甲冑人生 ~目が覚めたら全身甲冑だった~

ダブルミックス(doublemix)

第1話 目覚め



「んあ……ここどこだ?」


 目を開けると広がる草原。

 雲一つない青空。


「とりあえず外だな……」


 落ち着け俺。

 まずは自身の確認だ。

 まず俺の名前は……。


「何だっけ?」


 待て待て待て待て。

 何も思い出せない……!?

 知識はあるのに記憶がこれっぽっちもない……。

 なんか気持ち悪い。

 というかこの格好――。


「甲冑?」


 俺は男用と思われる甲冑を装備していた。

 特に目立つこともない、銀色の甲冑。


「もしかして、俺は騎士か何かなのか? 剣もあるし」


 横に置いてあった剣を手に取る。

 これも特に目立つことがない片手剣のようだ。


「よっと」


 とりあえず立ち上がってみた。


「重いな……」


 思っていたより甲冑が重くて動きづらい。


「頭のてっぺんから足の爪先まで甲冑で覆われてるな。ちょっと脱ぐか」


 どこかに外せる金具があると踏んで、全身を探ってみる。

 しかしどこにも見つからない。


「力ずくでやるしかないか……フンッ!」


 肘の部分は僅かに隙間があったので、そこに指を入れて、グッと力を入れてみる。


「外れ……ねぇ……!」


 まるで体と一体化したかのように外れない。


「はぁ……」


 草原に寝てるし、目が覚めたら全身甲冑だし、記憶もない。

 どうしろってんだ。


「いや、まだ諦めるのは早い」


 そう、この世界で目覚めて、まだ誰とも会っていないのだ。

 まずはこの世界について、この甲冑について、色々と調べなければいけない。

 でもある程度の言葉が分かってるということは、俺はこの世界の住人なのか? それとも別世界の住人?


「うーん分からない。というかここどこだ?」


 右は森。

 左は草原。

 前も後ろも草原。


「何もないじゃん」


 とりあえず剣を鞘に収める。

 鞘は元々腰の左側にあった。


「まあ歩いてみるか」


 特に理由もないが、左の草原に向かって歩き出した。

 甲冑自体の状態が良くないのか、歩く度にガシャンガシャンと音が響く。


「歩きにくい……」


 ほぼ体とくっついているようなものなのに、こんなにも重いのか。

 あと結構ボロい! 汚ッ!


「なんだよ〜。記憶失う前の俺は何してたんだよ〜」


 愚痴を吐きながら、トボトボと足を進める。

 すると――。


「ん? なんだこれ……」


 足元に緑色のドロっとした物体が落ちていた。


「……無視だな」


 ドロっとした物体の横を通り過ぎようとする。


――ベチャッ。


「ん? うわぁ……」


 ドロっとした物体が片足にへばりついてきた。

 ジュルジュルと音が鳴る。


「離れろっ」


 足を振って離そうとするが、足が重くて素早く振れない。

 その間もジュルジュルと、まるで溶かしている音が鳴り続ける。


「いい加減に……」


 足を地に着き、剣を引き抜いた。


「しろ!」


 そのままドロっとした物体に剣を突き刺した。


 パキッと音がしたと思うと、その物体は液状になって蒸発していった。


「おっ……この石ころみたいなのを壊したのか?」


 消滅していく謎の物体から、割れた石ころのようなものが出てきた。


「コイツの心臓部分か?」


 色々と観察していると、同じような個体が何体も近づいてきた。


「こんなにいるのかよ。この足の遅さじゃ無視していくことはできないか」


 甲冑の男は重い体を動かして、その謎の生物を一体ずつ確実に仕留めていった。




◇ ◇ ◇




「ハァ、ハァ、やっといなくなったか」


 あの後、謎の生物を十数体程倒した。


 あの生き物、石ころ以外は物理攻撃が全然効かねぇ。

 覚えとかないとな。


「そういえば何体かの体内から、石ころ以外に綺麗な石が出てきたな」


 足元に目をやると、緑色の石が3個だけ落ちていた。


「一応回収しとくか」


 屈んで緑色の石を拾い上げた。


「これは何の意味があるんだ? なんか甘い匂いがするが......もしかして調味料とかに加工して食うのか?」


 "食う"という単語を発すると、緑色の石が3つとも手のひらに沈んでいった。


「うわっ!? 本当に食っちまったのか!」


 手を確認するが、特に変わったところはない。

 味もしないので、食した訳ではないようだ。


「もしかしてこの甲冑が吸収したのか……?」


 ますます甲冑の謎が深まったが、現時点では何も分からないので、前に進むことを決める。

 甲冑の男は剣を収めながら立ち上がった。


「あれ?」


 さっきより体が軽い?

 あの緑の石の効果? それとも戦う内に、この甲冑に慣れた?


「尚更誰かに聞いてみないとな」


 甲冑の男は再び歩き出した。


「アイツは……」


 そんな彼の後をつける者が1人……。




【名前】???

【性別】男

【職業】なし

【装備】謎の甲冑と剣

【???】……

【???】……




◇ ◇ ◇




「おっ、やっと道に出たぁ」


 しばらく歩いていると、横一直線に伸びる道を見つけた。


 なかなか広いな。

 ここを歩いて行けば、どこかの町に辿り着けるだろうか。

 いやそれより先に、馬車や人に会うかもしれないな。


 少し期待しながらその道を右に進み始めた。


「ん?」


 歩き始めてすぐ、右脇に先程の生物がいるのが見えた。


「1回思いっきり剣を振ってみようかな」


 先程は、ほとんど剣を突き刺して倒していたので、まだまともに剣を振ってないのだ。


「よし」


 剣を鞘から引き抜き、両手で振り上げる。


「くっ」


 まだ体が重く感じ、若干腕が震えている。


「くら……えっ!」


 モニュンと柔らかい音が鳴った。


「え……?」


 真ん中の石、その生物の核に剣が辿り着かなかったのだ。


 こ、こんなにも貧弱だったのかよ!


