世界崩壊女子

梦吊伽

キリエは妹

妹がやって来るのを面倒くさいと思ったことはない。怖いと思ったこともない。面倒くさいと思っていないというのは嘘かもしれない。


「キリエ、聞いて」

「左も殴るから反対を向いて」

「キリエ、殴るんじゃないよ。ぶ」


 打つの。

 キリエの拳が私の左頬にめり込んだ。

 同じ肉からできているはずなのにキリエの拳は私より圧倒的に固い。固いし重い。私の身体は少しだけ宙に浮いて背後のベッドに沈んだ。ボフンと羽毛布団から空気が抜けた音がする。


「マタイによる福音書五章三十九節」


 キリエは無神論者だが聖書を読む。聖書に書かれた暴力の項目を好む。腕を切ってしまいなさいとか、平気でしようとする。この女は蹴っても殴っても最終的に神様を盾にできると思ってこういうことをするのだ。


「マタイは間違っているよ。暴力に手向かってはいけないと説いているのに右に続いて左も殴らせたら相手の罪はさらに重くなるんじゃないの」

「そんなことどうでもいいけれど、あなたが左頬を差し出さない理由はわかった」


 骨ばった手が私の顔を掴むと無理やり左側を向かせもう一発殴る。頭蓋の中でプツッとなにかが切れる音がした。満足したキリエがキッチンの方に歩いていくのを見ながら鼻でため息をつくと黒い塊が落ちた。手に取って近くで見ると滑ついて血だと分かった。


「エレイン、飲め」

「いいよもう」

「マナだから飲め」


 キリエが持ってきたのはインスタントのコーンスープだった。錆びたスプーンで掻き回してみるがコーンが入っていない。


「飲まないと殴る」

「殴っていいよもう。ずっと殴られてる」


「キリエ、明日注射があるんでしょ」

「んん」


 もう帰ったほうが良い、と言うと短く切り揃えた黒髪が揺れてベランダの方へとかけて行った。

 ざまぁみろキリエ。


「ベランダから降りたりもできなくなるんだよ」

「なに?エレイン」

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世界崩壊女子 梦吊伽 @murasaki_umagoyashi

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