『生産職』

駆け出しの冒険者が真っ先にぶつかる問題。それは、装備である。

武器、防具、アクセサリー、冒険者の生命線であるそれらのアイテムは総じて高価であり、上を見ればきりがない。


そんな冒険者たちにとって、欠かすことのできない存在、それが『生産職』である。

装備、薬品、アイテムを作成する彼らは、冒険者を支える存在であり、腕の立つ生産職とのコネクションは何物にも代えがたいと言われる。


『特区第一ダンジョン』攻略のために建造されたこの人工島、星底島には、『生産職』も数多く存在する。

そんな彼らは、冒険者たちが多く集うDM本部でもある『塔』の付近に集まることが多い。以前燐がナイフを購入した店も、この近辺である。


店を構える鍛冶師たちの元へと、燐は門戸を叩き、オーダーメイドを頼み、そして撃沈した。


「くそっ、高いっ……!前の防具が5着買えるぞ……」


歩道脇のベンチに腰を下ろした燐はがくりと項垂れる。

5軒、大通り沿いの店に入ってみたのだが、いずれも燐に払える金額を超えていた。


『どの店もオーダーメイドは最低50万円から。流石は冒険者相手の商売ね。金額がぶっ飛んでるわ』


素材持ち込みでも、その金額。これを高いと思う冒険者は燐のような駆け出しぐらいだ。

大金を稼ぐ冒険者にとって、50万という金額はぼったくりでも何でもない。


「どうするかな……」

『遺産に手を付ける?』


燐の両親が残してくれたお金には余裕がある。とはいえ、それらは現状、稼ぎが食費に消えている二人の家賃や生活費だ。

先の見えない冒険者稼業で、そのお金に手を付けるのは、色々な意味で自身の首を絞めることになりかねない。

燐は悩むが答えを出せない。今にも頭から地面に落ちそうなほど項垂れていた。


『ワタシとしては、オーダーメイドの方がいいと思うわ。『トロールの厚革』を使えば、上層では十分すぎる性能よ。『あの小鬼』を相手するつもりなら、あったほうがいい』

「………」


燐は立ち上がり、近くのショーウィンドウに近づく。冒険者向けの装備を販売している店だ。

中には様々な刀剣や鎧、指輪や銃器などが展示されていた。どの品も、駆け出しの燐には手の届かない高級品であり、ガラス越しでもその品の完成度が伝わって来る。


『【サトゥラの造剣店】ね。今まで行った店の中だったら一番質がよさそう』

「まあ、この島でもトップクラスの生産ギルドだからな」


星底島どころか、世界でもトップクラスの生産ギルドだ。【サトゥラの造剣店】の作る装備の質は高く、迷ったらここで買えとまで言われるほど、冒険者に信用されている老舗である。

