第15話 親が子を決めるんじゃない。子が親にしてくれるんだよ。



「はぁ……はぁ……死ぬかと思った……」



「あら、男の子なのに情けないわねぇ。その子はそんなに喜んでるのに」



「ぴひぁ! ぶぶぅばぁ!」



「先に言ってくれれば……心の準備ってのが……必要なんですよ……」



 都市を軽く飛び越え、反対側の山の麓に着地したジュリエッティさん。落下時は生きた心地がしなかったが、意外にも着地の時の衝撃は感じなかった。どんな魔法だよ。




「それにしても、本当によく似ているわね……」



 似ているとは、誰かと俺がということでは無いだろう。ジュノンのことだな。



 まだ息が乱れているが、これ以上文句を言っても仕方がないので呼吸を整えて返答する。



「ジュノンの親と顔見知りなんですか?」



「顔見知り……というよりもその子の母親は私が育てたようなものなのよ」



「育てたようなもの?」



「私とその子の血が繋がってるというわけではないわ。その子のお母さんの面倒を見ていたことがあるのよ」



 なるほど。ジュノンのお母さんのお父さん……いや、お母さん? ということはジュノンからするとおばあちゃん……いやおじいちゃん? みたいなものなのか。



 孫の顔が見れるってどういう感覚なんだろ。俺の親父と母さんも、奏音の顔を見てデレデレしてたっけな。



「そうだったのですね」



「それじゃ、あとはその子を預かるわ」





「……え?」



「あ、言ってなかったわね。三日前に古い友人の遣いが来て、貴方達がこの都市に来るからその子を引き取ってあげてほしいと伝えてきたのよ。貴方にもとても感謝していたわ」




 なる……ほど?




 色々と突っ込みたいところはある。三日前に来ていたってことは俺達を追い抜いて行ったってことだろうし、それなら一緒に行ってくれてもよかったじゃないかと。



 まぁ道中で魔族に出会ってたら、どちらの勢力の魔族だろうと全力で逃げてたけどな。



 そこら辺を察してくれたのだろう。もしかしたら危険が無いか見張りをつけてくれていた可能性もある。



 それは一旦いい。森羅マーケットの存在を知られたかもしれないとかは些細なことだ。




 ジュノンと……お別れなのか?




 何となくだが、ジュリエッティさんの言ってることは嘘じゃ無い。それはジュノンの事を見る目でわかる。優しく、愛に溢れた本当の母のような、孫を見守る祖母のような目だ。



 この人にならジュノンを預けても、きっと大切に育ててくれるんだろうという気がする。



 ここでジュノンを託しても、誰も文句は言わないだろう。むしろ魔族ということを考えればその方がいいのか? 





 そうだとして……俺はどうなんだ?




 ジュノンがいてくれたからこの世界で今も生きていけている。それは間違いない。



 ジュノンの成長を見守っていきたい。まだ出会ってから数日くらいしか経っていないが、そう思えるほど大切な存在だ。



 だからこそ。



 だからこそ、俺という自我を捨てて、一番ジュノンの為になる選択をするべきなんじゃないのか?



「ジュリエッティさんは、いいんですか?」



「正直大変ね。でもあの子の子供だもの。私の全てで立派に育ててみせるわ」



 真っ直ぐな瞳が向けられる。うん。やっぱりいい魔族……いや、いい人だな。



「ジュノンは魔族の争いに巻き込まれたりしないのですか? その……命を狙われたり」



「そうなるかもしれないけど、私がいれば問題ないわ。若い奴らに遅れを取るほど衰えてはいないわよ? もちろん、この子を玉座に座らせようとする者も許さない。それよりも、貴方の方が心配ね。暫くは魔王国から離れた場所で生活するといいわ」



 そうか。俺も命を狙われる可能性があるのか。そりゃ魔王の娘を逃した張本人だしな。



 ジュノンが魔族政治に使われる心配もないか。




 それならば——










「——いやです」




「……自分が何を言ってるのか、わかっているの?」




「はい。私がこの子に名前を付けたとき——いえ、この子に出会ったときから私はこの子の親になりました。自分の命が危険に晒される程度のちっぽけな理由は、この子の側を離れる理由になりません」



「その子だけなら私一人でも守り切れるわ。でもね、貴方も一緒に守り通せるとは言えないのよ?」



「そんなことは望んでいません。自分の身は自分で守る……とは言い切れませんが、最悪肉壁くらいにはなれますよ。俺も、この子を守りたいですから」




「……なんで、血の繋がらない赤の他人の子供に、そこまで出来るのかしら?」



 なんで、と聞かれても……



「この子が俺の娘だからですよ」



 この短い期間でも、ジュノンと過ごした日々は俺にとって掛け替えのない大切な宝物だ。



 お腹が空いて泣くジュノン、スヤスヤと寝息を立てるジュノン、喋りかけるとたまに返事をするジュノン、太々しい顔でオムツを取り替えられるジュノン。




 その一つ一つが俺を親にしてくれた。




 それだけで、十分だろ。




「そう……その言葉、いつまでも忘れないでね」




 そう言ってジュリエッティさんは俺に近付き——





 大蛇を腰に巻きつけてきた。




「それじゃ、行くわよ☆」







「ぃぃぃぃぃいいいいいやだぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああ!!」

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