第5話 新たなタマゴ2
あたらしい本を本棚に並べて、はたきでほこりをとって、床のお掃除をしたりお会計をしたりしていると、あっというまに時間がすぎていく。
ふと窓の外を見ると、空がどんよりくもっていた。
雨がふりそう。傘を持ってきていないから、今日はいそいで帰らないと。
「リディルちゃん。時間だからあがっていいよ。気をつけて帰るんだよ」
「はいっ。お疲れさまです!」
エプロンをとって、畳んでカウンターの中の棚におく。そしてくだびれたワンピース一枚の姿でお店を出た。
わわ、もういつ降ってもおかしくない空模様だ。今日はお買いものしないでまっすぐ帰ろう。駆け足で家に向かう。
くもっているからか、いつもより暗くなるのもはやい。
うーん。いつもは大通りをまっすぐいくんだけれど……。チラリと細い横道を見る。それから空を見た。ええい、今日は近道して帰ろう!
大通りより暗いからめったに通らないんだけど、この道のほうがはやく着くんだ。
いつもとちがう道を走っていると、ふと、視界のはしに、大きな、おーっきな真っ黒のタマゴが映り込んだ。
「えっ! タマゴ⁉︎」
うそ。本物⁉︎ 何回もタマゴを見つけているけど、これは最短記録だよ!
足を止めて方向転換。道端に捨てられたようにおかれているタマゴに近づく。
でっかい。わたしがいつも見つけるタマゴの倍くらいありそう。試しに両手で抱えようとしてみるけれど、腕をめいっぱい伸ばしてもタマゴ一周することができない。
「お、大きすぎるよ……」
困った。こんなに大きいタマゴ持って帰れないよ。
なんとか抱えようと持ち上げてみるけど、重くてびくともしない。
ひとりじゃ運べそうにない。だれかに手伝ってもらわないとっ。
「すみませーん。どなたかいませんかー?」
あまりタマゴから離れないようにしつつ、声を出して歩いていると、道に座りこんでいる男の人三人がいた。
一瞬だけ、本屋のおばあさんの「暗い道にはガラの悪い連中もいるから気をつけるんだよ」という言葉がよぎった。声をかけるか迷っていると、男の人がわたしに気づいたようでひらひら手を振る。
「おじょーちゃん。なーに見てるの?」
「えっ。あ、えっとその……」
タマゴを運ぶのを手伝ってほしいといったほうがいいかな。男の人三人もいたら運べるはず。だけど、なんだか危ない空気みたいなのもする。どうしよう……。
迷っていると、男の人たちは顔を見合わせて、次にわたしの背後を見て目をキラッキラとかがやかせた。
「あ! あれ、召喚獣のタマゴじゃね⁉」
「まじ⁉ じゃあ俺ら、これで召喚士⁉」
興奮した顔で男の人たちは黒いタマゴに駆け寄った。
「えっ! あの、このタマゴはわたしが見つけて……」
「いやいや、俺らが先でしょ。証拠でもあんの?」
ええっ! タマゴが盗られちゃう⁈
証拠は、たしかにないけど。リディルって名前が書いてあるわけじゃないし。でもでも、わたしが先だったのに!
タマゴの持ち主の証明って、どうやってするんだっけ⁈
わたしはとっさに両手を広げてタマゴを背中にかくした。
「こらこら、邪魔しないの。どいてね」
大きな手でどんと押されて、そのまま地面にべしゃりと転んでしまった。顔を上げると、お兄さんたちが目をギラギラさせてタマゴを見ていた。
ど、どうしよう! このままじゃタマゴが……!
めげずに立ち上がって、タマゴをぎゅっと抱きしめる。
「だ、だめ! わたしが見つけたんだもん!」
「こら。離れろって。おい、いいかげんにしないとお兄さんたち怒るよ?」
低いうなるような声に変わって、ギクリと体がこわばった。こわい。どうしよう。でもタマゴが。
召喚士は自分の召喚獣と助け合うって教えてもらった。こわいけど、見すてて逃げるわけにはいないっ。
ぎゅううっと抱きしめていると、怒った顔をしたお兄さんたちがわたしを無理矢理引きはがそうとしてきた。
「これは俺らのだって」
男の人がタマゴに触れようとしたそのとき、透明なかべに阻まれたみたいに、バチンッと光がはじけて、男の人がまとめて後ろに吹き飛ばされた。地面におしりをついた男の人が呆然と私を見上げてくる。
「なっ。おい、なにが……」
えっ。わたしじゃないよ!
ブンブン首を横にふって無実を訴えていると、抱きしめていたタマゴがあたたかくなったことに気づいた。
「え……」
そして、真っ黒のタマゴに光が集まってくる。分厚い殻に、ピシピシッとヒビが入りはじめた。
タマゴが、孵ろうとしてる⁈
「なんだ⁉ なんの光だ⁈」
男の人たちがまぶしそうに手をかざして後ずさりした。そのあいだにもタマゴにヒビが入って、ついに、ガラスが割れるみたいに、ぱりんっとタマゴの殻がくだけた。空中に散った殻は、魔法みたいに光の粒になって消えていく。
そして、大きな黒いタマゴがあった場所に、どうしてか、ひとりの男の子がいた。真っ黒の髪と、お月さまみたいな金色をした瞳。
すっごくきれいな顔。でも、なんだか、冷たい瞳。
その冷たい瞳がジロリとわたしを見た。ドッキーンッと心臓が飛びはねる。
「おい。あんたか、リディル・ベロワーズってのは」
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