04 一夜の過ち



 なんだ。

 なにが起こってる。

 これは、なんだ。


『な、なにか、感想は……ないのかよぉ』


 目の前にいるめちゃくちゃ俺好みの女は頬を紅く染めながらそう呟いた。

 誰だコイツ。え、でもさっきまで後ろにはフェイがいた。

 ってことは……フェイは女だった? え、そんなことある?

 長い耳で、白銀の髪で大人しそうな顔の──意味の分からんくらい可愛い──いや、まじでやばい。なんか光ってね? それよりも、え、ほんとに光ってね?

 ってか、その前に!!


「お、お、お、ま、う、うっ……!」


 咄嗟に服を被せて、抱えてダッシュで裏路地まで抱え込んだ。

 とりあえずフェイの素顔を誰にも見られないようにした。

 だって、あれだけ拒んでたのにこんな堂々と見せたらアレだろ! アレだろ!!

 

「おまっ、おまっ! おまっ……うぇぇええええっ……」


 口から食ったばかりの揚げ物が踊りながら溢れ出て、地面に広がりやがった。

 焦りすぎて自分が何を言ってるのかも分からん。とりあえず分からん。

 どうすりゃあいいんだよ。相棒が宝石だった場合、対処法、これを教えてくれ。


『もー……なんで吐いちゃうかなぁ。勿体ないだろお?』


 少し屈んだフェイが袖口で口元を拭ってくれた。

 俺は何が起きてるのかわからないままフェイを見ていた。


『で、感想は。念願のボクの顔はどうなんだ!』


 グイと胸ぐらを掴みながら詰め寄るフェイの顔を見て、変な声が出た。

 ひ、とか、ぬ、とか、ん、とかを煮詰めてちょっと汚い声にした声だ。

 それと同時に今まで脳内で変換されていたフェイの声が一気に変わった。

 うんこを木の棒を突くような悪ガキの声から、目の前の麗しい女性の声に変わる。


「エルフだったのかふぇい……それも……女の子って」


『感想はそれだけ!? せっかく勇気を出したのに……褒め言葉もないのかよっ』


 ガスッと横腹を突かれるが、そんなことはどうだっていい。


「ばっ! 可愛いに決まってんだろ! びっくりしたさ! 俺の腹の中にいた奴らもオマエの顔を見に飛び出てくるくらいには!」


『そうかよ。なら、良い。断られるかと思った。ボクはべっぴんさん、かい?』


「当然だ。俺が会ってきたどんな奴よりも──」


 その時、雷が落ちてきた。

 それは脳みそから伝わる信号だ。その行き先は地面に降り立つ二つ脚の上。

 ま、まさか……。このフェイの反応。

 もしかして……いや、でも、思い違いの可能性がある。


「な、なぁフェイ。顔を見せてくれたってことは、さっきの話の流れからして……」


 こくりと頷くフェイ。

 それだけで十分だった。そこに言葉はいらなかった。

 そんで、俺は男になった。いや、雄になった。

 だが、そのことで間接的に衣嚢ポケットがやたら軽いことも思い出した。


「で、でも金ない……使いすぎちゃって。……宿舎は」


『もう!』


 ガシッと尻を蹴られた。


『ヤ! だからね。もっと、なんていうか……そういうトコがいい!』


 怒ってる雰囲気のフェイに、俺は良い顔をするために親指を立ててみせた。

 

「任せろ。土下座くらいしなれてる」


『そんなんで行ける訳──』って言われながら俺は頭を下げた。『いけるんだ』


「ノランさんとフェイさんには世話になってますから」


 ほら、いったろ? という顔をフェイに向けると複雑そうな顔をしてた。

 俺が土下座した相手はお世話になっている壁が分厚い宿屋の店主オーナー

 それにしても店主が普通に対応をしてくるな。もしかして顔が見えていないのか?

