安さに唸る。


「まあコミカルラットは1体じゃ何もできなくて群れで行動するからね。弱いしまとめて倒せるし、妥当かもね」


 コミカルラットとは、茶色の毛並みをした小さなモンスターである。

 シッポが細長く、強靭な前歯が特徴だ。

 群れで行動し、何でもかんでも齧ってしまうようだ。


「他には何かあるか?」


「うーん……ちょっとあっちを見てくるね」


 アロナは端の方を見に行った。


「俺も探すか」


 コウがどれにしようか悩んでいると、ある1人の男が現れた。


「おい見ねぇ顔だな。新入りか?」


 その男はコウに話しかけた。


「ん? 俺か?」


 コウはその男の方を向く。

 男は金髪に大柄で、腰に剣を提げていた。

 装備を見るに、熟練の冒険者のようだ。


「こんな甲冑着てるのに、低ランクの依頼探してるってことは、どっかのボンボンかぁ?」


 コウの全身を舐めるように見てくる。


「ボンボンではないが、今日から冒険者になった。アンタは?」


 コウは舐められないように、強気に返した。


「自己紹介がまだだったなぁ。俺の名前はバージャッカ。冒険者ランクはCだ。これからよろしくなっ」


 バージャッカと名乗った男は、コウに肩を組んできた。


「コウだ。よろしく頼む」


 お互いに挨拶が済んだところで、話が戻る。


「それで? 新人に何か用か?」


「おいおいそんな機嫌を悪くすんなって。お前みたいな新入りの為に、とっておきの依頼があるんだよ」


 そう言うと、バージャッカは懐から、ある依頼の紙を出した。


「これは?」


 コウは、一応見てみる。


【依頼:ボイルベア討伐】

 依頼主:冒険者ギルド

 依頼ランク:C

 場所:リーゼンの町近くの森

 詳細:森の出現したボイルベアの討伐

 数:1体確認

 期限:5日以内

 報酬:銀貨5枚


 ランクCに、銀貨5枚だと!?

 銀貨5枚は銅貨500枚……。


「……俺は始めたばかりだから、ランクはEだぞ」


「別に馬鹿にしてる訳じゃねぇよ。この依頼は見かけ倒しなんだよ」


 見掛け倒し?

 冒険者ギルドが依頼主なんだぞ。


「根拠は?」


「この討伐対象であるボイルベアはな、この時期はまだ弱いんだよ」


「弱い?」


「ああ。この時期に出現しやすいボイルベアはな、どんどん時間が進むにつれて、森のモンスターを食い尽くしていく。そうすればどんどん強くなる。だから事前に、確実に仕留めるんだよ」


「……」


 確実に仕留めるために、高めのCランクの依頼ということか。

 だが分からない。

 俺からしたら、全部の情報が怪しい。


「悪い話じゃないだろ?」


 バージャッカが顔を近づけてくる。


 よくよく考えたら、この男に得なんかないよな?

 本当に善意で提案しているのか?

 いや、きっと情報量として、報酬を半分寄越せとか言うんだろう。


「お前だけで行くと、窓口で止められる。だから俺と一緒に受けるってことにして、あとはお前の好きにしたらいい」


「本当か?」


 本当にコイツに得がないぞ……。

 乗ってみるか……?


「だがこのことは内緒だぞ。この情報がバレたらこの依頼の取り合いになるからな」


 小さな声で忠告してきた。


「――分かった。受けよう」


 分かってる。

 俺は騙されている。

 その上で乗ってやろう。


「じゃあ受付まで行こう。まあまあ危険だが、報酬も大きいからなっ」


「……そうだな」


 元々強くなるために依頼を受けるんだった。

 今の俺が強敵に挑めるのは、こういう場面しかないからな。

 俺がボイルベアを討伐して、吠え面かかせてやる。


 コウは肩を組まれたまま、窓口まで向かった。


「コウ〜! 良いの見つけ……っていない?」


 アロナが戻ってきた頃には、コウは窓口で色々手続きを済ませていた。




『ボイルベア』

 難易度:C(難易度と、依頼ランクは比例する)

 特徴:

 大柄で、毛皮に覆われている。

 自身のナワバリに入ってきた者を、見境なく攻撃してくる。

 沸騰したように毛色が赤く染ったときは、攻撃態勢に入っている証拠。




◇ ◇ ◇




「ちょっとコウ〜!」


 アロナはコウを探していると、外に出ていくのを見かけ、外まで追いかけた。

 手続きを済ませたコウは、バージャッカと別れ、待合スペースが空いていない程人がいたのもあり、建物の外でアロナの帰りを待とうとしていたのだ。


「悪いなアロナ。もう依頼の手続きは済んだ」


「え〜、折角良い依頼見つけたのに……」


 アロナは少し悲しい表情を浮かべた!


