03 べっぴんさん



 二軒目。フェイが選んだ個室の酒場。

 ひっそりとした部屋で串を丁寧に並べながら俺は泣いていた。


「フェイ~。最近よぉ……女に相手にされないんだよぉ……」


 決して酔っている訳じゃない。酔ってる訳ないだろ。うるせぇよ。酔ってねぇよ。 

 フードの闇の中に消えていった肉串が串だけになって渡され、それも並べた。

 なんで並べてるのか分からないけど、なんか並べたくなったんだ。


「なんか、なんかさぁ……なんか……ううぅ……俺、魅力無くなったのかなぁ。頑張ってんのにさぁ」


 食べる手を止めないフェイに肩を組む。串を受け取り、並べた。


「う、う、ううううう……なぁ〜、フェイィ……」


『ノランはカッコいいよ?』


「じゃあ女が寄り付かない理由はなんだっ! 2年くらい何もしてない!」


『武器に聞いてみるのはどう? そのずっと背負ってる武器にさ』


「武器に聞いて答えてくれる訳ないだろー……?」


 まとめていた串をバーッと取って筒の中に打ち込んだ。

 そこには俺が今からうつ伏せになるんだよ、退けろっての。そもそもなんで並べてあんだよ、意味わかんねぇ。誰だよ並べたの……。


「皆、相手してくんなくなったんだよぉ……。顔を見ると、なんか、怯えたようにどっかいってさ? このままじゃ、右手が恋人になっちまう。するとどうなる? いや、困るんだよ。俺の右手は……こっち左だっけ……まぁ、嫌なんだよ」


 ほんと謎なんだよ。前まで仲良かった奴までも顔を見るとどっか行くし。

 俺の顔に何かついてるのか? いい年して遊んでんなって事か? それを直接言わずに行動で示してくれてるって? 直接言えよ! もーーーーー。


『…………ボクじゃ駄目なのかい?』


「ん? フェイ? なんか言ったか?」


 顔を上げた時には文字は薄れていた。なんか、ちらっと見えた気がしたんだが。

 首を傾げても食べ物をもりもり食べてる。……気の所為か。


「大人の余裕がねぇってことなのかなぁ。もしかして落ち着けってことか!? 男っていつまで経ってもガキだろ!? 俺の知り合いで56歳で女遊びしてギャンブルで金とかしてこの前パンツ一丁になってる奴いるぞ!? それよりも俺は若い!」


『上官は別じゃない?』


「なら俺も別だろう。あれ、串どこ行った……あんなにキレイに並べたのに……」


 もしかして食べた……? フェイが食べた……訳じゃないか。

 いや、あの暗闇の中に吸い込まれたのか。きっとそうだ。

 

「あ、串入れに入ってら。オマエが入れたのかフェイ」


『……勝負はボクの勝ちね?』


「俺ぁ、まだ負けてねぇ!」


『じゃあボクの負けで』


 あっさりと負けを認めるだとぉ……? 

 なんだ。何を考えてる?

 

「……フェイさ」


『なに』


「いや……なんでもない」


『なんだよぉ。……これでノランの勝ち越しかぁ~。で、何が欲しいの? お金?』


「んなもんいらねぇさ」


 腹の底のアルコールと揚げ物が体を鈍くするのが分かる。

 残像の残る視界を閉ざして、壁によりかかりながら剣を杖代わりに立ち上がった。

 個室から出て、財嚢を開こうとしていたフェイを止めて、金を払う。


『ノラン? 勝ったんだからなにか言ってよー』


「前回と同じ。明日もこうして俺と一緒に酒を飲む、以上」


『……』


「無言の時は別にソレ出さなくてもいいぞ」


 出てきた言葉をつねりグイグイとフェイに戻す。

 じろ、と見上げてきたフェイのフードの中に手を突っ込むとガジッと噛まれた。


「気の所為かもしれないけど、お前、俺にわざと負けてるだろ?」


 噛まれたままグイグイと引っ張り、少し上でデコピンを放つ。

 苦しむような声が漏れたフェイを置き、少し歩きながら話をする。


「誘ってるようにも見える。何が望みだ?」


 わざと負ける理由が俺には分からん。向こうが条件を出してくるくせに、いつも負けてくるのだ。何かをしてほしいのか、何かをお願いしてもらいたいのか。

 そう思っていると、フェイの文字が目の前に薄く出てきた。


『……さっき、ソッチが望んでた癖に』


 言葉が目の前に現れ、振り返った。

 ローブの裾を掴むフェイの姿に、俺は自然と自分の後ろ首に手が伸びた。

 そういうことか。


「大人相手に駆け引きすんな。10年早いっての」


 無言のままこちらを見つめるフェイに近づいて背中をぽんと叩く。

 望んでたというのは顔を見せろって話だろう。


「そこまでして見たい訳じゃない。フェイがべっぴんだったら別だがな」


 見せるのは恥ずかしいが、命令されたら見せる。

 だが、それは違う。俺とフェイの付き合いはそんなに浅い訳じゃない。

 見せたくないのを剥いでまで見るのは、仲間として、相棒として相応しくない。


「じゃ、帰るぞ」


 帰路を歩こうとして、袖をくいくいと引っ張られた。

 どうしたものか。なんて言えば満足なんだ、相棒よ。


「はぁ……フェイ。俺はな──」


 ため息をつきながら振り向く。

 そしたら──そこには、どえらいべっぴんがいた。

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