団子




二人が公園で言い合った時から数日経った頃だ。

もう何事もなかったように二人は毎日歩いている。

二人が警察署の近くを歩いていた時だ。


「セイ、この店に入りましょう。」


六花が指を差す。

テラスに二席テーブルがある洒落た感じの喫茶店だ。

丁度昼なので昼食を取るのは構わない、だが、


「署に近すぎんか?」


署で勤めている者に見られるかもしれないと

少しばかりセイはためらうが六花は構わず店内に入って行く。

席はテラスしか空いていなかった。

かなり目立つが六花は平気で座りメニューを見た。

セイは自分のヘッドセットのスイッチを切った。


「ここ、調べたんですよ。

署の近くにこんないい店があったんですね。」


と六花がメニューを差し出す。

そこにはスイーツの名前がずらりと並んでいた。

セイはそれを見る。


「焼き団子、白玉、磯部餅……、」


普通の食事メニューや洋風のスイーツもあるのだが、

和風のスイーツの名前も沢山あった。


「珍しいですよね、普通の喫茶店だと

自分でお団子を焼いて食べるなんて出来ないですよ。」


にこにこと六花がセイを見る。

先日二人がスーパーで買い物をした時に

セイが寿司や団子を買ったのを彼女は見ていた。


「何にしますか?私はとりあえずランチと

自分でお団子を焼くのにします。」


もしかして自分の好みを知ってこの店を探したのか、と

彼女に聞きたかったがどことなく照れくさくて彼は言えなかった。


「……、俺もランチと塩豆大福、」


ぼそりと彼は言った。


やがて食事がやって来る。

ランチの後のスイーツでは

彼女の前には金網が乗った小さな七輪が来た。


「焼くんですよね。」


六花が恐る恐る団子を金網に乗せた。

金網の熱さを感じたのかどことなく手元がおぼつかない。

その様子を見てセイは豆大福を一口食べて言った。


「お前、自炊とかほとんどしたことが無いだろ?」

「え、あ、は、わ、分かりますぅ?」


六花がにやりと笑う。

彼は残りの団子をさっと金網に乗せた。

セイの口元には大福の粉がついている。


「様子を見てひっくり返すんだ。」

「上手いですねぇ、さすが。」


セイはそのまま団子を何度かひっくり返して

結局彼が焼き上げた。


「ありがとうございます。綺麗に焼けてる。」

「お前も自分で料理しろよ。」


六花が一本の団子を皿に乗せてセイの前に差し出した。


「焼賃です。」


セイは六花を見た。


「これ食べたかったから焼いてくれたんでしょ?」

「お前なあ、」


一言多いと言いかけたがそれは事実だった。


「でもランチも結構量があったから二本はきついです。

だから食べてもらえます?」

「お前なあ……、」


セイの顔がなぜか赤くなる。


「セイ、口元に粉が付いてますよ。」


彼ははっとしておしぼりで口を拭う。

そして軽く息を吸い、


「……ありがとう。」


と小さな声で言うと六花がにやりと笑った。


二人はしばらく無言で甘味を食べていた。


「なあ、六花。」

「はい。」

「お前はいつからそのノイズキャンセラーをつけているんだ。」


セイが彼女の耳を見た。


「これですか?もう2、3歳頃からです。

私は覚えはないんですけど赤ちゃんの頃から

大きな音がすると驚いて動かなくなったらしいんです。」

「ヤギとかで驚くと動かなくなるものがいるが、」

「ミオトニックゴートですね。

あれは遺伝的なものですけど私は違うみたいで

精神的なものじゃないかと。

なので小さい頃からこれをつけています。

聞こえるシステムはスマホと同じような物です。

一旦電子信号に変えて音が大きいものを相殺してるって感じです。」

「ならいつもスマホを通して音を聞いている感じか。」

「まあそうですね。でも寝る時ぐらいは外しますよ。」


六花がキャンセラーに触れた。


「あっ、映像と音声消すの忘れてた。」


六花が慌ててそれらの電源を消した。

映像と音声はリアルタイムで警察で記録がとられている。

セイが付けているヘッドセットにもその機能が付いており

時間外、自宅内や昼休みなどは消して良い事になっている。


「お前なあ、久我とかに今までの事全部聞かれてるぞ。」


セイは先日の二人の喧嘩を思い出す。

あれも全部久我達に聞かれている。


「良いじゃないですか、私はなんともありません。」


だがセイはもやもやとする。

団子の話だ。

自分が団子が欲しかったなどと知られるのは

とてつもなく恥ずかしかった。

しかも口元に大福の粉が付いていたのだ。


「だって何かあった時に見るぐらいでしょ?

今日は今まで何もないし。大丈夫ですよ~。」


六花はへらへらとしている。


「お前……、」


多分何を言っても六花には効かないだろう。

スイッチを切って良い時の前に自分が教えた方が早いとセイは思った。


二人は食事を終えて席を立った。

セイが領収書を手にする。


「あ、払いますよ。」


六花がセイに言う。

既に立っていたセイは彼女を横目で見降ろすように言った。


「この店、探してくれたんだろ。今日は奢る。」


この店を六花が探したのは、

先日六花がセイを殴った詫びなのかもしれない。

それとも車の傷か。

一瞬六花は驚いた顔をしたがへへと笑って頭を掻いた。


「ごちになりますぅ~。」

「店を出たらスイッチを入れろ。」

「はい。」


六花の返事は思ったより素直だった。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る