集団戦の果てに

 >サンドラ視点


「くそっ!!速っ!!!」

 メリナのスピードは段違いで、糸の上をすたたっと走ったかと思うと、突然びゅんと跳んで一気に間合いを詰めてきた。

「ぐうっ!!!」

「..............」

 体を削られながらも、なんとか相手を薙ぎ払って、振り落とされないように戦う。

「ダーティフレア!!」

 こっちも脅威を与えておかないと、相手に好きに動かれる。そう思っての炎の一撃だったが、その攻撃は針を焼き曲げて、メリナさんの移動先を変えた。

(針への攻撃は有効か......もしかすると、針を破壊していけば攻撃できる間合いに誘導できるかも)

 メリナさんは地面に針を刺して糸を引き、戦場に図形を作って、図形の移動に合わせて体を動かしているのだ。


 だとすれば取るべき行動は一つ。

「う゛う゛う゛る゛ッッ!!!!」

 炎を乱打して相手の移動を制限する。回避行動を取られながら、彼女と高速ですれ違い、その度に私の体に傷がついた。キリキリと全身が痛む。肉体で術壁を守っているけど、術壁の役割からすればそれは本末転倒だし、普通に身体にとって不都合だ。だが、四の五の行ってる場合じゃない。


 本当に危機的な魔術は術壁で守るようになってるけど、彼女の手札には、アガサさんやクロエさんみたいな大火力の魔術がなかった。そのことが、二人共鎧を持つこっちに有利に働いている。

「う゛う゛う゛ッ!! ぐるる゛る゛ッッ!!!」

 爪で炎を放って、糸を切断していく。 私の声も、身体強化を重ねがけしたせいで、獣の唸り声へと近づいていった。

 もっと、もっと速く。メリナさんのスピードに追いつけるように。捨て身の速攻を繰り返していると、相手の動きがよろよろと遅くなって、不意に止まった。


「う゛ぅぅ゛ぅ……!」

(止まった、どうして?)

 追撃をしようとするが、こっちも姿勢を崩して、体勢を整える時間を必要としてチャンスを逃す。


 スピードが落ちたメリナさんを見ると、肩で息をして苦しそうな顔をしている。

 息切れ? でも考えてみれば当然のことだ。糸を繰って高速移動を繰り返すなんて芸当、魔術で補強していてもガンガン体力を消耗するに決まっている。


 勝てる、このままいけば勝てる。1−E、最強格の魔術師に、私でも。傷ついた体を無理やり動かして戦う。

 どっちの体力が先に尽くのか、勝負だ。血を吐いて進むマラソンに、私は勝つッ!!!!!

 牙を剥き、戦いに備える。だがその瞬間、後方で爆発音がした。嵐の中で、アガサさんがその場でドサッと倒れているのを、

「アガサさん!!」

 負けた? アガサさんが? そんな、なんで。アガサさんの鎧は、正面から当たり合えばあの二人には突破できないはずだったのに。

 そう思った瞬間、耳の奥でぱちんと音がした。

「鋏!?」

「もう遅い!!」

 目を離したのはほんの一瞬だったのに!! 高速で上空に飛ぶメリナさんの動きを捉えられず、糸が私を絡めとった。

 ぎいいいいいっっと糸が限界まで引かれる音がして、自分の足が宙を浮く。足で浮けば、地面を蹴って移動する以上、こっちのスピードはゼロだ。

(もう不可避か......)

 自分の死を悟って、アガサさんの方を心配して見る。ルナさんと抱き合うコゼットさんが弓を構えて、下ろしていた。

 なるほどコゼットさんなんだ。

 コゼットさんが、何もかも........

