第4話

 一夜明けて、任務当日。

 大抵の場合、死越者の任務は深夜帯に行われる。

 理由はその時間が一番都合がいいから。


 死越者の存在は一般には公表されておらず、暗月の僕は青い月を認識できる存在、つまるところ死越者にしか視認できない。

 当たり前のように、死越者の方は一般人も視認できてしまうし、奴らも日中の活動は活発じゃない。そのため俺たちはその存在を隠すために、人の活動が少なくなる深夜帯に行動する必要がある。

 もっとも現代では、夜更けまで起きている者などいくらでもいるため、それらを誤魔化すために奴らの死骸から作った人除けの道具を使っているのだが……

 ともかく、そうして隠しに隠したうえで人々を守るために戦っているのだ。

 しかしながら……


「ねっむ……」


 眠い。

 訓練場の一件の後、一睡も出来なかったというわけではないが、眠い。

 体の調子はむしろいいぐらいなのに、眠いのだから別に睡眠時間の問題ではないのだろう。

 任務が面倒くさいのである。


 対象の潜伏先であるとされるショッピングモールから、少し離れた場所にある路地で大きな欠伸を一つ。

 都市部の中心近くにあるこの建物は、休日だと人で賑わっているのだと、燈子から聞いたことがあった。アイツ、年に三度ある外出許可の時期には絶対に実家に帰ってるから、外の情報よく知ってるんだよな。

 しかしながら、そんなここも、この三か月で設備の不調や原因不明の発火、階段から足を滑らせる程度ではあるが人が怪我をするような事故が増え始め、つい先週、一階の一部が崩れ、それから建物の破損が続き、営業停止状態になっている。


「にしても、デカい建物だよなあ」


 敷地だけで言うなら学園よりも少し小さいぐらいか?

 こんな広い場所に潜伏してる奴らを掃討するとか、何時間かかるんだよ……


「君、少しはそのやる気のなさを隠したまえよ」


 不満たらたら、面倒くささマシマシでビルの影から建物を睨みつけていると、聞き慣れた男にしては少し高い声に注意される。

 じろりと声の方へと視線を向けると、銀髪で中世的な顔をしたザ・イケメンが、呆れた顔でこちらを見ていた。


「うっせ……それより、偵察はいいのか優雅」

「君に言われるまでもないさ」


 そう言うと彼はふんっと鼻を鳴らした。

 東優雅。第伍位階の秀才で、誰にでも厳しく偉ぶった嫌味な口調で話す、いけすかんやつ……というのは周囲の評価であり、その実、幽鬼の俺にも他と変わらない態度で話しかけてくれるいい奴だ。

 忖度しないその性格故に誤解されることが多いが、こちらが任務で怪我をすると一々声をかけてくれる心根の優しい奴だ。

 あんだけ広い建物の中をもう荒い終わっている辺り、相も変わらず仕事が早い奴だなーと思いながら、そ他の二人との合流のために準備をしていると、少し不安そうな顔で優雅は言う。


「君に言われるまでもない、のだが、少し意見を聞いてもいいだろうか」

「お前がそう言うってことは、何かあったんだな」


 彼はそれに頷いて、それから事と次第を話し始めた。


「私が任された建物周囲の偵察で分かったことが一つあるのだが、どうにもこの辺りに怪異種下位の死体が多くてね」


 怪異種下位。いくつかある暗月の僕の分類の一つ。

 その分類通り、古くは妖怪と呼ばれたものたちが主に怪異種その中でも力の弱い存在が下位へと分類される。

 他には堕ちた精霊たちのことを精霊種、海外の神話や伝承で語られるものたちを魔獣種というように分類している。もっとも、それで全てというわけでもないが、今はどうでもいい話か。