冒険者に憧れていた燐が、いつか欲しいと夢見ていた武器たちだ。

燐も思わず見とれてしまう。


「……でも高いんだよなぁ」

『そうね』

「確かにのう」

「……………ん?」

『え?誰?』

「誰?」


気付かない内に燐の隣でショーウィンドウを眺めていた小柄な人影に驚く。

燐と比べても頭一つ小さな体に、真っ白の頭髪。一本心が通ったような立ち姿をした老年の男だ。


「さっきから鍛冶屋を見回っていたろう?儂が思うに、ドロップ素材で装備を作りたい駆け出しといったところかの」


何でもないように会話を始めた老人に、燐は半歩下がる。


「ええ、そうですが………」

「じゃったら儂の店はどうじゃ?装備屋を営んでおってな。主におぬしみたいな駆け出しを相手にしとるんじゃ。ほら、これ」


そう言って老人が見せてきたのは、1枚のカードだ。


『なにこれ?』


アリスが見慣れないカードに疑問を浮かべる。

燐はどこかで見たことのあるそれを、記憶の隅から探し出す。


『DM認定店の示すカードだ。つまり、DMが認めたまともな店ですよっていう証明だな。詐欺られたり騙される心配は低いな』


冒険者という荒くれ者相手の商売である装備店やアイテム店の中には、素材を不当に低い価格で買い取ったり、逆に売り付けたりする被害が後を絶たない。

特に個人店は信用が薄く、目利きや常識が乏しい駆け出しが近づくことはまれだ。そのため老人は燐の疑いを晴らすために、先んじてカードを見せたのだろう。


「オーダーメイド、作れますか?」

「いけるぞ。ものによるが、10万ぐらいからじゃな」

「―――ッ。まじですか」

「おうよ。店はこっちじゃよ」


老人は大通りから外れた通りへと進んでいく。細い道を進んだ先にある小さな店舗の中に、2人は入る。

中は、年季を感じさせる佇まいを見せている。

壁に立てかけられた古びた装備。カウンターの上には雑貨が並び、その奥には炉や金床などが見え、その上には作りかけらしき刀剣がある。


それは燐が想像していたような鍛冶場であった。

客は燐以外にはいない。


「儂は山野じゃ。よろしくな」

「遠廻です。この素材から軽装を作れますか?」


燐は『トロールの厚革』を取り出し、見せる。

老人は老眼鏡をかけ、まじまじと素材を見る。


「うぅむ、質もいいし傷も無い。しかもレアドロップの『厚革』か。運がいいのう」


ふぅむ、と唸りながら見分する。


「余った革をくれるなら、10万で作れるぞ。余りを返すなら、17万ぐらいかの」

「……なんというか、意外と安いんですね」

「ふぉふぉふぉふぉふぉっ、大通りの店と比べられると困るがの。こんなもんじゃよ、売れない個人店は」


突然の自虐に燐は言葉に困るが、小さく「お願いします」という。


「うんうん。それでどんな防具がいいんじゃ?」

「……軽装ですかね?前使ってたのは胸とか関節にプロテクターがついてるやつだったんですけど」

「あまり【力】は無い方か?」

「そうですね、どっちかというと【敏捷】が高いです」


うぅん、と小さく悩んだ後、山野は2つの選択肢を示す。


「なら二択じゃな。ひとつがこれ」


そう言っていくつかの植物性の素材を、持ってきて、カウンターに置く。


「頑丈な『トロールの厚革』をメインに植物性の素材で纏める軽装じゃ。【耐久】と軽さを両立させられるが、火には弱くなる。名付けるなら、『緑革の厚軽鎧グリーンブレス』ってところかの)」


燐は頷き、続きを促す。


「2つ目が鉱石素材をメインにする防具。トロールの厚革を鎧でカバーできない関節に張って防御力を上げるんじゃ。【耐久】は当然、軽装よりも高いが、重い。扱うにはそれなりの【力】がいるの。名前はそうじゃの……『緑鉱鎧〈地怪〉』って感じかの」


燐は低く唸り、悩み込む。

防御力か速度か。どちらも重要なため、簡単に選べない。


『アリス、どうする?』

『そう、ね。革鎧でも防御力は十分だと思うわ。重くてバトルスタイルが崩れる方が問題かも』


燐のバトルスタイルは、【敏捷】を活かした近距離短槍使い(魔法職)だ。

素の身体能力が低い以上、鎧に頼って攻撃を受ける戦い方は、燐には合わない。


「革鎧でお願いします」

「うむ。言っとくが、特殊なスキルは付けられんからの。後は採寸じゃな。出来上がりは2週間ぐらいかの」

「分かりました」


燐はその後採寸を終わらし、前金を支払ってから店を出た。

夕暮れに沈む太陽に照らされながら、2人は帰路に着く。


『よかったわね、偶然信頼できる鍛冶師に出会えて』

「偶然、っていうかあそこで見てたんじゃないか?俺みたいな駆け出しで店に困ってるやつを」


彼は言っていた。駆け出し相手の装備屋だと。

だが燐のような駆け出しほど、信頼できる店とそうでない店の見極めができず、高くても信頼できる大手に頼もうとする。

だから山野のような個人店は、先ほどのように大通りの店の側で客を探しているのだろう。


『なんか、複雑なのね』

「こんなもんだろ」


人間社会の仕組みに素直な感想を述べるアリスに、燐はあっさりと言った。


「冒険者として上に行けば行くほど、一度の取引で動く額は跳ね上がる。そうなったら信用問題とか質とか金額とか、もっといろいろ考える必要が出るんだろうな」

『ワタシたちも早く複雑な取引に悩めるようになりたいわね』

「そうだな。そのためにも探索を頑張ろう」


ひとまず、防具作りが上手くいったことに胸を撫で下ろし、2人は帰路に着いた。

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