第10話 慈悲の魔王

 俺達は、ダンジョンを攻略したのち、獣人が住む洞穴に帰還した。

 通常、ダンジョンが攻略されると、門に新しく扉が生み出される。

 それによって、魔物が外に出ることはなくなる。

 冒険者には、ダンジョン攻略組と、攻略済みのダンジョンを探索する者達に分かれるのだが、後者の方が圧倒的に多い。

 しかし、今回のダンジョンに関しては、ライカのブレスによって、跡形もなく消えてしまったので冒険者が寄り付くことはないだろう。

 

 獣人の洞穴に辿り着き、治療済みのイングルと、族長アングルにダンジョンについての報告をした。

 族長は、話の合間、合間で驚くものの、それよりも何か他の事が気になるのか、チラチラと俺の後ろに視線を合わせていた。


「とまぁ、そういう事なので、もうここに魔物が来ることはないですよ」

「おお、それはありがたいのですが……その、後ろにいるお嬢さんは?」


 族長が気になっているのは、俺の背中に隠れている女の子の事だろう。

 その見た目は、9歳程の背丈で、肩まで伸びた紅色の髪に、トパーズのように美しい瞳、人見知りなのか、俺から離れようとしない。


「ああ、こいつは新しい仲間で、ほら挨拶しな」


 俺が少女の背中を押すと、恥ずかしそうに挨拶をした。


「お父さんの娘の、ライカです……」


 少女の挨拶に、族長とイングルは一拍置いて驚いた。


「ええ!娘ですか!?人間の子に見えますが……」

「旦那マジかよ!?」

「本人が勝手にそう呼んでいるだけで!実際、血は繋がってないです!」


 誤解を解こうとしたが、族長とイングルにとって衝撃が強かったのかしばらく唖然としていた。

 全く、ややこしくしないでくれよ。


 このいたいけな少女は、ライカが人化スキルを使った際の姿になる。

 言葉が喋れるほどの、知力があるのはありがたいのだが、人化した時に、開口一番に俺の事を『お父さん』と呼ぶものだから驚いた。

 何度も訂正しているが、本人はお父さんと呼びたいらしい。

 ちなみに、フィーとヴァンは未だに距離を取られている。

 ヴァンに関しては、お姉さん姿じゃなかったことに、ショックを受けているかと思いきや、『これは将来、美人になりますぞ!』と言い喜んでいた。


「そうなのですね色々と事情があるようで……それにしてもダンジョンの方角から、物凄い光の線が天まで突き抜けていたので、心配していたのですよ」

「ハハハハ、それは申し訳ない、きっとダンジョンを突破したことにより、そのような現象を起こしたのでしょう、何が起きるかわからないのが、ダンジョンですから」


 すいません、それを起こしたのは、今、背中に隠れている人見知りお嬢さんです。

 流石に、目の前に、天災級のドラゴンがいるとは思わないよな。


 ヴァンが出した紅茶を啜ると、族長はちらりと後ろに仕えるイングルを見た。


「しかし、イングルはあまり役に立たなかったですかね?」


 そういえば、この群れで一番の戦闘力を持つイングルを推薦したのは族長だったな。

 あまり活躍が出来なかったのか、懸念しているのだろう。

 すると、俺より先に、フィーが大口を叩き話始める。


「本当よ、トカゲレベルの攻撃何かを避けられないんじゃ、足手まといもいいところよ!」

「フィーは黙ってろ」

「何でよ!?」


 通常のダンジョンであれば、イングルでも攻略することは可能だったが、今回に関しては、ダンジョンボスを合わせて地下41階層もあったんだ、中ボスエリアに来ただけでもすごい事だ。


