潜在ステータス

燐は電車に乗って、『特区第一ダンジョン』の側まで来ていた。

この辺りは二月前の『大氾濫』により、大きな被害も出ていた場所だが、建築職の働きによってすでに再建築されており、災害の痕跡は見当たらない。


だが前と全く同じではない。人が死に、続けられなくなった企業は撤退し、家を失った者たちはこの地を去った。

僅かに変わった路地の形が、光を失った看板が確かな変化を訴えていた。


燐もまた、変わった街並みを見た。行きは冒険者になることを夢見ていた。

帰りは夢を失い、二度と通ることは無いと悲観していた場所だ。

今はあの時とはまるで違う思いを胸に抱いて、憧れた姿になって帰ってきた。


燐は冒険者資格を得た。だがすぐにダンジョンに潜れるわけではない。

まずは新入りへの装備配給と基礎的な説明、そしてステータスの詳細チェックをするのだ。

既にステータスの詳細は調べており、その結果を見て思うところがあるのか、燐は、隠し切れない険しさを表情に浮かべていた。


「じゃあ、説明していきますね」


小会議室に場所を移した燐へ、対面に座る女性は仄かな笑みを浮かべてそう言った。


「はい。お願いします」


仏頂面でそう言った可愛げのない燐へと、新人担当官、奈切マイアは苦笑する。

大人びているというよりは子どもっぽさが無い少年。それが燐への第一印象であった。

DMでは、新規に登録した冒険者へと、一定期間の間『新人担当官』が付けられる。

いわば、教育係のようなものだ。


マイアは今年入った新入職員ではあるが、学生時代からDMでバイトをしていたため、経験は十分。燐と年が近いということで、新人担当官になった。


「まずは一番気になる報酬に関することかな。冒険者の収入は基本的に二つ。ひとつは収集品の売却、二つ目はクエスト。

ダンジョンから手に入れたドロップアイテムや魔石は、所持するか売却するかは当人に委ねられてるの。DMに販売すれば、時価から手数料を引かれた金額で売れるよ。

もし、買取金額に不満があれば、個人で売買することも可能だけど、おすすめはしないかな。モノによっては危険物の違法取引に該当したり、ぼったくられる可能性があるからね。その際にDMは一切それに関与しません」


最後に付けくわえられた冗談めかした言葉に、燐は頷く。


『要するにDMで売れってことね?』


人間社会の構造に疎いアリスが燐に尋ねる。

燐も子どもであり、いまいち理解しきれなかったが、頭を働かせて思考する。


『まあ、そうだな。俺みたいなソロには伝手も無いし物を売る経験も無い。売る手間も考えたら、DMに売った方がいいと思う』


「クエストっていうのは冒険者に頼むお使いみたいなものかな。DMの掲示板でも受けられるし、個人的に頼まれることもあるよ。これもさっきと同じで、DMを通さないクエストに関しては、報酬が払われなかったり、トラブルになったりしても自己責任。ひとまずはこれぐらいかな」


本当はもっと話すべきことはあるのだろうが、いまいち理解しきれていない燐の表情を見て、彼女は言葉を切った。


「後は訓練だね。上階に訓練施設があるから使ってみて。実戦の方が大事っていう冒険者の人は多いけど、私は違うと思う。冒険者として長生きしたかったら、訓練は欠かさないこと」


今まで数多の冒険者を見て、見送ってきたマイアの言葉に、燐は神妙に頷く。

どうも子ども扱いをされているが、それは自分を慮ってくれているからだと分かっている燐は、素直に彼女の言葉を受け止めた。


「確か燐君は装備を頼んでたよね。受付に届いているから、確認してね。また分からないことがあったら聞いて。ダンジョンのことも少しは分かるから、探索の相談でも大丈夫だよ」


こんなものかな、と言い切って説明会は終わった。

燐は「ありがとうございました」と短く告げて、会議室を後にした。


その姿を、マイアは笑顔で見送った。

燐が部屋から出ると、ふぅ、と息を吐いた。


「変な子じゃなくてよかった」


マイアの経験上、新人担当官は面倒くさい。業務内容が面倒というわけでは無くて、冒険者と二人三脚なることがだ。

マイアは美人だ。その茶色いセミロングの髪は、絹のように滑らかで華やかな顔立ちと制服の上からでもわかる起伏に富んだ体つき、それに素直で真面目な性格が加われば、異性受けもいい。