 ……あの反応は見えてないな。人によって見える見えないを操作できるのか。

 ともかく、だ。


「じゃあ、フェイと泊まるから! 金は警備隊宛に請求しといてくれ!」


 俺はなにかに引っ張られるような足取りで、階段を登っていく。

 部屋に入って扉を閉めて、荷物をぶん投げた。


「じゃ、風呂に先に入って……」


 服を脱ごうとした俺の手にフェイの手が重なった。


『……このまま……このままが良い』


「このままって……くさいぞ? 汗もかいてる」


『仕事の後は汗をかいてるのが普通だし……ノランは臭くない。好きな匂いだし』


「ふぇ、ふぇいっ……!」


 思わず抱きしめる。

 前は少年らしい体だと思っていたが、顔を見た後だとその感想も変わる。

 小さな体だが、それでも女性らしさを感じる身体だ。


「……二年ぶりだから我慢できないかもしれん。が、いいか」


『良くないよ。優しくして』


 脇の下に通っているフェイの腕の感触が強まるのを感じた。

 安心させるために、俺は相棒を抱きしめる力を強める。


「善処するよ」


 二年ぶりの女性の体に俺の体は既に限界が達していた。

 だが、情けない姿を見せるわけにはいかず、本能を理性で押さえつける。

 仕事よりも神経を張り詰めさせ、血走る瞳にクールダウンを命じた。


 なんでフェイは俺を選んでくれたのかは分からない。

 だが、二年間の我慢はこうして実を結んだ訳だ。

 その果実を皿まで貪るように。内なる獰猛を調教してフェイの柔肌を染めていく。

 汗が高まる体温で揮発し、部屋中にニオイが広まる。

 女のニオイが鼻の奥から浸透していき、理性のタガを優しく紐解いていく。

 灯りを落とした部屋の寝台に寝そべる相棒は雌となり、俺は雄となった。

 股ぐらから立ち上る信号を捌き、丁寧な乱暴を施していった。


「フェイ……こわくないか?」


『相手がノランだから……大丈夫だよ』

 

 コイツはとことん甘い言葉をかけてくる。

 表情筋は相変わらず仕事を放棄しているが、その頬は熟れた林檎のように朱色に染まっていた。

 準備は既に済んでいる。というか、急ぎ早に済ませている。

 俺のズボンは俺の肌から離れ、地面から俺を応援してくれているのだ。


「挿れていい?」


 愛撫していた耳元でそう呟くと、フェイは喘ぎながらも頷いた。

 声は出ないが、こういう声にならない声は聞こえるんだなぁ、と。

 文字も殴り書きしたような筆跡に変わり、彼女の限界を伝えてくれている。

 いや、俺もそうとうテンパっていた。挿れていい? なんて。初めてかって。 

 だが、冷静さを装えないほど、フェイの身体は美しかったのだ。

 その身体を俺の色で染めていくという感覚。この独特な支配欲にも似た感覚は、やはり男ならではなのだろうか。そんなことどうだっていいか。

 今は、ただ、この時を全力で────


『あ! やっぱり! ちょっと!』


「怖くないって。任せてくれたらいいから」


『そ、そういうことじゃなくて! まって!』


「さきっちょだけだから、ね?」


『だめ! やっぱダメだよ! ノラン! ちょっ! さきっちょでもダメー!』


 バタバタと恥ずかしくなったのか、暴れるフェイの口に口を重ねた。

 悪い、フェイ。もう限界だ。まじで。

 上の脳みそが下の脳みそに負けちまってんだ。

 フェイの小さな口内に犯すと同時に、下の口内も蹂躙しようとして──


 ちんこが縮んでいった。


「ふぇっ」


 覆いかぶさっていた体を起こして思わず目視で確認。

 さっきまで血流ドバドバで硬くなっていた彼。だが、


「しぼっ、えっ、え、え、え、あれ、えっ!」


 さっきまで元気だった彼の姿は何処へ行ったんだ!?

 平常時よりもしぼみ、冬前の枯れ葉のよりもクシャッと萎んで。


「オレの聖剣が…………これ、なにが起きて……」


 再挑戦できるとかそういう次元の話でもない。

 俺の聖剣は刃を失ったように──いや、ほんとに──萎んでいるのだ。

 こんな元気のない姿を見るのは初めてだ。これは一体……。


『ごめんなさい。忘れてた……忘れてたんだ』


「……まさか、フェイが何かしたのか?」


 涙を流しながら俯くフェイ。俺は膝から崩れ落ちたまま事情を聞くことにした。

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