「いえ、イングルは少なくとも役目は果たしていました」


 真剣な眼差しで族長を見つめると、その意図が伝わったのか、より、深く頭を下げた。

 その族長の背中を見ていたイングルはボソッと何かを呟いていた。


「……本当に旦那は優しいな」


 さて、後は、こいつらの生活面だな、魔物が襲ってくる脅威はなくなったと言え、この迷宮の大森林で食料になるものは、あまり多くない。

 濃い魔力が広がっているため、貴重な植物はあっても、食料に出来る者はほとんどないわけだ。

 そこでフィーの出番だ。


「ヴァン、例の種を」

「ここにございます」


 この種は、キャベルという野菜の種だ。

 キャベルは、季節関係なく育つことが可能で、その野菜には、様々な栄養分を摂取 できる。

 この種はどこの国に行っても手に入る代物だが、一つだけ普通の野菜とは違う部分がある。

 それは、大気中の魔力を吸収して育つという点なため、場所によっては味も色も変わってしまう。

 ちなみに、緑色に近ければ近いほど、美味しく、値段が高くなっている。


「あのそれは?」

「少し付いてきてもらえますか?」


 俺達は洞穴の外に移動し、早速、キャベルの種を地中に埋めた。

 後を付いてきた族長とイングルは顔を見合わせ、首を傾げていた。


「あ、あのアニス殿、何をされるのですか?」

「まぁ、そこで見といてください。フィーやってくれ」

「はーい」


 フィーが埋めた種に向かって、スキルを発動させる。

『生命譲渡』+『植物操作』で合成魔法ユニオンマジック『植物成長促進』

 このスキルは、名前の通り、植物の成長を促す物になり、種からすぐに、実らせることのできるスキルだ。

 合成魔法は、戦闘面以外でも、組み合わせ次第で様々なスキルになる。

 しかし、通常のスキルとは違い、魔力をごっそり持っていかれるのが欠点だ。

 前の大精霊の合成魔法ユニオンマジックと比べると少し地味なスキルだ。

 すると、地面から芽が出ると、にょきにょきと大きくなっていく。

 瞬く間に、育ち、俺の背丈ほどの巨大な葉になる。


「これはすごいですな、このようなスキルがあるとは、してこの植物は?」

「キャベルだ」

「キャベルですか?しかしこのような巨大な葉を付けたキャベルなど見た事ありませんぞ」

「まぁそうだろうな、何故ならこれは、緑色の高級キャベルだからな」


 そういい、葉の部分を引っこ抜くと、瑞々しい緑色の何枚もの葉を重ね重ね球体の形をした野菜が出てくる。


「ほう!緑色のキャベルですか!見るのが初めてですが、なんと新鮮な」

「ほんとだぜ、俺が最後に食べたキャベルなんて、茶色の一番まずい奴だぜ」


 族長とイングルは物珍しそうにキャベルを見ていた。

 やはり、この辺りは濃い魔力が漂っているので、予想通り、最高品質のキャベルが出来た。

 族長は顔が毛で覆われているので、いまいち表情が読みづらいが、目を大きく開けている事は分かった。


「して、何故これを?」


 族長は何故自分達にこれを見せたのかと疑問を持つ。


「族長殿これは提案だが、俺の傘下に入らないか?」

「傘下ですとな」

「ああ、もし入ってくれるなら、君たちには、これの栽培を頼みたい、もちろん、栽培した分の一部を渡してくれるのなら、好きなだけ食べてもらってもいいし、何か要望があれば、お肉とこれを交換してもいい」


 まぁ、最初から口で説明すれば良かったが、やはり、良い物を目の前に提示した方が交渉は上手くいくだろう。

 同意をすれば、目の前の高級食材に食いついて良いと、言えば選択肢せざるを得ないだろう。

 我ながら性格が悪い事だと分かっているが、こいつらのためでもある。

 悩む族長の後ろでイングルが声を掛ける。


「父上、いいんじゃないか?旦那は信用できる、俺なんかのことを褒めてくれたんだ」

「確かに、アニス殿は我らの恩人だが……」


 族長は俺のフードをチラッと見る。

 ああ、そういえば顔を見せていなかったな。これのせいで警戒していたのか?

 特にもう隠すことはないので、俺は、フードを取り4本角を露わにした。


「すまない、顔をずっと見せていなかったな」

「……え?」


 族長は俺の顔を見るや否や、唖然として固まっていた。

 そんなに驚くことか?

 すると、我に返った族長は、すぐに土下座をした。

 その姿に、息子のイングルは戸惑いを見せる。


「まさか、魔王様だったとは露知らず数々の無礼をお許しください!」

「え!?魔王!?」


 これは驚いた。顔を見ただけで魔王と分かるとは、しかし、この感じ怯えさせているのか?

 もしかして、魔王って、すべての種族にとって悪のような存在なのか?


「あなた達に危害を加えるつもりは一切ないですよ!」


 何か嫌な予感がしたので、すぐに弁明をすることにした。


「ええ、それはもちろんわかっております」


 族長を見ると、恐怖している感じはしなかった。どちらかというと、喜びの笑みを見せていたのだ。

 息子のイングルも続いて跪く。

 すると、洞穴に族長の驚いた声が届いたのか、次々と獣人達が出てくる。

 そいつらも、俺の素顔と、族長を見ると何かを悟ったのか、興奮気味にこちらに近づく。


「魔王様!」

「うそだろ!まさかさっきの人が!」

「おお……魔王様」

「新たな魔王が誕生していたのか!」

「我々にもようやく光が……」


 各々が一言喋ると、妖精のフィーを差し置いて、俺の前で跪いた。

 何だ?何が起きている。

 しかし、この光景に見覚えがある。それは、勇者時代の民衆を見ているようだった。

 俺の顔を見るや否や頭を下げたり、手を合わせて願いを扱いたり、時には、上から目線で助言をしてくるような奴もいた。

 俺は、目の前の状況が理解できず、すぐに族長の方に声を掛ける。


「これはどういう事ですか?」


 俺に信仰するように手を合わせている族長は、そのままの姿勢で説明してくれた。


「人類の英雄が勇者であれば、それ以外の種族の英雄は魔王様なのです」

「え?」


 そんな情報初めて聞いたぞ……。

 人類以外の種族って結構いると思うけど、それらの英雄となると、人類は敵に回してはいけない存在に喧嘩を売っていたのか。

 もしかして、国の重鎮共はそれを知っていたから、人類だけの世界を作り上げようと、他の種族を迫害し始めたのか?

