第5話 自画像
解約する直前の頃、ユークリッド氏から君の裸も見たいと言われたことがあった。
自分で自分を描くのはさすがに気恥ずかしかったが、仕事である以上は割り切る。この男は金ばかりはやたら持っているみたいだから、割増料金を解約前の最後のボーナスと思うことにした。
私は裸になって写真機の前に横たわった。現像した写真に写っていたのは、長身ながらも平べったい胸をした私の姿であった。
我ながら、なんとも色気のない姿だろう。又坐についた女の子の証からは辛うじてそれを感じるかもしれないが、こんな仕事でなければ絶対に晒さない部位だ。
しかし、彼はそんな私が描いた絵を、全て大事にしてくれているようだ。
私には最後まで、この男が理解出来なかった。私の裸に何の価値があるのか? 私は彼に裸の自画像を見られても平気な顔を装った。
私はこの男へ異性としての興味はない。そして同時に、羽振りの良さを盾にこんな汚れ仕事をさせたことを憎んでいた。
結局この男の真意もわからないまま、金だけを受け取って私は博物館に帰ることにした
私は自分の肉体にコンプレックスがあるため、裸を晒すことにあまり気は乗らない。
だけどそんな私は、この男の戯言を真に受けて、自分の姿を写真機に刻み込んだことを思い出した。
一人だけの写真と、モデルになってくれた女の子全員と撮った、二つの写真。
しかし私は、そのことを今の今まで忘れていたのだ。
裸を晒した屈辱的な記憶は、私の頭の奥に厳重に封印されていたのであろう。
今回写真を見ることで思い出したその記憶の断片は、決して不快なものではなかった。むしろ大切な思い出を閉じ込めていた宝石箱を開けたかのような、嬉しい興奮さえ覚えた気がする
独身のまま年を取ったことでようやく、私は画家としてまたひとつスキルアップを実感することになったのだ。
ある屋敷に雇われたヌード専門の画家の話 如月千怜【作者活動終了】 @onihimefeb
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