「ブフッ……」


「ん?」


 どこかから、誰かに笑われた気がした。


「誰かいるのか!」


 しょうがないので、剣の突き刺してその生物は倒した。

 周りも見渡すが、気配を感じない。


「……?」


「バアッ!」


「うおっ!?」


 突然後ろから誰かに驚かされた。

 声を聞くに、女性だろう。

 ビックリした男は、声を上げて後ろを振り返る。


「だ、誰だ!」


 脅かしてきた相手に向けて剣を構えた。


「ごめんごめんっ。落ち着いてって」


 手を合わせて笑顔で謝る彼女は、赤色ショート髪に、輝く黄色の瞳が目立つ女の子だった。

 見たところ軽装で、動きやすい格好をしていた。


「……」


 しばらくの間、男は女の子を睨みつけていた。


「だ、大丈夫だよ? 盗賊とかじゃないから。笑っちゃったのは悪いと思ってるけど……」


「……は」


「は?」


「初めて人に会えたぁ」


 男は緊張の糸が切れたように、ヨロヨロと剣を降ろし、杖のように扱う。


「ええ!? 人と会ったことないの?」


「そうなんだよ。記憶がなくしちゃって。しかも目が覚めたらこんな甲冑着てたし」


「た、大変なんだね色々と。あっ、私アロナって言うんだ。よろしくね」


「あ、ああ。俺は……コウって言うんだ」


「コウね! よろしく!」


 咄嗟に嘘の名前を名乗ったが、アロナは元気よく返してくれた。


「それで、なんで話しかけてきたんだ?」


 自己紹介が済んだところで、何故話しかけてきたかを聞く。


「いや、なんかスライムとの戦いがぎこちなかったから気になって……」


 アロナからは俺が弱く見えたんだろう。

 恥ずかしいけど気にせずにいよう。


「アイツはスライムって言うのか」


 どうやら先程の生物はスライムと言うらしい。


「あー……記憶がないんだよね? じゃあ知らなくても無理ないか」


 記憶がないので、この世界の一般常識が身についていないことにアロナは納得した。


「そうなんだ。良ければ、この世界のことを教えてもらいたいんだが……」


「いいよ! これも何かの縁だし、近くの町まで歩きながら教えるよ!」


 アロナは二つ返事で了承してくれた。


「ありがとう!」


 コウはアロナの純粋な優しさに心打たれた。


「いいって照れるじゃ〜ん」


 感謝されたアロナは、満更でもなさそうだ。


「じゃあ早速案内頼む」


 コウは剣を鞘に収めた。


「うん! でもその前に、スライムの魔石がドロップしてるから持っときなよ」


 アロナが屈んで、先程コウがスライムを倒した所に落ちていた緑色の石を拾い上げた。


「その綺麗な石は魔石と言うのか」


「そうだよ。倒したモンスターから魔石とか特別な素材が出てきたりするの。それを使って武器とかアイテムを作ったりするんだ。あと一応売れるね」


 アロナは説明しながら、コウにスライムの魔石を手渡した。


 なるほどなるほど。

 あのような生物をまとめてモンスターと言うんだな。

 そして素材が出てくることがあり、それを使って何か作れるんだな。

 あれでも……。


「何か特別な武器とか装備品が、素材を吸収する例とかある?」


「え? まああるにはありますけど、かなり希少なものになりますね」


「え? この甲冑そんな凄いの?」


「と言うと……?」


「ほら、"食え"」


 甲冑に言い聞かせるようにそう言った。

 すると受け取ったスライムの魔石が甲冑に沈んでいく。


「ええ!? 初めて見たよそんな甲冑!」


 余程珍しいんだろう。

 アロナは興味津々で見入っている。


「やっぱ珍しいのか?」


「うん! なんて名前の甲冑なの?」


「さあ。そのことも色々調べたいんだが……」


「ステータスで見れないの?」


 困ってる様子を見たアロナが、キョトンとした顔で聞いてきた。


「ステー、タス?」


「そうそう。心の中でステータスって念じると、自分のことが分かりやすく出てこない? それで今の自分がどうなっているか分かるよ」


 なるほど……ステータス。


【名前】コウ

【性別】男

【職業】なし

【装備】

 ・呪いの甲冑(不完全)

 ・鉄の剣

【レベル】2

【スキル】なし


「うおっ、なんか出てきた!」


 分かりやすく目の前に文字が出てきた。


「なんて出てきたの?」


 どうやらアロナには見えてないようだ。


「ええっと、呪いの甲冑......って言うらしい」


「呪いの甲冑......どういう効果なの?」


「ええっと......」


 呪いの甲冑って念じればいいのか?


【呪いの甲冑(不完全)】

【詳細】

・脱ぐことができない呪いの甲冑。

・咀嚼や排泄を不要にすることができる。

【スキル】

形態変化メタモルフォーゼ

 必要な素材をこの甲冑に吸収させ、装備している本人がスキルを覚えることによって、甲冑が変化する。

※しかしこのスキルを使うには、甲冑が不十分である。


「素材とかスキルによって色々できるっぽい」


「まだハッキリとは分からないんですね」


「そもそもスキルって何だ?」


「まあそのことについても、歩きながら話しますか。とりあえず町に行きましょう」


 確かに、このままだと話が終わらず、この場所から動き出しそうにない。


 2人は、コウが向かおうとした方向に歩き出した。


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