「……死体が多かったか。生きている奴らは?」

「『異能』を使って、調べはしたが感知できなかったよ」

「ああ『植豊』使ったのか」


 言われて、優雅の異能について振り返る。

 優雅の異能『植豊』は植物に干渉する異能で、種子さえあればコンクリートに植物を根付かせることすら出来る。

 周辺には人工的に植えられた木や花も多いし、その根を広げて気配を探った、というところか。

 植物に限らず、生き物の気配に敏感な優雅の感知を外れるような下位がいるとも思えないし、建物周辺に生存している暗月の僕はいないと考えても良さそうだ。


「得物が何かはわかるか? それと、死体の詳細は」

「少なくとも剣や槍ではなかった。死体は何かにたたきつけられみたいに酷い有様だったが、大きさから見て餓鬼のものだったね」


 うへぇ……偵察任せてよかった。

 グロいの苦手なんだよな、俺。


「そういうわけだから、私としては、縄張り争いの線を押したいのだけど、食い荒らされた痕跡もなくってね」

「は? それはマジの話か?」

「マジの話だよ。何度も確かめたけれど、どの死体にも食痕はなかった。だから、君に意見を求めているのさ」


 って、言われてもなあ。

 暗月の僕は、例え同族だろうが群れが違えば殺し食らう。奴らにとっては、食らうことが自身の成長に直結するからだ。

 長く生き、食らえば食らうほどに力をつけることが、奴らの本能であり目的。だというのに、食われた痕跡がないというのは……


「下位程度じゃ力の足しにもならない相手……中位の集団か、あるいは強力な個がいたか」


 俺がそう言えば、凡そ俺と同じ考えだっただろう優雅は、ため息を吐いた。


「……やっぱりそうなるか。個人的には、前者であることを祈りたいところだよ」

「まったくだ」


 一先ず学園に報告は送るが、こういった場合、任務を放棄し帰還することは許されず、俺たちは「調査」に出なければならない。

 この際、必ずしも暗月の僕と戦う必要はなく、ある程度脅威度がわかるか何もなければすぐに帰ることが出来る。

 学園を卒業した死越者という線は捨ててもいいだろう。もしそうなら、奴らの糧にならないよう死体は燃やすか、道具を作るために回収するかしているはずだしな。


「なんにせよ、燈子とクロスフォードに連絡だ。結界装置を配置したら、突入前に合流するぞってな。細かいことは燈子の『灯』で判断するぞ」


 そう口にしながら、俺はショッピングモールへと視線を向ける。

 

 どうか、何も起こらず終わりますように。 


 そんなことを思いつつ、どうしてか今回の任務がただ事では済まないような、そんな予感がした。


 *


 一先ず二人と合流を果たした俺と優雅は、偵察で得た情報の共有を行った。

 人を遠ざけるための結界装置は問題なく設置できたらしいので、間違ってもこの辺りに人が近寄ることはないだろう。

 

「結界装置の作動時間は翌朝まで、というところかしら。調査の結果がどうなるにしても、日が昇るまでには済まさないといけないわね」

「四人で分担しようにも、幽がいるし……」


 うーんと考え込む女子二人を見て、俺は優雅の方を見る。


「なあ、これ俺のせいで時間かかってる感じ?」

「君のせい、というよりはそこの過保護二人のせいだろうね」

「だよな。流石に調査なら、無理に戦う必要もないし……」

「ああ、こと隠密と逃げの判断は、君が一番だというのにね」


 放たれた言葉に、眉をひそめる。

 本人としては褒めているつもりなのだろうが、全く浮ついた気持ちになれない。

 もやっとした気持ちのまま、会話を続ける気にもならず、二人が結論を出すのを待った。


「もし分担するならトウコとアズマ、わたくしとユウナギという編成で行けば安全かしら?」

「あ、アタシなら、幽と一緒でもいいよ? 慣れてるし」

「そう? けれど、戦力差を鑑みればこの分け方が最適だと思うのだけれど……」


 出来ることなら、俺もクロスフォードか優雅と一緒の方がいいなあ。

 だって、燈子の異能って戦闘向きじゃないし。

 などと考えていると、話し合いが終わったのか二人が俺たちの方へと向き直った。


「一先ず、四人で固まって動きましょう。安全第一よ」

「あ、結局そうなるんだね」

「ぶはッ」


 あっけらかんと方針を決めて見せたクロフォードに、優雅が惚けたようにそう言ったので、思わず笑うとジロリと燈子に睨まれる。

 やっべ、と思うも時すでに遅く、接近していた燈子に頬を引っ張られる。


「この! アンタのことで、話し込んでたのわかってんのかしら!」

「痛い痛い、頬を引っ張るな!」


 どうにか抵抗を試みるも、異能が戦闘向きじゃないとはいえ、第参位階である彼女に力で勝てるわけもなくされるがままにされていると、二人分の笑い声が聞こえた。

 クロスフォードさんに優雅くん、笑ってないで助けてくれない?


「悪かったよ! もう笑わねえから許してくれ!」


 自分の非を認めて、俺がそう言うと燈子は「ったく!」と言いつつも、頬を放す。

 その様子がおかしかったのか、クロスフォードがまたクスクスと笑っていたので、燈子は恥ずかしそうに顔を背けていた。

 頬をさすりながら、今度は俺がクロスフォードを睨むが、彼女はそれを気にした様子も見せずに告げる。


「さ、緊張も解れたところだし、行きましょうか」



 




 

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