よっしー

 僕が初めて幽霊らしきものを見たのは今日の明け方、金縛りでまったく身動き一つ取れなくなっていた時のことだ。なんとか目だけは開けることができたんだけど、その時、古びた木造造りの下宿の玄関に、大学の友達二人が立っているのが見えたんだ。出迎えるにもさっぱり体は動かない。成すすべなく、ただ玄関を見ていたら、二人は徐々に前向きに傾き始め、ついには地面と水平になった。その瞬間、今まさにこの二人は不慮の事故に遭ってしまって、幽霊となって現れたんだって思った。


 しばらくの後、二人は傘や扉に変化して行き、玄関は元通りの風景に戻ったんだけど、僕としては今の二人が本当に幽霊だったのか考えずにはいられない。まず、こんな夜中二人同時に、不慮の事故に遭うってのが変だ。今日は追い出しコンパがあって、終わった後二人はそれぞれの下宿に帰って行ったから、二人の下宿は遠く離れてるし、あの後二人が会うなんて考えにくい。案の定、昼間大学に行ったら二人はピンピンしてた。どうやら今朝のアレは、幽霊じゃなかったみたいだ。だったら今朝のアレは一体?

 

 すぐに僕は、こないだテレビでやってた金縛り研究特集を思い出した。それによると、金縛りってのは体は寝てるけど脳は起きてるみたいな状態で、現実世界の中で夢を見るような作用があるらしい。二人が徐々に玄関の風景に戻って行ったところからも、その説には大いに賛同できる。どうやら僕は、プールの中から校舎を見上げるように、夢の世界の中から現実世界を捻じ曲げて見てたみたいだ。


 その日の夜、僕はまた金縛りに遭った。理屈では霊の仕業なんかじゃなく、脳と体が起こす現象だって分かっていても怖いものは怖い。気圧が変わったみたいな耳の感じが、恐怖をあおる。なんみょうほうれんげきょうと祈るように必死でお経を唱え続ける。しばらくお経を唱え続けていたら、とんでもない事態となった!


 なんと!僕の右手首をガッシリした冷たい手が掴んだんだ!


 ギャー!!


 と、叫べたら叫んでたと思うんだけど、なんせ金縛り真っ最中だから叫べない。恐怖の中、ただ気味の悪い手の感触だけがある。


 幽霊なんて金縛り状態が生み出した幻覚に過ぎない!


 言い聞かせるしかできなかったんだけど、その時雷鳴にようにある考えが浮かんだ。右手首を掴んでる手が僕の生み出した幻覚だとしたら――。 


 その手を股間に移動させようと意識を集中させる。所詮その手は僕の幻覚なんだから、僕の力で動かせるはずだ。思惑通り、手を腹から股間の方へ向かわせることができた。つまり、その手にイチモツをしごかしてやろうと目論んだわけだ。問題は手がガッシリした男の手らしきところだったんだけど、そんなの念力で若い女の手にすれば良い。冴えまくる僕は、女の手と変化させた手をついにイチモツまで運び、しごかせるのに成功した! 


 残念ながら、こりゃ良いやと思った五こすり目、手はフェイドアウトするように消えてしまった。しかし、この技を発展させて行ければ、手だけじゃなくて体そのものまで生み出せるんじゃないか?そのうち世界中の美女と自由自在にまぐわえるんじゃないかと、僕は壮大なビジョンを展開させ、宇宙の大王になった気分でまったく興奮していた。


 朝、起きてみると、バキバキに折れたエロDVDがテーブルの上に散らばっていた。どうして?と右手を差し伸べたその時、右手首が赤くなっているのに気がついた。


 手形になっていた。


 固まる僕。昨日のアレは僕の幻覚ではなかったのか?


「おい!せんずり野郎!」


 悪寒が全身を包んだその時、後ろから声がして、振り向いてみると、玄関にラグビーのユニフォームを着た浅黒い男が立っていた。やたらガッチリした見たこともない男だ。


「ど、どなたさんですか?」


「五年前、ここに住んでいた住人だ!」


「でも今はここの住人じゃないですよね?」


「今でも住人だ!お前!この腕どうしてくれるんだ!」


 男が僕に向けて差し出した右腕は、えらくほっそりした女のような白い腕だった。


「どうしたんですか?その腕?」


「しらばっくれんな!お前が自慢の太い腕をせんずり用に改造したんだろうが!」


「僕が!?てことは昨日のあの手は?」


「俺の手だ!今すぐ元に戻せ!」


 どうやらこいつは本物の幽霊だ。ヤバい。どう考えても猛烈にヤバい。しかしこいつの腕は、僕が念力で女に変えた物だ。つまり例え本物の幽霊であったとしても、僕の念力は通用するわけで、それってつまり――。


「何をする!止めろ!」


 この男を叶姉妹の妹に変化させてしまえば良いんだ!これぞまさに宇宙の大王の力!今はピンチではなく、大いなるチャンス!


 巨大な胸が男にできた後、男は消えてしまい、それから二度と現れることはなかった。


 なかなか宇宙の大王への道は険しい。

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よっしー @yoshitani

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