第30話 魔剣の勇者


「やぁ、みんなお待たせ!」


 アラシ達がギルドの奥から出てくると、クリスがカウンターの手前で待っていた。


「クリスの用が終わったなら早く帰ろう。

 この街は、長居する所じゃない」


「ちょっと待ってくれないか?」


 目の前には、サークレットを装着し蒼い全身鎧を着込んだ青年が立っていた。

 傍らには取り巻きのような女の子が二人。

 そして、三人を睨んでいるカズマ達が傍に立っていた。


「カズマ、こいつらは?」


「はじめまして、 僕は……」


「あぁ、お前には聞いてない。

 カズマが説明してくれ !

 見たところ、ずいぶん険悪なようだしな。

 ここにいる他の冒険者にも恨まれているようだし……」


 いつのまにか、傍らにゆんゆんも来ていた。

 仲間の少女たちの前に出て様子をうかがうアラシ。


「こいつは、ミツラギというんだ」


「いえカズマさん、カツラギさんですよ」


「失敬な、僕の名前はミツルギキョウヤだ !」


「だから、どうした。

 説明しないんなら俺達は帰るぞ !」


「いや待ってくれ、話すからよ」


 痺れを切らしてこの場を離れようとすると、 慌ててカズマが説明を始めた。

 それによると、アラシ達がギルドの奥に消えた後、このギルドに三人組の冒険者が現れた。

 そのうちの一人の青年の名がミツルギキョウヤ。

 世間で『魔剣の勇者』の二つ名で知られている高レベルのソードマスターで、一緒にいる二人の少女はフィオとクレメアと言うらしい。


 それがギルドの酒場でカズマ達と一緒にいたアクアを見つけ話しかけた。

 アクアが馬小屋で寝泊まりしていることを聞き、激昂、一緒にいた、ゆんゆん、ダクネスにも強引に勧誘の声をかけて大ひんしゅくをかった。


「ふう~ん、ゆんゆん達だけじゃなく、割りと見た目が良さそうな、私達も側に侍らせてハーレム気分でも味わいたかったのかな?」


「だとしたら、そちらにいる女の子二人は、どう感じるんだろう~ね。

 ずっと一緒にいて君を支えてきたはずなのにさ、ないがしろにされて面白くないんじゃないのかな~♪」


「そんなことはない!

 アクア様たちも君たちも立派な上級職だ !

 特に君たちはアークウィザードが三人にアサシンまでいる。

 レベル三十七のソードマスターの僕と一緒に来るべきだ !」


 ねりまきに指摘され、あるえに煽られて、ミツルギは必死にアクア達が上級職だから自分といた方がよいと弁解した。

 しかし、話を聞いていた、めぐみんは容赦しなかった。


「アクア達は、あなたに追いて行くと自分から言ったのですか?

 言ったなら、もめてる訳がないですね。

 私たちもお断りです !

 上級職云々も、あなたのこじつけでしょう。

 あなたの側にいる二人も上級職ではないのでしょう ?」


「つまり、こじらせた自称勇者が回りに迷惑かけてるだけか?」


 カズマの放った一言に周囲からは失笑と嘲笑が浴びせられた。

 喧騒を余所にクリスがアラシに耳打ちした。


「アラシ、あれは本物の『魔剣グラム』だよ。

 私、お願いがあるんだけどな~」


 悪戯っぽい笑みを浮かべたクリスの頬をなでていると、我慢の限界に達したミツルギが叫んだ。


「決闘だ !

 サトウカズマ、君が勝ったら何でも一つ望みを叶えようじゃないか、勝負しろ!」


 その瞬間、カズマは思いきり悪どい顔をして答えた。


「声を掛けた当人に断られたら、腕ずくで連れ去ろうとするわけか~

 ギルドは、こう言うことを見逃す訳なのかな~ ♪

 低辺職の冒険者に高レベルソードマスターが、ごり押ししてるんですけど?」


 酒場内はますます剣呑な雰囲気になった。

 居合わせた女性冒険者は、ミツルギを女の敵と言う目で見ている。

 ミツルギも、今さら引っ込みがつかない状態だ。


「まぁ、待ちたまえ。

 不公平だと言うなら、上級職同士で闘うならどうだね?

 幸い、そこにいるアラシ君も上級職だしね !」


 奥から現れた痩身の男性に一同が注目する。

 あちこちから、『ギルマスだよな』と声がする。


「つまりは、あれか?

 ギルドの体面を取り繕ってるわけか?」


「この場はこうする他ないだろう」


「王都で話題になってる『魔剣の勇者様』をないがしろに出来ないから理不尽も、まかり通ると言う訳だな?

 良いだろう……が、後で苦情が出ないように条件を書面で残すことだな。

 ただし、俺が闘うんだ。

 試合なんかのつもりでいないことだ !」


 ◇◇◇

 

 ギルドの裏手、芝生が生えた広場にやって来た。

 ギルド責任者のギルドマスターの他に記録係として指名された職員が一名。


 そして、当事者としてカズマのパーティーとアラシのパーティー。

 加えて、ギルド内にいたほとんどの冒険者が見物している。


 アラシはクリスと内緒話をしていた。

 クリスが含み笑いをしながら、空を指差している。


「僕の条件は先の通りだ !

 アラシと言ったね。

 勝ったら、君の言うことを何でも一つ聞こうじゃないか!」


 


「……出来もしないことをよくもまあ~

 おい、今のをちゃんと記録したか?

 ちゃんと細かい取り決めをしなくていいのか?

 俺が勝ったら、をもらうぞ。

 そこにいる二人も、こいつに加勢しなくていいのか?

後で卑怯だなんて言うなよ !

