第4話 新たなタマゴ1

 タマゴの召喚に失敗してから数日。


 わたしの周りにはキュイキュイとかわいく鳴くふわっふわな生きものがいっぱいいた。ドスドス体当たりされて、でもふわふわだから痛くなくて、ああ、もう幸せ〜っと思ったところでフッと意識が浮上した。


 目に映ったのはふわふわな生きものたちではなく、崩れそうな天井。

 あれ。もしかして、夢……?

 今何時だろう。目をこすりながら枕元に置いていた懐中時計を開いて、目を見開く。


「ね、寝坊⁉︎ お仕事っ、遅れちゃう!」


 小さなオンボロベッドから飛び起きて、急いで顔を洗って髪をふたつに結ぶ。パパッとくたびれた紺色のワンピースに着替えて、おおあわてで家を出た。

 どうやら、あのふわふわパラダイスはわたしの夢だったみたい。

 現実はまだ召喚士になれていない、落ちこぼれ。現実って、きびしー!


 街の中を爆走していると、お店の準備をしている人たちに声をかけられる。


「おや、おはよう。リディル。寝坊かい?」

「う、うん。おはよう! 急がないとっ。遅刻しちゃう」

「あはは! あんまり頑張りすぎるんじゃないよ!」

「うんっ!」


 わたしは前代未聞の不合格回数ってことで、ちょっとした有名人になっている。ぜんぜん嬉しくない、不名誉なことなんだけどね。

 わたしが今いる街、召喚都市ディセリラは、召喚士のための街で、タマゴの形をした飾りつけがいっぱい! 本物の召喚士もたくさんいるから、街の中にはふわふわの生きものもいっぱいいる。


 召喚士の街というだけあって、召喚士組合の本部があって、たくさんの召喚士たちの支援をしている街なんだ。

 街の人も召喚士の家族とか、召喚士に助けられた人とか、そういう人がいっぱいいて、召喚士や召喚士候補者にとってもやさしい街!


 でも子どもひとりでディセリラに来ることはあまりないみたいで、わたしは特別気をつかってもらっている気がする。

 前代未聞の不合格回数でもあるしね……。

 街の人たちは万年ビンボー暮らしをしているわたしに食べるものを分けてくれたり、日用品をくれたり、すっごく親切にしてくれている。

 その恩をはやく返したいけれど、召喚士への道のりはまだまだ遠い。



 走ってようやくわたしのお仕事先、小さな本屋さんが見えてくる。

 駆けこむように木の扉をあけると、カウンターにちょこんと座っていたおばあさんが小さく笑う。


「おはようございます! 遅くなってごめんなさい!」

「おはよう、リディルちゃん。まだ開店時間じゃないから大丈夫だよ。それより、疲れてるのかい? 大丈夫かい?」

「いえっ。今日はその、しあわせな夢を見ちゃって……」

「しあわせな夢?」


 お仕事着の緑のエプロンを身につけながら、今日見たもふもふパラダイスの話をする。

 おばあさんはにこにことわたしの話を聞いていたけれど、ときどき寂しそうにほほ笑んで窓の外を見ていた。ぴたりとおしゃべりを止める。


「なにかあったんですか?」

「あらいやだ。顔にでちゃっていたかい? ごめんねぇ、気をつかわせちゃって」

「いえ。わたしに話してちょっとでもスッキリすることなら話してください! おばあさんにはとってもお世話になってますから!」


 おばあさんま目をまるくして、うれしそうにしわくちゃな目尻をさげた。


「じつはねぇ……王都にいる息子からの手紙がこなくなってしまったんだよ」

「お手紙が?」

「月に何度かやり取りをしていたんだけど、ここ二ヶ月くらいぱったりと止んでしまってね。なにかあったんじゃないかと心配で心配で……」


 うう。ここでわたしが「じゃあ見てきます!」といえたらよかったんだけど、わたしは召喚士にもなれていない落ちこぼれ。しかもビンボー。

 王都にいく馬車代もだせない。


「えっと、お手紙は送ってみたんですか?」

「何回か送ったんだけどねぇ……」


 そういって、おばあさんは小さく首を横にふる。

 返事はないってことみたい。


「……心配ですね。なにか力になれることがあったらいってください!」

「ありがとう、リディルちゃん。やさしい子だねぇ」


 うう、なんにもできない自分がもどかしい。こんなとき、召喚士だったら、びゅーんと王都までひとっ飛びできるんだろうな。


「もう少し待ってから考えようかねぇ」


 おばあさんはそういいながら、窓の外を見た。

 ほんとうは、心配でしょうがないんだろうな。今すぐ王都に行きたいのかも。わたしも、お母さんのお手紙がぱったりこなくなったら、心配で心配でいてもたってもいられなくなっちゃうと思うもん。


「さて、じゃあ今日は向こうの本の整理をしてもらえるかい?」

「は、はい! 頑張ります!」


 おばあさんが切り替えるように手をたたいたから、わたしも大きくうなずいた。

 元気いっぱいにふるまっているけど、空元気なのがわかる。


 おばあさんは、右も左もわからない子どものわたしを雇ってくれて、帰りにごはんを持たせてくれたり、たくさんめんどうを見てくれている。ディセリラでの本当のおばあちゃんみたいな人だ。

 なにかできることがあったらいいんだけど……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る