「って違う! その紙は特殊なんだよ! 日付が変わったら期限までの日も減る仕組みになってるの! つまり今日受けたら、期限は記載されてる日マイナス1日だからね!」


 じゃあ俺は4日で仕留めないといけないのか。


「コウは大丈夫? あと1日とかじゃない?」


「ああ、大丈夫だ」


「良かった〜。言い忘れてたから心配になっちゃって。ところで何の依頼受けたの?」


「それは……秘密だ」


「ええ〜!?」


 アロナはお預けを食らったようなリアクションをした。


「じゃ、じゃあ明日ついていってもいい?」


「別にいいが、まだ期限があるから、明日明後日は特訓をしようと思うんだ」


「特訓? 難しい依頼にしたの?」


 流石に怪しまれるか。


「どちらにしよ、損はないからな」


「まあ別にいいけど、どういう特訓をするの?」


「それは――」




◇ ◇ ◇




「俺たちと!?」


「特訓したいだって!?」


 バンとモンは声を上げた。

 そう。次の日の朝コウが向かった先は、町の裏側の門番をしている、バンとモンの元だった。

 ちなみに、アロナに宿代を5日分貸してもらった。

 倍にして返すつもりだ。


「ああ、強くなりたいんだ。具体的には体術関係の【スキル】を身につけたい」


「そう言われたってなぁ……」


 バンがちょび髭を弄りながら苦悶の表情を浮かべる。


「そう易々と習得できるものではないぞ」


 モンは顎髭を弄りながら厳しめの返答をする。


「俺は聞きたいのは、教えて貰えるかどうかだ。門番をしているということは、相当の実力者のはず。それを見込んで頼みに来たんだ」


「ガハハ、それほどでもねぇよ」


 バンはニヤニヤしている。


「…….期間は?」


 モンが真面目に聞いてきた。

 どうやら前向きに検討してくれるようだ。


「できれば2日」


「2日だとぉ!?」


 ニヤニヤしていたバンは、驚いて声を上げた。


「……習得できるのか?」


 モンも疑いの目をかけてくる。


「当然だ」


 コウは自信満々に答える。


「――良いだろう。俺とバンで1つずつ教えよう。今日から2日、午前は俺、午後はバンで交互に教える。門番の仕事もこなさないといけないからな」


 コウの返事を聞いたモンは、スラスラと計画を説明した。


「ええ!? でもよモン、俺は剣じゃなくて槍使いだぜ?」


 どうやらバンは槍使いのようだ。

 モンは腰に剣を提げているから、きっと剣士だろう。


「言ったろ。体術関係で、コイツに必要だと思うスキルを教えてやれ。短時間で習得できつつ、役に立つスキルをな」


「うーん。まあ俺は午後担当だし、それまでに考えとくわ」


 バンもスキルを教えるのに了承し、教えるスキルを考えてくれるようだ。


「ありがとう2人とも」


 コウは頭を下げた。


「感謝するのは習得してからだ。こっちに来い」


 モンは門番をバンに任せ、橋を渡って行った。

 コウもその後をついていった。


「頑張れよ〜」


 バンは手を振って見送ってくれた。




◇ ◇ ◇




「バンさーん!!!」


「ん? この声は――」


「おっはよー!!」


 アロナが門を全速力でくぐっていった。


「ガハハハハ、挨拶ぐらい止まってしろよっ」


 元気なアロナを一瞬だけ見たバンは笑った。


「あーっ!」


 何かを思い出したのか、全速力で戻ってきた。


「おうおうどうした?」


 戻ってきたアロナは、バンの手前で急停止する。


「コウ知らない? 宿行ったらいなくてさー」


「あーあの甲冑の男な。さっきここに来たぞ。スキルを教えてくれってな」


「修行するって言ってたけど、よりにもよってここで?」


「おい」


「じゃあ今モンさんがいないってことは……」


「そういうこと。2人は橋を渡っていったぜ。昼になったら戻ってきて、モンは俺と交代する感じだ」


「分かったありがとう! すぐそこにいるかもだから行ってみるね。じゃあね〜」


 またもやアロナは全速力で走り、あっという間に橋を渡っていった。




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