白絹の断頭台ラ・ソーア・ギロチン

 スゴイ名前の魔術だが、それにふさわしい景色だった。一気に二本の交差する糸が首を刎ねようと迫ってくる。その糸は強制的に術壁を叩き割って、腰のブザーが鳴った。




 >コゼット視点



 戦線から離脱した私達は、遠くでメリナが戦闘してるのを見た。

 アガサちゃんの風から脱出した私達は、戦略を練っていく。ルナちゃんが人形を沢山取り出す。

「とにかく兵隊を出して、軍隊にしておこう。使える人形を全部膨らましておくね」

「用意してる間、ぬいぐるみに足踏みさせて」

「なんで!?」

「注意を引いておきたい」

 虚仮威しだが、とにかく脅威を突きつけて、敵をメリナに集中させない、焦らせるを目的に、徹底して足踏みさせる。

 ぬいぐるみは、ぬいぐるみなので足音がとにかく軽いが、重なるとそれなりの音が響いた。


 メリナの方を見ると、メリナもアガサちゃんに苦戦していた。糸を使っている以上は、風で糸を切られるのは単純に脅威。高速移動で宙を舞って、サンドラちゃんとアガサちゃんの猛攻を避けている。今のところは捌き切れてるけど、アガサちゃんとサンドラちゃんのチームアップは隙がなく、これ以上は捌き切れないかもしれない。


 ここから攻め入るにはプランが必要だ。風の鎧を突破するにはどうすればいい?単純に攻撃が通用しないし、風を叩きつけられると、こっちの損失だし.....

「ねえ、コゼットちゃん」

「うん」

「風の魔術は普通の風とは違うよ。魔力体を叩きつけて、無理やり流れを作ってるだけだから」

「......うん」

 ヒントを貰って、確かにそうだ、と頷く。なんか黒い風を編みこんで巨大な縄みたいにしていた。荒い縄みたいに見えてるってことは、魔力の流れとそうじゃない部分があるということ。隙間を作って、風を糾わなくてはならない事情や技術的制限があるのだろう。


「だとしたら、隙間がある。矢を限界まで引けば、多分鎧の隙間を縫うように射撃出来る」

「隙間を縫ってどうするの?」

「なにか、爆弾みたいなものを放り込めれば、チャンスがあるかも」

 そう言って手元を見るが、今あるのはジンジャーちゃんから預かった複数個の煙幕弾だけだ。これじゃあ煙たいだけ......もっと決定打になるようなものが欲しい。


「ねえ、コゼットちゃん」

「どうしたの」

 ルナちゃんは意を決してぽつりと呟く。


「モノケロスを嵐の中に放り込んで」


「モノケロスを!?」

 彼女が鞄から、一際大きな一角獣のぬいぐるみを取り出した。

 モノケロスは彼女が丹精込めて洗ってたあの特別なぬいぐるみ。そんなものを放ったら、傷ついてもう戻らなくなる。そんなのダメだ。

「ダメだよ、ルナちゃん。そんなこと」

 彼女を慌ててなだめた。戦闘中ルナちゃんは、ぬいぐるみが傷つくたびに自分も傷ついた顔をしていた。

 私もルナちゃんに傷ついてほしくない。大切な友達だから。


 でも脳裏では、モノケロスが選択肢に入った瞬間、残酷なまでに、これしかないと思っている。私達が勝つには、このモノケロスを嵐の中に差し込む以外にないんだと。

「あのね、さっきも言った通り、ルナのぬいぐるみは全部それぞれが魔術師なの。だから、みんな戦うためにここにいる。だから、コゼットちゃんがぬいぐるみの怪我を気にする必要はないよ。みんなその覚悟だから」

