第27話 空良の秘密・家族の秘密

「療養中の華子が死んだのは空良が事故に遭って1カ月が過ぎた頃だった―――」 

突然 、幸之助が口を開いた。そう言った幸之助の表情は何だか寂しく、

虚ろな目で気力さえも喪失している。

「え?」

僕は唖然とし瞬きするのを忘れるくらい放心状態だった。

「……死んだって? でも…今…」

心が乱れ、心拍数が上昇していた。おまけに真っ白く濁った脳内は困惑していた。

一瞬、僕の脳裏に何か未知なる仮説が閃き横切っていった――――ーーー。

―――まさか? 

そんなことが…この現世界でありえるのか……

 

さっきの華子さんは見た目も仕草も細かい感情の変化も笑顔も

人間にしか見えなかった。


その時、幸之助は華子がこの世を去って逝く最後の日を思い起こしていたーーー。


「私はね、華子が助からない病気だって知っていたんだよ。それでも、

私は『大丈夫、必ず助かるから…』なんてキレイ事を並べて…研究に明け暮れていた。きっと、私だけは『大丈夫』だって思いたかった…あの時の私は一人になるのが怖かったのかもしれない」


一人? 僕は幸之助さんの言葉に不信感を感じていた。


「……そして、ある朝、私が華子の部屋に行った時―――、華子はもうすでに

死んでいたんだよ」

「……そんな…」

「…その時、人間はもろくて弱い人間だって思い知らされたんだよ。

私はね、自分の強欲さに負け、悪魔に魂を売ってしまったんだ…」

「え…」

「私は研究者だからね。研究職として10年、20年先の未来都市を考えなければ

いけなかった…。それでもね、大地君、私は…どんな手を使っても妻を自分の

手元に置いていたかったんだよ」

「ま、まさか…幸之助さん…華子さんを…」

幸之助は静かに頷いた。

「…君が思っている通りだよ、大地君。私は妻をこの手で……。

私は普通の家族に戻りたかっただけなんだ…」

幸之助は震える声で囁き、俯いていた。


華子さんもAIに……。

それも、幸之助さんが高性能に作り上げたAIヒューマロイドとして

生まれ変わったんだね…。

僕はそれ以上、何も聞くことができなかった。


「幸之助さんには空良がいるじゃないですか…」

「空良…?」


……気のせいだろうか…。

一瞬、視線を逸らされたような…それに曇らせた表情も気になった。

まだ、幸之助さんは何かを隠している…?



「そう言えば、空良はどこにいるんですか?」

空良のことが気がかりだったことは本当だった。

でも、華子さんの話題から離れるつもりで僕は僕なりに考えて出した

言葉でもあった。


まさか、僕の一言が、真実を知る事になるなんて、この時はまだ思いもしなかった。


「……ん!? 空良、ここにいるんですよね?」

僕は確認するように、もう一度聞いてみた。

幸之助さんの表情に少し戸惑いも見られたが、すぐに幸之さんの表情は戻り

口を開いた―――ーーー。

「空良から何も聞いていないのか?」

『え? 何を?』 …と、内心、僕は思っていたが、会いたい気持ちの方が

大きくて、理由を聞く前に言葉が先走っていた。

「早く、空良と会わせてくれませんか?」

「君は空良の全てを受け入れる覚悟はありますか?」

幸之助さんの表情を見た瞬間、ビリッと電流が走るような衝撃を感じた。

―――が、僕はその言葉を口にはしなかった。

でも、まだ空良に何か秘密があるとしても、それでも僕は空良のことを

もっと知りたいと思った。

例え、どんな結果が待っていたとしても、僕はもう、逃げたくはない。

空良と向き合いたい――――ーーー。

今、空良と会えないこの時間が僕は耐えられないーーーーー。


僕は心の底から空良が好きだーーー。空良と未来もずっと一緒にいたいから……


「僕は空良が好きです。この先もずっと空良と一緒にいたい。

だから、本当の事が知りたいです……」


幸之助さんの口の隙間から『ふぅ…』と、空気が漏れ、小さなため息が

聞こえてきたが、僕は聞かなかったことのように水に流していた。

幸之助さんにとって、真実を喋るということは一言では言い表せれない

くらいの重みがある…と、感じていたから…。だから僕は少しでも幸之助さんの

力になりたかった…。


「……わかりました。空良がいる場所へ連れて行ってあげましょう。

こちらですーーー」

僕は幸之助さんの後をついて奥の部屋へと足を進めていく。



「私が人間からAIを作り出したのはたった2体だけなんですよ」

そう、幸之助が無意識に呟いた。


え…!? 2体?


