クライシス・イクラ

 

 好き嫌いは駄目。


 確かに食べ物をやたらと選り好みすることはエレガントとはいいがたい。だがしかしBUT、初見の食べ物は用心に越したことはないのである。それが生ものならなおさらだ。本能と嗅覚を馬鹿にしてはいけない。




 とある大安吉日。

 我と猫代さんは親族の結婚式に出席していた。

 式と披露宴の会場は今風の邸宅風ウェディングだ。お洒落な白亜の建物のセンターには清らかな水を湛えたプール。色とりどりの花々で彩られた式場は美しかった。


 だが、着いたものの駐車場からどこに行けばいいのかがわからん。

 どうしたら行けるのだろう、教えてほしい親族控室。


 聞こうにも人っこスタッフ一人見当たらない。

 しばらくさまよった後、ようやく教えてもらえた控室は、建物をぐるっと回った広い敷地のほぼ反対側にあるという。


 新郎新婦実家の中間地点にある都市での式なので、皆さん着替えプラス泊りの大荷物。介助が必要な爺様婆様、爆走するお子様どもを引っつかまえ、助け合ってのゲルマン親族大移動である。


 ガンダーラもとい控室への最終関門は、建物裏手のスタッフ用かと見まごうほどに細い階段だった。エレベーターなどという文明の利器はない。やむを得ず、じじばばを協力して引き上げる。


 やっと辿り着いた控室からは、なんと人が溢れていた。

 当然椅子も足りないので、年の順にお座りいただく。麗しきゆずり愛。洒落た出窓の縁に尻を置く(比較的)若い親族ズに、焦った様子の新婦父が、飲み物を配って歩いていた。やはりスタッフは見当たらない。まっことお疲れ様である。


 そして式の時間が迫るのに、なかなか更衣室を案内してもらえない。そもそも、スタッフが全然いない。(三度目)

 焦れた勇者が一人探索へと出て、見事スタッフを捕まえた。更衣室の場所を聞いたところ、再び細い階段を下って駐車場方向へ半分リターンだ。


 ちょっと、設計した奴出てこようか?


 一度に案内されたので、更衣室は親族一括コミコミプラン。そんなわけで、式が始まる前に親戚一同、消耗していたことは否めない。


 しかし、若い新郎はしゅっとした男前、新婦も大変に愛らしく、我らは心よりお祝いした。式は滞りなくすすんだ。式場にはちゃんとスタッフがいた。(初)よかったよかった。


 新郎新婦は何も悪くない。


 会場選ぶときに親族の控室や更衣室なんか、見なくて当たり前だ。問題はこういった新設の施設ではスタッフが慣れておらず、オペレーションに問題が起きやすい点である。

 友人が招かれた式場オープン一組目という結婚式なぞ、男女一か所ずつしか使えるお手洗いがなく、地獄絵図だったらしい。




 さて、その日出てきたメインの料理はサーモンとイクラを主体としたものだった。我はイクラは嫌いではないのだが、特に好きでもない。取りあえず一粒食べると、ぷちっとしていない。式場があるのは海辺の街なのに、海鮮類もどうも鮮度がよろしくない。

 当日、体調が万全ではなかった我は、ごめんなさいして少ししか食べなかった。旅先で体調崩す常習犯としては、危険は回避せねばらんのである。


 繰り返すが、新郎新婦は何も悪くない。


 というのは、その後、親族まとめて同じホテルに泊まっていたのだが、そこで何人かが食あたりをおこした。猫代さんも背中一面に発疹が出て悶絶し、以後イクラアレルギーになった。

 やはり、ちょっとばかり鮮度の悪いイクラだったようだ。


 数か月後、オープンしたてのその式場は食中毒で営業停止を食らっていた。我らの事例も、保健所に訴えていれば営業停止案件だったかもしれない。


 しかし親族一同、その件を含めて裏で起きた全てを、新郎新婦には未だに黙っている。人のいい親族の皆さんだが、あのとき言っていれば不幸なカップルが何組か減っていた気もする。


 いうべきかいわざるべきか。

 ムツカシイ問題である。あ、にゃー。

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