 勝つためには仕方ない。

 そう割り切れるほど、私は大人じゃない。

 さっきの、引き裂かれたぬいぐるみを見るルナちゃんの目は、たしかに悲痛さを帯びていて、そのことが私の後ろ髪をひいた。

 勝たなきゃいけない。でもルナちゃんにあんな顔させたくなくて、どうにか他の方法がないか探してしまう。

 でも、私......バカだから、何も思いつかなくて。


「でも!!」

「大丈夫。ぬいぐるみは、縫い直せば、ちゃんと直るから」

 彼女は目を伏せて言った。

 直るって言ったって、世の中に元に戻るものなんか何もない。きっと、ぬいぐるみもそうなんだ。縫って直しても、本当の意味では元に戻らないんだと思う。

 彼女の震える脚に、私は上手く向き合えない。無理して言ってることが、否が応にも分かってしまった。それでも、勝ちたい。私はここで負けるわけにはいかない。

「私ね、ルナちゃん。私じゃあなんにも出来ないけど、それでもモノケロスを使いたい」

ルナちゃんの目を見てお願いする。彼女の鮮やかな瞳が揺れた。

「お願い。私にモノケロスを使わせて、ルナちゃん」

「うん!!」

 私達は互いに手を取り合って、立ち上がった。嵐の主に、打ち勝つんだ。

 私は、モノケロスを落手して、ぐいっと顔を上げた。


 風の隙間からモノケロスを叩き込むことに決めた私達は、その前に解決しないといけない課題を整理する。

 モノケロスを小さくして、矢に括りつけながら話した。

「矢をひいて狙う時間が欲しいんだけど、風で吹き飛ばされたら狙えない」

「どうしたらいいの?」

「隊列を組んで進駐させて、適正な距離で真正面から向き合いたい。」

「うん」

「人形とルナちゃんの魔術で壁になって風の刃を防いでほしいんだ。風の影響は、人形とルナちゃんでなるべく消して、射撃の姿勢を維持したい。戦いにくいだろうけど、お願い」

「うん」

 肉の盾で前進して、嵐の前に立ち、風の鎧の隙間からモノケロスを差し込むという、作戦とも呼べないくらい、雑で質樸な作戦になった。それでも勝ちの目はある。少なくとも絶望的な局面じゃないはずだ

 私達は手を繋いで、立ち上がった。

「オマエタチ、前進!!!!」

 どっどっどっと軍隊が進む。ただの肉の壁としての運用。私達に有利に立ち回れるアガサちゃんが、メリナとの対決の途中、異変に気づいて離脱して、こっちに向かってくる。

 私達は最前線に近づく中、一言二言言葉を交わす。

 私達は手を繋いで、嵐に向かって走った。

「行こう!!」

 私達は、嵐の前に立つ。アガサちゃんの壁のような巨大な魔術に。

 嵐の中に狙いを定めて、弓を構える。肩の力を抜いて、重心を下に下に押し込んでいく。

 足を止めて、息を吐き続ける。

「ストームルーラー!!!!」

「交戦しろ、オマエタチ!!!」

 るなちゃんの細い声が、全軍に響き渡る。風の中、必死にみんな抗っている。アガサちゃんもただ立っているわけじゃない。うねるような風で人形の兵士を、切り裂いて、ガンガン吹き飛ばしていく。

 暴風のなかで、ルナちゃんと人形は私に抱きついて、防御幕を展開して私の姿勢を保ってくれた。突き出した私の腕の下で、人形と一緒に呼吸している。だんだんと人形が剥がされていく。

 周りを見る余裕なんかなくて、私達は世界でたった二人だけ。

 この一撃に、全てをかける。



「そこだああああああああっ!!!!!」


 叫んで矢を放った。

 放つ瞬間、時間が止まったように思った。停止した世界の中で、矢だけがまっすぐ飛んでいく。閉じようとする風の隙間に、矢がするりと抜けて......モノケロスを叩き込んだ。

 あとはモノケロスが暴れるのを待つだけ。


「そいつをえー!! モノケロスっ!!!」

 ルナちゃんが、思いっきり叫ぶ。叫ぶと同時に、腕の裾をばっと引き上げて、その細い腕に描かれる魔術の紋章が露わになった。


 黒い紋章が、うねるように鈍く、青く光って、ぬいぐるみの魔術が起動する。風の中の、すさまじい光の中で、一角獣の巨大な影が横切った。激しい音、地鳴りのような強い衝撃。そして風を撒き散らして、光が拡散した。爆音と共に魔力の嵐が解除される。

「あっ、アガサちゃん」

「..........」

 嵐の主であるアガサちゃんが、爆心地のその中心で、ぼろぼろになって倒れていた。髪も乱れて、服も千切れている。モノケロスの魔力は膨大で、術壁も一撃で破れていた。彼女の術壁感知機は、けたたましくその警報音を鳴らしていた。


 ぼろぼろで、綿の飛び出たモノケロスがそこには転がっていた。

「勝った......」

「......コゼットちゃん」

 私を支えて、守ってくれたルナちゃんは、ずるずるとその場に倒れこむ。彼女は糸が切れたみたいに、ぱたんと地面に落ちた。

 戦局的には一刻も早く、メリナの元へと駆け寄るべきだ。だけど、だけど......