そのため、冒険者に口説かれたり、付きまとわれることも一度や二度ではない。


年の近い異性ということもあり、マイアは少し警戒していたのだが、彼はそういう浮ついた気持ちとは無縁に見えた。


「ちょっと変わった子だけど、いい子そうだし、私もちゃんとサポートしないとね」


なぜ新人担当官が付けられるのか。それは、新人の死亡率が極めて高いためである。

マイアもそんな冒険者を何度も見てきた。

彼はそうならないようにしようと、気炎を吐いた。


□□□


燐はきれいな廊下を歩きながら、頭の中で受付の場所を思い出す。


『いよいよね!』

『ああ』


遂に今日、燐はダンジョンに潜る。本格的な探索ではなく、今の自分の実力を確認するためのものだ。


『元気ないわね?』

『あるわけないだろ。アリスもあの結果見ただろ』


燐がアリスに言ったのは、ステータスの詳細チェックの件だ。

ダンジョンで見つかるマジックアイテムの中には、対象のステータスを確認するものがある。『特区第一ダンジョン』の入り口に設置されている門も、そういったアイテムが元になったものだ。


その中には、より詳細にステータスを分析できるものがある。出土数は少なく、値段も相応に高価だが、DMはそれを所持しており、燐も先ほど見てきた。


『あー、潜在ステータス、ってやつ?』


詳細ステータスでは、レベルアップに伴うステータスの上昇のしやすさを見ることが出来た。その他にも、魔法適性など事細かに見れた。


燐の潜在ステータスは、生命力:B SP:B MP:D

力:C 敏捷:B 器用:A 耐久:C 精神:C 魔力:E 幸運:――

という結果だった。


Sが最高であり、Eが最低の評価だ。評価がいいほど、レベルアップ時のステータスの伸びが大きい。つまり、才能の評価と言える。

燐のステータスは、CとBが基本で、器用のみがA、魔法関係はDとEという結果だ。幸運は基本的にレベルアップによる変動がないため、評価は無い。

平均がCなので、燐の潜在ステータスは、それほど悪くはない。平均よりも上、といった程度ではあるが、燐の目標を考えると心もとない数字だ。


自分が才能に溢れる人間だと思っているわけでは無かったが、こうして数字に出されると燐としては落ち込むものもあった。


『魔法職は諦めないとねー』

『元から捨ててるからそれはいいが……耐久面がな』

魔法耐性系のスキルは、『魔力』や『精神』を参照するものが多い。

低層のモンスターで魔法を使うものはいないため、しばらくは考えなくてもいいが、いずれ燐のネックになると思われた。


燐は受付に辿り着き、名前と冒険者証を渡す。そして二つのケースを貰った。一つは普通のサイズのスーツケースであり、もう一つは細長いケースだった。

これが燐の装備だ。初心者用の装備をDMでは販売しており、燐はそれを購入した。回復薬込みで定価50万円。親の遺産しか貯金がない燐にとっては中々の出費だ。


燐はそれを持ってエレベーターに乗ろうとする。この下はダンジョンだ。

上階から下りてきたエレベーターが開き、中に乗っていた人が降りてくる。


その一人の少女を見た時、燐の時間は止まった。

普段はお目にかかれないような美少女だ。

背まで伸びた白銀の長髪は、新雪を溶かした編んだように美しい。湖面のような瞳には憂いの膜が張っていて光の加減で色を変えるように様々な表情を見せる。


『………すっごい美人ね』


アリスの感嘆の声が燐の脳裏に響く。燐は心中で肯定した。

年のころは、燐と同じぐらいだろうか。

顔立ちは異国風に整っており、楚々とした印象を受ける。抱き締めればすり抜けそうな澄んだ肌やしなやかな女性らしい起伏のある肢体が、アンバランスな魅力を醸し出している。

ダンジョン帰りだろうか。少女は、仲間らしき人を連れ、すぐ隣を通っていった。


燐はエレベーターに乗り込み、ダンジョンへと向かう。

僅かに揺れているのを感じながら、燐は口を開いた。


「さっきのやつ………」

『惚れた?』

「惚れてない。あの鎧のエンブレム、『スターレイン』のものだな」


燐は自身と欠片ほどのゆかりがあるギルドの名を出す。

それは、リオが所属するギルドだ。


『燐よりも少し歳上ぐらい?』

「だな。登録したてぐらいじゃないか?装備的にヒーラーだよな。珍しい」


燐はアリスと話をしながら、ダンジョンへと向かっていった。

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