第23話 本採用試験?1


 所長さんはきっぱりといいきって、止まっていたお茶の準備を手早くすませる。


「あ、わたしがやります!」

「いいのいいの。それより、さっきの話だけど。ちょうどいい依頼がきてたんだよね」

「ちょうどいい依頼?」

「そう。リディルちゃんの本採用試験」


 本採用試験……?

 そういえば、まだ仮採用だった!

 もしも試験に合格できなかったら、クビになっちゃうってこと⁉

 どうしよう⁉


「な、なにをすればいいんですか?」


 ドキドキしながら問いかけたけど、所長さんはあつあつのお茶を用意していたトレーにのせて、顔をあげてわたしをうながす。


「それは、あっちで座りながらゆっくり話そうか」



 前を歩く所長さんについていって、大きいテーブルとソファセットがある部屋に移動する。

 クロウが大きなソファに仰向けにねっころがっていた。

 わたしを所長さんがきたことに気づくと、だるそうに視線だけ向けてくる。

 クロウってば、そんなめんどくさそうにしなくてもいいのに。


「もうクロウ! 起きて!」


 ねっころがっているクロウの背中とソファのあいだに無理やり手を入れて、ぐいっと押す。

 クロウはいやそうな視線をわたしに向けて、ゆっくりと体を起こした。


「客いないんだからいいだろ」

「お客さんはいなくても、所長さんがいるもん」


 クロウが失礼な態度だからクビっていわれても、わたし、いい返せる自信ないよ。

 だって、事実だもん!


「まぁまぁ、リディルちゃん。お客さんがいないのは本当だし」

「ご、ごめんなさい。クロウが失礼なこといって」


 クロウの代わりに頭をさげる。

 所長さんはトレーをテーブルにおいて、お茶をおきながら陽だまりみたいにやさしく笑う。


「所長さんは心がひろーいので、リディルちゃんも気にしない気にしない」

「所長さん……!」


 やっぱり、所長さんって、大人でかっこいい!

 わたしの胸がきゅんっとしているあいだに、所長さんは棚からファイルをもってきて、わたしとクロウの向かい側のソファに腰をおろした。

 わたしもあわてて、クロウのとなりに座る。


「さっき話してた依頼だけど、これね」


 所長さんが一枚の紙をファイルからとり出して、テーブルの上におく。

 わたしはその紙をのぞきこんだ。


「……こ、これって。おばけ退治ってことですか⁉」


 所長さんが見せてくれた紙には、『夜な夜な不気味な男の声がするので解決してほしい』という相談内容が書かれていた。


「おばけとはちょっと違うかな」

「で、でも! 姿はないのに声だけ聞こえるって、おばけじゃないですか! それに、ここに亡霊を見たって書いてあります!」


 ふるえ指で、『金の亡霊がでた』という文字を示す。

 そして、横に座っているクロウをチラリと見た。


「クロウ、おばけ退治できる?」

「さあ? どういう系統かによるな」

「おばけに系統なんてあるの?」

「おばけだのなんだのいってるが、実際にはすきま風とか、モンスターとか、地盤のゆるみとかかもしれないだろ」

「そういうもの?」

「思いこみによる幻想なんてことは、よくある」


 クロウがきっぱりといいきって、ずずっとお茶をすすった。

 こわがってるのはわたしだけで、なんだかわたしのほうが変みたい。


「えっと……わたしはなにをしたらいいんですか?」


 おそるおそる所長さんにたずねる。

 所長さんは「度胸があっていいねー」とにこにこ笑った。


「リディルちゃん、昨日はよく寝た?」

「へ? え、えっと……まぁまぁ?」


 床だったからちょっと寝心地が悪かったけど、ふつうくらいには寝れたはず。

 となりにいたクロウが、変なものを見るような目で見てきた。鼻の頭にシワまでよせてる。


「あんた、あれで寝れるのかよ。すきま風だらけじゃねえか」

「慣れたらけっこう平気だよ!」


 たしかにちょっと寒いときもあるけど。

 でも昨日はクロウがとなりにいたし、いつもよりは温かかったから快適なほうだよ。


「もしかして、クロウねむいの?」

「石床の上で寝るなんて、そうそうなかったからな」


 クロウが遠い目をしてたそがれた。

 もしかして、こっちの世界にきたこと、後悔してたりして。

 でも、クロウがいないと、わたしは召喚士でいられないよ!


