第19話 子供の奴隷を買う。


「へい、らっしゃ——ってゲッ!? 三大巨漢の剛鎧ごうがい!? なんでこんなところ……」



「あら、私が来たらおかしいかしら?」



「い、いえいえ滅相もない! 私はボーマン。ここで奴隷商をしております。本日はど、どのようなご用件で? 奴隷をお求めですか?」



 中年脂身マシマシのチョビハゲ親父といった風貌のボーマンと名乗った男。こいつが奴隷商か。



「用があるのは私じゃないわ。私はただの付き添いよ」



「そ、そうですかい。ということは後ろの方がお客様で?」



「ここに子供の奴隷がいると聞いたんだが、本当か?」



「子供の奴隷ですか……いい趣味をお持ちのようですね」



 胸糞悪い台詞ではあるが、勘違いして貰ってる方が案外いいのかもしれない。変に疑われるよりはマシだろう。



「いいから会わせてくれ」



「畏まりました。身なりを整えるのに時間が掛かりますがよろしいですか? すぐにお見せするとなると、部屋にご案内することになりますが……」



 今は身なりを整える必要はないだろう。一分でも、一秒でも優しさに触れさせてあげたい。



「必要ない。案内してくれ」



「そうですか。ではこちらに」



 そう言ってボーマンは立ち上がると、部屋の奥へと続く扉を開き俺達を招いた。



 ボーマンの後を追いながら建物の奥へと進む。さっきまでいた部屋は比較的綺麗な部屋だったが、建物の奥まで同じではないらしい。置物どころか装飾の一つもない白い壁が続いているだけだ。



 通路の途中にある扉には目もくれず、ひたすら奥へと歩いていくボーマン。



 やがて通路の突き当たりの扉に辿り着いた。




 鉄格子の扉だ。



「この先になります」



 厳重に施錠された鉄格子の扉の先へ進むと、そこは牢屋のような部屋だった。



「ひどい環境だな」



「奴隷ですからね。まだうちはいい方ですよ?」



 こんな環境でいい方だと? 狂ってもおかしくないぞ。



 さらに奥へ進むボーマンに続く最中で、牢屋の中を覗いてみる。牢屋の中には三人から四人が割り当てられてるようだ。下着のような布だけを身に付けている人が殆どで、誰もが項垂れていて生気を感じられない。



 正直この光景だけでも精神的にキツい。



「大人の奴隷には、犯罪を犯して奴隷にされた者もいるわ。あまり同情し過ぎないようにね」



 ジュリエッティさんが俺の様子を察して声をかけてくれた。なんとなくだが、自称モテている理由がわかった気がする。気遣いというか、安心感というか、包容力を感じる。もちろん、精神的な意味でだ。




「こちらが子供の奴隷になります」




 一番奥の牢屋の前で立ち止まったボーマンが、俺を招く。鉄格子で区切られた牢屋の一角。そこには——





 五人の子供が閉じ込められていた。




 思わず拳に力が入る。




「今おすすめ出来る子供は少ないんですがね。少女が好みですか?」




 ボーマンが口にした言葉は脳が受け付けない。それ程までに最悪の光景が広がっている。



 小学校中学年くらいの男の子が一人と、女の子が二人。他に五歳前後の男の子と女の子が一人ずつだ。小さい女の子のは横になりながら小さく咳き込んでいる。



「おっちゃん、そいつ誰だ?」



 大きい方の男の子が、こちらに向かって声を掛けてきた。



「口を慎め小僧。お客様だぞ」



「男の客かよ……俺はまた余りもんだな」



「君、名前は?」



「名前? 奴隷番号……何番だっけ?」



「1367番だ」



「だってよ。奴隷になる前の名前は……捨てた」



 名前を捨てる。子供にそんな選択をさせる残酷な世界。どうなってんだよ。



「奴隷の名前は奴隷を買った新しい主人が決めるのよ」



 名前ってそんなに安いのか? コンビニの棚に陳列されてるレベルの言い方だな。



「他の子達は……元気かい?」



「元気? 変なこと言うなあんた。これが元気に見える?」



 みんな項垂れていて希望が失われた目をしている。子供がしていい目じゃない。



「ごめん。変なことを聞いたな。寝込んでいる子がいるようだけど、大丈——」



「お願いです! この子だけでも……お医者さんに連れて行ってあげてください!!」



 大きい女の子の内の一人が声をあげる。



「具合が悪いのかい?」



「ずっと咳をしてて寝込んでいて……妹なんです」



「これで環境がいい方だって言うのか?」



「奴隷の体調が悪いからって、わざわざ医者を呼んだりはしませんよ。あなただって、売り物が腐ったり傷ついたりしたら捨てるでしょ?」




 淡々とそう告げるボーマンに対し、もはや怒りの感情すら湧いてこない。こいつにとって、子供だろうと奴隷はただの売り物で、金を稼ぐ商品でしか無い。




 そういう世界に俺は飛ばされたんだ。




「大丈夫。安心して」



「買って……くれるんですか?」



 声をかけてくれた女に子に対し、最大の優しさを込めて笑顔で返す。



「ここにいる子たちを全て買う場合、いくらになる」



「シロウ……」



「正気ですか? いえ……私としては有り難い話ですがね。病気の子供を押し付けられたと後から言われても返金はしませんよ?」



「そんなこと言うわけがないだろ。それで、いくらなんだ」



「そうですね。病気持ちがいるので割り引いたとして……全部で金貨三百枚ですね」



 金貨、三百枚。




 それがこの子達につけられた命の値段か。




『ナルビィさん。金貨を集める簡単な方法ってある?』



『森羅マーケットにてBPで購入可能です。金貨一枚につき、10,000BPとなります』



 俺の感覚だと、1BPが約一円くらいだ。金貨一枚が10,000BPだと一万円。



 金貨三百枚は3,000,000BPで三百万円。




 安い。安すぎる。




 決してお金に変えれるわけじゃない。そもそもお金と一緒に天秤に乗せることすらおこがましいが、それにしたって釣り合いが取れてなさすぎる。




「——三日。三日後、にみんなを迎えに来るよ」



「まじかよ! 嘘じゃねぇだろうな!」



「本当……ですか? 出られるんですね?」



「シロウ……大丈夫なの?」



 三日間はジュリエッティさんにジュノンを預けることになるだろうな。徹夜でBPを集めればお金は貯まるだろうし、俺の都合でこの子達を買うんだからジュリエッティさんにお世話になるわけにはいかない。ナルビィさんによると色々考慮した結果最短で三日という話だ。



「なんとかしてみせますよ。子供がこんな所にいるなんて……許されませんからね」



「そう……わかったわ」





 俺が異世界に来て初めてする買い物は、子供の奴隷になるだろう。


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