第2話

『この世界は子供がよく死ぬ世界です』


 俺が通う『国立狭魔守学園』に入学した児童が、一番最初に聞かされる言葉がそれだ。 

 実際、火事、事故、育児放棄……まあ、理由は様々だが、この世界は子供もその親もよく死ぬ。

 その中でも特に多いのは世間一般で言うところの不審死ってやつで、世の中では原因不明ながらよくあること、という認識になっている。

 最もそれはあくまで、世の中の話だ。

 さきほどの言葉には続きがある。


『しかしながら、あなたたちはその悲劇を乗り越え、世の人々を救うために命を与えられました。死を乗り越え、力を得たあなたたちにはこの日本において暗月から人々を守る義務があります』


 この言葉を聞いた凡そ、四から七歳の子供たちはそれを鵜吞みにし、自らの胸に使命を刻む。

 そのどれもが一度死に目にあって生き延びたか、死んで生き返った子供だ。

 この学園の偉い人曰く、人というのは七つまで神を宿すのだという。その中でも俺たちは内なる神格に目覚め、異能を授かり死を超越した存在なんだとかなんだとか。

 こんなものを信じているのは、初等部までだ。

 中等部にあがれば嫌でも現実を知らされ、高等部にあがれば俺たちは「死」をより身近に感じるようになる。


 不審死の原因である『暗月の僕』と呼ばれる存在たち。

 俺たち『死越者』の使命とは、それらを狩ることなのだから。


 ただ死の淵から生き残ったというだけで、命を賭して人々を守ることを宿命づけられるのって、ある意味不幸だ。

 死に目にあったのに、今度は命を懸けて戦うって馬鹿らしい話だろ。


 一度目はともかく、二度目の死に目なんて誰も望んじゃいないのだから。


 とはいえ、だ。


 死越者の中でも落ちこぼれである俺、夕凪幽にとって彼らの中の誰よりも『死』というものが身近だから、こんなくだらんことを考えているわけで……

 つまり、何が言いたいかと言うと、だ。

 

「任務行きたくねえ……」

「何言ってんのよ」


 ぼやくと隣の目つきのきつい女子、賽乃燈子が、そう言って俺の頭を軽く叩いた。


「いや、だって俺って最弱の『幽鬼』だぜ? なんならほとんど一般人と変わらねえんだから、任務免除でよくね?」

「よくないから任務貰ってるんでしょーが」


 そりゃそうだ、と苦笑する。

 そんな俺に燈子は呆れたように続ける。


「というか、次の任務なんてアンタのやることほとんどないわよ。アタシと優雅、それに……」


 言いながら彼女が見たのは教室の中心の方。

 視線を追った先で、複数の生徒との談笑に興じるこの教室でも特別異質な存在である彼女の姿を認識して「あー」と納得の声を漏らすしかなかった。


「それに、あの留学生。『第漆位階』の大天才、アリス・クロスフォードがいるんだからね。低位の任務なんかで失敗はあり得ないし、死人も出ないでしょう」

「まあ確かに」


 海の向こうでは『血の戦乙女』とも呼ばれる彼女がいるなら、中位任務ぐらいならお荷物一人抱えていても何の問題もないだろう。


「ね? アンタがやることなんて、後ろで応援するぐらいしかないでしょう?」

「おい、あんまり馬鹿にするなよ。肉壁ぐらいにはなれるぞ」

「はっ」


 こいつ! 鼻で笑いやがったな!


「お前、危なくても盾になってやらねえからな……」

「いいわよ。そもそも、幽鬼のアンタに守られるほど落ちぶれちゃいないし」


 自分の身の心配だけしてなさいな、と燈子は言うと席を立つ。


「それじゃ、私、クロスフォードさんと話してくるから」

「おうおういっちまえ。二度と顔見せんなよ」

「何怒ってんのよ……まあいいわ、アンタもちゃんと明日に向けて準備しときなさいよ」


 そう言って去っていく燈子の足取りは軽やかだ。楽な任務だと思って、浮かれているのだろう。その気持ちはわからないでもない。


 ただ、一つだけ言わせてほしい。


「お前は俺のおかんかよ……」


 任務の準備なんて昨日終わらせてるっつーの。

 

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