「......ルナちゃん............!!」

 私は、彼女の肩を、深く深く抱いた。私の腕の中で、彼女の細い体がぐったりして、ふうふうと小さく息をしている。

 すごく、苦しそうだ。彼女の付けている術壁の検査機がびーびー鳴って、ランプが赤く点滅している。


 ルナちゃんの傍から離れられない。今の彼女を見ると、心が苦しくて、もうどうしようもなく動けなくなってしまう。モノケロスは、使う人間にも負担がある魔術だったんだ......どうして、言ってくれなかったの。そしたら、私は......

「ルナちゃん、お願い返事して」

 どうしよう、動かない。全然返事がなくて、私の中で焦りが膨らんでいく。

「コゼット!!」

「メリナ!! どうしよう、ルナちゃんが」

 サンドラちゃんを倒したメリナがこっちに駆け寄ってくる。ルナちゃんを一瞥してメリナは言った。

「魔力切れだね」

「それってどうなの?」

「普通は大丈夫。危ないからサイトの外に連れて行って。これからクロエと戦闘になるから」

 それって、ジンジャーちゃんが負けたってこと? いつの間に......

「分かった」

「私は、針で戦場を整えるから、すぐ加勢してね」

「うん」

 とりあえず、大事はないみたいでよかった。テンションが切れると、はあ、っと息が漏れる。自分でも、想像以上に緊張していたみたい。

 私はルナちゃんを抱きかかえて移動させて、迎撃のためにメリナと合流しようとした時、不意に嫌な感じがした。背後で空気が一変するような。気温が一気に下がるみたいな、そんな感じ。


『神の山の頂きは、神の座す氷の宮殿なりて、

 永遠の氷の中で、孤独に、ただ崇高にあることを、はるか高くに望み請う。

  我は怒れる大地の守護者。我は光の血を受け継ぐもの。

   神の麓で、君を想う。

    ……汝の上に土が軽からんことを』



「コゼット!!」

「メリナっ!!!!」

 不味い、そう思った刹那、私の体が糸でぐいっと引っ張られて、カチンと鋏が切れる音が聞こえたかと思うと、私は瞬時に後方へ吹き飛ばされた。糸で投げ飛ばされて、本当に一瞬で元の位置からかなり遠ざかって、転がった。思わず弓矢を手放して、今はもうどこにあるか分からない。


 メリナのいた場所でガーンと轟音がする。耳が割れるほどすさまじい音だった。


「メリナ!!!」

 振り返ると、そこには信じられないほどの巨大な氷山が天高くA拠点を貫いていた。青く、遥かに仰ぎ見るほどの、巨大な絶壁。

 神の麓へと届くような、巨大な城のように、それは堂々と聳え立っていて......

 瞬間、私とメリナを繋ぐ糸が、ぶつりと切れる。悪寒が私の体を震わせた。

「......メリナが、負けた?」

 氷山の麓は白い冷気の煙が立っていて見えない。けれどもそれを打ち破るように、細い一本の腕が煙を払った。

 黒い髪。青く光るメッシュ。その印象的な立ち姿。

 それは間違いなく、クロエちゃんだった。

「メリナ!!!」

 メリナが気を失って、クロエちゃんに引きずられている。彼女は、メリナの首元を握って、そのまま遠くへ投げ飛ばした。投げ出されたメリナは糸が切れた人形のように、四肢の操作を放棄して、ベチャッと地面に転がった。


「これで、一対一だね。コゼット」

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