 ミツルギ……一番大事なものと言われて、どうして剣を見てるんだ?

 何故、お前を支えてくれる彼女達の心配をしないんだ、最低なやつだな?」


 加勢しなくていいのか?

 アラシの発言に動揺したフィオとクレメアだったが、一番大事なものを奪うの言葉にミツルギが彼の魔剣グラムを気にしているのを見て失望した様子だった。

 同様に、これには他の冒険者、とりわけ女性達はゴミを見る視線を向けていた。


「うるさい、勝負をさっさと始めろ!」


 完全に頭に血が上ったミツルギを尻目に、なんとアラシは、その防具の胴体部分と盾をはずしてしまい、直剣だけを携えてかまえた。


「いいぞ、合図をしてくれ !」


「それでは、相手の戦闘不能か降参にて決着とします……始め!」


 合図と共に、猛然とミツルギが走り込んできた。

 わざと離れた位置で戦闘の合図を受けたアラシが指輪をはめた左手を掲げる。


「えーてーフィールド !」


 瞬間、ミツルギとアラシが対峙している空間を白銀の障壁が覆った。


「小細工をするな、ルーンオブセイバー!」


「ナンクルナイサー !」


 激昂したミツルギが魔剣から衝撃波を放つとアラシが、スキルで返す。

 正面からぶつかり合ったエネルギーはミツルギに向かい、魔剣の勇者は猛烈な勢いで吹き飛ばされた。


 爆風に向かって疾走するアラシを見て、めぐみんが、ポツリと洩らした。


「一気に決める気ですね。

 私達を賭けの対象にしたことで、ギルドマスターもかなり怒っているようですしね」


「でも、あの魔剣グラムには普通の剣には太刀打ち出来ないよ?

 何しろ神器だし」


「律儀に刃と刃を会わせる必要はないのですよ、見てください!」


 めぐみんが指差す方を周囲も見つめる。


 吹き飛ばされたミツルギだが、アラシが迫ってくるのに気がつくと、なんとか体制を立て直して迎撃の体制を取った。

 いち早く魔剣を振り下ろすが、アラシは魔剣の真横、ミネの部分に向かって斜めに自らの直剣を振りきる。

 白銀の閃光が走り、『魔剣グラム』は半ばから真っ二つに折れてしまった。


「勝負あったかな?」


「やさしいね、アラシ」


 呆然としているミツルギの両腕を切断し、返す刀で踏みしめていた両足も切り離していた。

 絶叫を上げるミツルギを見て続行不可能と見たギルドマスターが決闘の終了を告げた。


「あれで、優しいの?

 カツラギ君は、イモムシになっちゃったけど?」


「だってあれだけ綺麗に切断したら、アクアさんなら簡単に直せるでしょう。

 私なら頼まれたって嫌だけどね 」


 クリスの疑問に、ねりまきが何でもない顔で答えた。


 決着がついたので、障壁は解除されている。

 アクアが側に寄ってきて、回復魔法を使用するのを手で制し、アラシが聞き慣れない魔法の名を口した、「オールリセット」と。


「アラシ君、今の魔法は何かね?」


「こいつが冒険者登録をする前の段階、初期値まで戻した。

 魔剣の修正値も入ってないから、同レベルの冒険者より弱いだろうな」


 朦朧もうろうとしているミツルギから冒険者カードを取り上げたギルドマスターがそれを見つめる。

 一緒にカズマたちも覗いてみると、レベルは一に戻っており、そのステータスは、カズマが登録したときの初期ステータスと同等だった。


 むしろ、運と知力の面ではカズマが勝っている。


「結局、魔剣がなけりゃ、こんなもんか !

 バカにしてた俺以下のステータスじゃねえか」


 呆れたといったカズマを横目にアラシが発言した。


「ギルドマスターが、態々わざわざ 指名して俺を戦わせたんだ。

 負けたら、俺の嫁と大事な女達を奪われるところだったんだから、当然要求は通してもらうぞ !」


 周囲の冒険者も沈黙している。

 フィオとクレメアも庇う気はないようだった。

 両手両足をアクアの魔法によって繋いでもらったミツルギは脂汗をかきながら、観念の表情を向けた。


「君の要求は何だい?」


「あぁ、負けてから、とぼけられ無いように もう実行している。

 魔剣グラムは、へし折った。

 お前は女神アクアの期待に答えられなかったんだから、天上に返す !」


 アラシが折れた魔剣を頭上に掲げると、上空から白銀の光が降り注ぎ、やがて天空に消えた。


「冒険者を続けたければ、そうすればいい。

 ただし、魔剣グラムの加護は無しだ !

 そして自分勝手に各地で迷惑をかけた謝罪をできるならの話だけどな !」


 話し終わると立ち上がり、アラシは仲間に預けていた鎧を着込んだ。

 全身鎧プレートメイルにも方形の盾ヒーターシールドにも、くっきりと女神エリスの紋章が刻まれていた。


 パーティーメンバーの少女達と一塊となって、アラシはテレポートで姿を消した。


「エリス、あれは、女神エリスの紋章だ !」


 残された冒険者の一人が呟いた。

 それを皮切りに口々に女神エリスの名を唱える声がする。


「女神エリスが遣わした白銀の使徒……か」


 ギルドマスターの呻くような一言に、その場に居たアクアが反発した。


「なによ !

 アイツには、しっかりこのアクア様の加護も与えてる、はずなんですけど!

 エリスが白銀の使徒なら、『女神アクアの蒼き翼』はどうかしら?」


「寝言は寝てから言え、この駄女神が!」


 その後、アクアがカズマと口論になり、毎度のように泣かされたのだった。


 




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