第24話 本採用試験?2

 クロウと一緒に一階におりていくと、所長さんが顔をあげて手招きをする。


「きたきた。はいこれ。リディルちゃんの服。というか、いちおう制服みたいな?」


 所長さんはそういって、綺麗にたたまれている赤い服をさし出してきた。


「え。制服?」

「うん。リディルちゃんの赤毛の髪にあわせて、赤と白の服にしてみた。けっこうかわいいよ」


 わたしは所長さんの手のひらの上にあるお服を凝視して、おそるおそる受け取る。


 わたしはずっとビンボー暮らしだったから、お洋服一枚買うのもたいへんで、ボロボロのワンピースを着まわしていた。

 いまだって、何回着たかわからないくたびれた紺色のワンピース。


 所長さんがくれたお洋服を広げてみる。

 白いブラウスと、薄い赤色のスカートがつながった、かわいいワンピース。

 ブラウスの袖はだんだん広がって、手首は折り返す形になっていて、そこだけ黒地に金色の刺繍があってすごくかわいい。

 寒くないようにか、赤いケープもある。


「でも、制服って……。わたし、受かるかもわからないのに……」

「受かるよ」

「……」


 所長さんは慈愛に満ちた顔でわたしを見てくる。


「仮採用っていった手前、名目上本採用試験だから。ほらほら、そんなことより、着替えてかわいい姿見せて」

「……っ、は、はい! ありがとうございます!」


 所長さんからもらったお洋服をぎゅっと抱きしめて、二階に駆けあがる。

 さっきまで寝ていた部屋で、くたびれたワンピースを脱いで、あたらしいお洋服に袖を通した。


 すっごくやわらかくてあったかくて、着心地がいい!

 しかも、かわいい!

 その場でくるくるっと回ってみる。

 赤いスカートには白いフリルがついていて、まわるとふわっとふくらんで、どこかのお姫様みたい!


 どうしよう。

 すっごくうれしい!

 しかもお洋服ぴったり。どうしてサイズがわかったんだろう?


 首をかしげながら、くたびれたワンピースを抱えて所長さんたちのところにもどる。

 クロウは退屈そうにソファにもたれかかっていて、所長さんは書類に目を通していた。

 わたしがきたことに気づくと、顔をあげてにこっと笑ってくれる。


「おー。かわいいかわいい。やっぱり似合うと思った」

「あ、ありがとうございます。すっごくうれしいです!」

「あ、それと、そこにあるブーツもね」


 所長さんが、床においてあるピカピカのレースアップブーツを示した。


「え! いいんですか?」

「いいのいいの。制服だから。身なりのいい召喚士のほうが信用度もあがるんだよ」

「な、なるほど」


 たしかに、ディセリラにいる召喚士たちは、みんなキラキラしてる。

 きれいなお洋服をきて、自信が形になっているみたいに、背筋をピシっと伸ばして歩いていてかっこいい。


 すれちがうたびに、「あんなふうになりたい!」ってあこがれたんだよね。

 わたしもちょっとだけ近づけたかな?


「ありがとうございます。所長さん」

「どういたしまして」


 さっそく、あたらしいブーツにはきかえた。

 これもサイズぴったり! 所長さんって、すごい!


「なぁ」

「クロウ? どうしたの?」


 退屈そうにしていたクロウが、テーブルに頬杖をついて所長さんを正面から見すえた。


「あんた、やっぱりリディルの紙もってるだろ」


 所長さんはにっこり笑って答えない。


 紙って……あの契約書だよね。

 所長さんなにもいわないってことは、もってるってことかな?

 やっぱり、不純な動機がバレちゃってる⁉


「あれ、なにが書いてあった」


 クロウがジッとにらむように所長さんを見た。

 なにって、わたしの下心だよね……?

 ほかに見られて困ることはなかったと思う。

 あ! いまの貯金額とか見られちゃったら、ちょっと恥ずかしいかも。だって、ゼロだもん!


 険悪ムードの所長さんとクロウをおろおろと見比べる。

 所長さんは、書類をテーブルの上でトントンとそろえて、にっこり笑った。


「いまはもうもっていないよ。残しておくのは得策じゃないからね。リディルちゃんのためにも」

「……なにが書いてあった」

「きみもすぐにわかる。それじゃあ行こうか」


 所長さんが立ちあがったところで、ハッと、わたしのお家にいるジオンさんの姿を思い出した。

 ずっと寝ていたけど、ジオンさん、帰ってくるのまってるよね?


「しょ、所長さん! ジオンさんが……」

「ああ。それなら、リディルちゃんの家に行って説明済みだよ。きてくれるって」


 所長さん、すごい。

 こういうのを仕事が早いっていうのかな。


「そうだったんですか。ありがとうございます!」


 おばけが出るかもしれないけど、あたらしいお洋服ももらっちゃったし、がんばろう!




 所長さんの案内で、人がいない街のなかをしずかに歩く。

 夜の街ってこんな感じなんだ。だれもいなくて、ほんとうにおばけが出そう!


 所長さんの探偵事務所を出て、さらに大通りをはずれて、人がひとり通れるくらいのほそーい裏道にやってくる。

 迷いなくずんずん歩いていく所長さん。

 ど、どこに行くんだろう。こっちって、なにがあったかな……。


 ドキドキしながらも、所長さんのあとについていく。

 こわいけど、前が所長さんで、うしろにクロウがいるからちょっと安心。

 ひとりだったら、ぜーったい歩けない!


 しばらく所長さんのあとについていくと、木や草におおわれた空地の真ん中に、古びた井戸が見えた。


 ディセリラにも井戸ってあったんだ。

 ディセリラはコアエッグがあるから、蛇口をひねったらきれいな水が出るけど、わたしがもともと住んでたところはちっちゃな田舎町だったから、コアエッグなんてなかったんだよね。

 だから毎日、必要な分だけ井戸から水をくんでくるの。

 なつかしい!

 でも、夜に井戸を見ると不気味なんだよね。

 しかも、ここのは忘れ去られたみたいにポツンとあるから、ほんとうにおばけが出そう!


「よし、ついたよ」

「え!」


 や、やっぱりこの井戸なんだ。


「依頼主はこの向こうにある家の住人。例のゆうれいもどきは、このあたりで見たらしい」


 この井戸しかないよ。ぜったいそうだよ!

 ま、まさか……。井戸のなかに入れっていわれたり……。

 ううん。採用のときに、火のなか水のなかでも行くっていったんだもん。井戸のなかでも飛びこまなきゃ!


「しょ、所長さん!」

「うん?」

「この井戸に入ったらいいですか⁈」


 所長さんは目をまるくして、夜だから声を押し殺して小さく笑う。


「違うよ。とりあえず、リディルちゃんの家にいる召喚獣をまとうか」

「あ。そうでした」


 そういえばジオンさんがまだきてない。

 ふらふらだったし、大丈夫かな。ちゃんとこれるのかな。

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