「他のAI達はそれをベースに作り上げた人工頭脳を搭載したレプリカなんだよ」


1体目は華子さん…つまり空良の母親。2体目は…愛子さんか…。

……いや…違う。愛子さんは完璧なAIヒューマロイドだったけど…

あれは人工頭脳を取り入れたAI……でも、いったい…誰の頭脳を

べースにして作ったんだ……。


僕は何だか嫌な予感がしていた。

そう思ったら、あと一歩の所で足が竦んで立ち止まっていた。


「―—ん? やめますか?」

最終確認をするように幸之助さんが聞いてきた。

「え?」

「今なら引き戻せますよ。もしも、やめるのなら もう二度と空良には

会わないでやって下さい。それが条件です。君が空良の全てを受け入れ

られるとは思えない。ほんの少しでも不安な心があるならやめた方が

いいと思いますよ」

「え…」

確かに、そういう気持ちが全然ないってワケでもなかった。

でも――――ーーー、

「大丈夫です。僕は空良に会います」

僕は空良に会うと決めた。

「そうですか…。じゃ、行きましょうか…」

「はい」


幸之助が奥にある部屋のドアノブに手を掛ける。


「ガチャ―」ドアが開く音が聞こえてきた。


「―――ん!?」


その部屋は初めて見る空間だった。


僕はまた夢を見ているのだろうか……そう思うのも不思議ではなかった。

なぜなら、その場所はリアルすぎるほど夢に出てきた何もない空間に

よく似ていたからだった。

そして、僕の視線の先にはガラスで囲われたショーウィンドーがあった。

「え…」うそだろ…

短い距離なのに足並みはずっしりと重く感じていた。それでも僕は目を逸らさず、

ゆっくりとショーウィンドーに向かっていた。

心の片隅ではこれが夢ならいいのに…思っていたが、その視線で見たもの全てが

真実だと僕は確信する。僕の瞳孔全世界は空良で埋め尽くされていた。

空良はそのショーウィンドーに設置されているベットの上で眠っていた。

空良の頭や体中には機材から伸びる医療器具みたいな物が取り付けられていた。

「空良ー」

僕はガラス窓に両手を押し当てて、入口を探すが人間が入れるような隙間も

扉もない。


「空良…。これは…いったい何を…」


僕はただ見ている事しかできなかった。無力だった―――ーーー。


力になりたいと思っていても、何もできない自分にイラ立ちが湧いてくる。

だけど、どうすることもできない……僕の嫌な予感は的中したーーー。

存在感がなくても、僕は無駄に頭だけはいい。でも、小さい頃から頭がいいことを

褒められたことは一度もない。それでも僕は成績で上位にいれば目立って

尊敬され一目置かれる…なんて思っていた。だが、実際は逆効果だった。

僕が頑張って勉強して上位になればなるほど、僕の存在はいつの間にか

消えていた。


自分から話しかけたのは空良が初めてだったんだ――――ーーー。


「君は頭がいいんだってね…空良が嬉しそうに話していたよ」

「空良はAIなんですか?」

「……ああ」

重みのある声が幸之助の口から聞こえてきた。


全然、気づかなかった……。

だって、僕にとって空良は普通の人間の女の子だったから……。


「これは…何をしているんですか?」

「充電をしているんだよ」

「……そうなんですね」

僕は驚きと衝撃で言葉が上手く言えなかった。

「空良の体はフルに使っても12時間くらいしか充電がもたなくてね」

「それで、8時までに家に帰ってくるように言ったんですか?」

「帰って来る時間も含めて、それ以上はバッテリーがもたないからね」

「そうだったんですか」

「大地君とデート前夜にね、空良に頼まれたんだよ。あんな風に

空良に言われたのは初めてで驚いたよ」




――デート前夜のこと。


書斎でパソコンを操作しながらデータの打ち込み整理をしている幸之助の元に

空良が入室してくる。

『お父さん、ちょっといい?』

幸之助は作業をいったん中断して空良の方へと体を向ける。

『何だい、空良…』

『大地にね、デーとに誘われたの…』

『そうかい。よかったじゃないか(笑)』

『それで…もしかしたら遅くなるかもしれないでしょ…その…』

『空良…ちょっとこっちに来なさい』

『うん…』

空良は近くにある丸椅子のゴマを滑らせながら自分の方へ寄せて来て、

幸之助の前に座る。

『空良の体は夜の睡眠時間に朝まで充電して稼働時間をフルに使っても

12時間しか持たないんだ』

『うん…』

『―—8時だ。絶対、夜の8時までには帰ってきなさい。わかったかい? 

それが約束だ。いいね』

『うん、わかった……ありがとう、お父さん』





――――情景は幸之助と大地がいる部屋に戻るーーー。


大地の視線がガラスの向こうで眠る空良に向く。


「―—そうだったんですね」

「君と出会ってからの空良の行動には私も驚いているんだよ。

人間としての感情がどんどん出てきている」

「え……」

「空良は君のことが好きだったんだね―――ーーー」


僕は幸之助さんに視線を向ける―――。

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