 俺の中で憶測がどんどん飛び交うが、一つだけ言えることは、人類はなんて、浅はかなんだろうかという事。

女神が味方に付いているから、そのような傲慢さが身についてしまったのだろうな。

 そんな奴の下について、戦争をしていた自分にも恥ずかしさを覚える。

 族長の説明は、人類の常識を否定するものが多く、その都度、事実確認をしつつ、説明を聞いた。

 

「とりあえず、理解しました。それで何で俺が魔王と分かったのですか?」

「それは、色々と理由はありますが、一番はその4本角でございます」

「これか?」

「はい、魔王は代々、新しく誕生すると角の本数が増えるのです」


 衝撃的な事実で自分の角をつい触れてしまった。

そういえば、前の魔王は3本角だった気がする。

 族長の話が真実ならば、一つの仮定が導かれる、それは、新しく誕生すると、角の 本数が増えるという事は、俺で4代目魔王ということになるわけだ。


「そ、そうか……俺は新たなに生まれた魔王だ、今はある目的のため配下を集めている」


 とにかく、尊敬されているのはいい事だ、俺は魔王らしく振舞う事に決めた。


「それでどうだ?アウグル族長、俺が4代目魔王という事だが、お前は俺の下につくか?」


 いきなり、上から目線過ぎたかな?

 顔を窺っていると、族長は目を輝かせ涙を浮かべさせていた。


「魔王様の配下になるという事でしたら、願ってもないこと、どうぞ我ら一同よろしくお願いします」


 族長は深く頭を下げ、俺に忠誠を誓った。

 それに続き、後ろの獣人達も忠誠を誓う。


「「「「「「「よろしくお願いします」」」」」」」


 獣人一堂は腹から声を出しているのか、声圧を感じた。

とりあえず仲間をゲットした。

 獣人達には、キャベルを栽培してもらう、それは俺たちが食う他に、人間の国で販売するために使う。

 結局、食料に関しては、人間の国で買った方が割かし楽なのだ。

 そのための金銭に関しては、従来は素材マテリアルやアイテムを売ってきたが、それらは俺の生物創造のスキルで使うため手放すわけにはいかないので、このような案になった。


「あの、それで今あるそのキャベルはどうされますかな?」

「うん?」


 そういえば、説明のために成長させていたな。

 ダンジョン潜ってから半日程立っているから、皆、腹減ったよな。


「皆で食べようか」

「本当ですか!?おお、なんと、ありがたき幸せ」


 そんなに喜ばれるとこっちまで照れるな。

 すると、獣人達は歓喜を上げて、騒ぎだした。


「おお、なんて優しい魔王様何だ」

「……慈悲深いお方のようだな」

「それいいな!慈悲の魔王!」

「慈悲の魔王!」

「キャー、魔王様と目が合っちゃったわ!」

「ずるい!慈悲の魔王様こっち見て!」

「慈悲の魔王!慈悲の魔王!」


 獣人達はコールをし始めた。

 迷宮の大森林と言う、名だたる冒険者を殺め恐れられたこの森も、魔王(英雄)がいるだけで明るく賑やかになるのか。

 この魔王コールに、フィーは横で大爆笑しており、ヴァンの方は、堪えてはいるがほぼ笑っていた。


「お父さん、何で皆、嬉しそうにしているのー?」


 隣に寄ってきたライカは、俺の裾を引っ張り、この光景を不思議そうに見ていた。

 説明するのが少し恥ずかしいので、適当に誤魔化した。


「あー、今からご飯を食べるからだよ」

「そうなんだーライカもご飯食べたい」


 純粋無垢な性格のライカは、俺の言葉を鵜呑みにし、嬉しそうに俺の方を見る。

 ヴァンは、俺の誤魔化しを聞き、笑みを抑えるように肩を震わせていた。


「ヴァン!いつまでも笑ってないで早く支度しろ」

「フフ、承知致しました」


 全く、何が慈悲の魔王だよ。

 笑い疲れたのかフィーが仰向けにライカの頭上に乗り、俺の方をニヤリと口角を上げながら話しかけた。


「魔王様~、もっと喜べば~、慈悲の魔王だって、さ……、魔王なのに慈悲って……アッハッハッハー面白すぎでしょ~」

「全くお前は……」


 叱責してやろうと思ったが止めた。

 フィーに何かを注意しても、全く改善する気が本人にないので、もう怒るのを止める事にした。

 その代わりに、フィーの嫌いな食べ物をこっそり料理の中に入れてもらう用、ヴァンに頼んでおく事にした。

 慈悲の魔王か……普通に恥ずかしいな、せめてもっとかっこいい名称が良かった。

『慈悲の魔王』この時に呼ばれた名称がやがて、世界に轟くことになるなんて今の俺は夢にも思わなかった。

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