「わ、わたし、もっと頑張ってふかふかベッド買うから!」

「急にどうした」

「寝心地のいいお家も借りるから! 所長さん! わたし、ぜったいに試験合格します!」


 バンっとテーブルに両手をついて、前のめりになる。

 所長さんはそんなわたしを見て、「じゃあ、夜まで寝ようか」といった。


「えっと、寝る?」

「うん。試験は夜から。それまで体力温存ってことで、上のベッド使っていいよ」

「もっとやることとか……」

「ないない。ぐっすり寝てくれたらオッケー。あとはぶっつけ本番ね」

「ぶっつけ本番……」


 所長さんの言葉をぼうぜんとくりかえす。


「あ。そうだ。あと、リディルちゃんの家にいる召喚獣。彼も連れていくよ」

「ジオンさんも……?」


 そういえば、所長さんはジオンさんを助けるために魂を召喚すればいいっていってた。

 それから、ちょうどいい依頼があるって。

 ってことは、もしかして、この依頼の原因はやっぱりおばけで、わたしがおばけを召喚するとか⁉

 おばけを召喚って、どうするの?

 召喚したあとは、おばけ退治⁉


 ボロボロの服を着たおばけに腕をつかまれる妄想がひろがって、ぶるっと体がふるえた。


「……どうしようクロウ……」

「寝ろっていうんだから、寝たらいいんじゃね?」

「そういうことじゃない……」

「あれこれ考えたってしかたねぇだろ。とりあえず寝ようぜ。ねみ」


 クロウが大きなあくびをかみ殺して、お茶をぐいっと飲み干した。

 わたしもお茶を一気に飲んで気合をいれる。


 おばけかもしれないけど、やるしかないよね!

 だって、本採用試験だもん。

 これに合格できないと、生活できなくなっちゃう!



 所長さんに二階に案内されて、わたしは客人用の部屋、クロウはもう一つの空き部屋で夜まで寝ることになった。


 こんな時間にねむれるか心配だったけれど、やわらかなベッドに入ったら、急にねむたくなってきて、すとんっとねむりに落ちてしまった。



「おい。おい起きろ。リディル」


 むにっと頬を引っ張られて、不快感でびっくりして目が覚めた。

 ぱっと目を開けると、わたしのほっぺたをぐにぐに引っ張ってるクロウがいた。


「起きるのおせえ。寝起き悪すぎ」

「クロウにいわれたくないよ!」


 起きあがって手で髪を整える。

 なんだかすっごくスッキリしてる気がする。

 気づいてないだけで、寝不足だったのかな?


「ふぅん」

「え。どうしたの?」


 クロウがわたしの顔をじろじろ見てくる。


「魔力がいつもより回復してる、か?」

「そうなの?」

「どうだろうな」

「もう、なにそれ」


 いいあいしながらベッドから出て、ふと窓の外を見る。


「わっ。真っ暗」

「もうすぐ日付が変わるぞ」

「うそ! 所長さん、やっぱりおばけを召喚するつもりなのかな……」

「は? なんだそれ」


 そういえばクロウには話してなかったっけ。

 わたしは所長さんにジオンさんのことを相談したこととか、魂を召喚すればいいといわれたことを話した。


「魂を召喚?」

「うん。そんなことできるの?」

「……魔力と適切な陣があれば、可能か……?」


 クロウは難しい顔をして、じろじろとわたしをながめる。

 そして、眉間にシワをよせたまま床をじっと見て、おもむろに顔をあげた。


「おい。あいつがやった契約陣の紙って、あんた捨てたのか?」

「え? 契約陣って……わたしの不純な志望動機が書いてあった、あの紙?」

「そう。その不純な紙」


 あれ。そういえば、あの紙どうしたんだろう?

 所長さんから奪いとって、そのあとわたしは寝ちゃってたから……。


「わ、わからない。クロウこそ知らないの?」

「俺も寝てたからな。ってことは、あいつがもってんのか」

「……あ、あいつって、もしかして……。所長さん?」

「ほかにだれがいんだよ」


 所長さんがまだ紙をもってる?

 も、もしかしたら、わたしの下心しかない志望動機見られちゃってたかも⁈


「ど、どうしようクロウ! わたし、クビになっちゃうかも!」

「なったらなったでいいんじゃね」

「そ、そんなぁ。せっかく、所長さんとはたらけるようになったのに」


 急に本採用試験なんていいだしたのは、わたしの不純な動機を知ったから?

 もしそうだったら、ぜったい合格できない試験内容⁉

 ううん。所長さんはそんなヒキョーなことはしないはず。

 だって、あんなに心が広くてカッコイイもん!


「おーい、リディルちゃん起きてる? そろそろ行くよー」

「あ、はーい! 起きてます!」


 所長さんの声が聞こえてきて大きな声で返事をする。


 試験、たいへんかもしれないけど、せいいっぱい頑張ろう!

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