第22話 僕と空良の秘密の場所

 僕は学校で空良と2人で会える場所はないかと、休み時間や昼休みを利用して

探検していた。学校中を改めて探索するのは初めてかもしれない。

一度、空良の唇の味を覚えてしまったら次はレモン味の飴を食べながら試して

みたいものだ。りんご味やメロン味、ぶどう味もいいなあ……と、脳内で妄想が

広がるばかりに僕の中に潜んでいた情欲が愛まみれ、空良と交わした甘いキスの

先を思い描きながら興奮と葛藤が渦を巻き、漸く僕はパンク寸前の所で理性を取り

戻した。空良とはもっと楽しく付き合いたいって思っているくせに、考えることは

何ら他の野獣共と同じだ。僕は最悪な男だ。それとも男の思考回路がそのように

操作されているようにできているのだろか。全く理解できない男の欲情を僕は自分でコントロールできずにいた。

体育館倉庫に来た時だった、裏口のドアの小窓からホコリまみれのマットレスと

跳び箱が目に入る。(こんな場所じゃ、さすがの空良も嫌がるだろう……)

ここは却下だな…と思い、僕はその場所から立ち去る。

そろそろ、昼休みも終わる頃だ…。僕は取り合えず校内へと戻って行く。

『5時間目は確か理科の実験で理科室だったような気がする』

ちょうど1階には理科室と家庭科室がある。僕が理科室の前を通った時、

クラスメート達がゾロゾロと賑わしい足並みで理科室がある方へと向かって

来ていた。その音に紛れて僕も理科室へと静かに入って行った。


理科の授業は時間が長く感じていた。皆の声が遠くに感じる。

「気をつけて実験しろよ、一つ間違えれば燃えるぞ」

先生の声さえも遠くに感じる。

前は呆然と時間が過ぎるのを待っていた。

何もしなくても時間は過ぎていく。何も考えなくても時間は勝手に流れていく。

本当に僕はつまらない人間だった―――ーーー。


いつの間にか理科の授業は終わり、理科室には誰一人といなくなっていた。

刻々と流れる時計の音さえも遠くに聞こえる。

窓越しにぼんやりと眺める景色は時間の経過を表すように下校する皆の笑い声や

ザワザワした足音が小さく消えていった。

青空に浮かぶ白雲もまた薄暗い灰雲に覆われ消されていた。


下校時間か……。

僕もそろそろ帰ろうかな。今日もあの河川敷に行くと空良に会えるだろうか……。

そうさ、学校で話ができなくても、あの河川敷に行けば、僕は空良と話ができる。

あの場所が僕達にとって知らないうちに秘密の場所になっていたのかもしれない。

空良は『偶然』だとか『たまたま会ったね』くらいにしか思ってないかもしれない

けど、僕はきっとあの場所に行けばまた空良に会えるって思っていたんだ。

今日、話ができなかった1日分の話を全部するんだ。

『何から話をしようか……』

そう思い、立ち上がった時だった。「ガラ~」とドアが開いた。

僕の目に長い黒髪が映った。そっと入って来る空良の姿に視線が止まる。

「空良? どうして…」

僕の足は空良の方へと進んでい行く。空良もこっちに向かって来ている。

「教室に行ったけど、大地いなかったから」

「え? 二年のクラスまで来てくれ たの」

空良はコクリと頷く。

「5時間目、理科室って黒板に書いてたから……」

なんか、嬉しい…。空良が僕を探して会いに来てくれたことが嬉しかった。

気付いたら僕は空良を抱きしめていた。

「空良、探しに来てくれてありがと。めっちゃ、嬉しいよ」

「大地、ここで何してたの?」

「ん――、ぼーっと外見てたら、時間の事、忘れてた」

「何考えてた?」

「ん――、空良のこと。なかなか学校で話できないから寂しいなあって…」

「……」

空良の声が耳元から途切れた。静まり返る理科室。

こんなに近くにいるのに空良を遠くに感じる。

「空良…!?」

僕はそっと抱きしめた手を空良から数センチ離す。

空良はジッとこっちを見つめていた。頬がピンク色に染まる。

僕は照れくさそうに一度 空良から目線を逸らすが、それでも

空良の視線を感じていた僕はその目線を再び戻した。

空良は僕の方を瞬き一つ見せないで凝視していた。澄んだ瞳に吸い込まれそうだ。

中学の時もそうだったーーー。時々、見せる空良の目力の強さに僕は心までも

奪われていた。見つめられると逸らしたくなるし、でも…再び吸い込まれるくらい

威力があり、魅力的な瞳に僕は空良から目を離せなくなる。


そして、どうしようもなく触れてしまいたくなるような艶のある唇―――ーーー。


空良から漂う香り…。僕はゆっくりと唇を近づけていく……。

空良はそっと瞼を閉じる。

「―――!?」

唇が重なる感触から伝わる甘酸っぱい柑橘系……の味……


―――これは? レモンか……。


僕は唇を1ミリ離し、口元から自然に零れた笑みをほころばせ、

空良に眼差しを向ける。

「レモン味……?」

「よく似ているけど、違うよ…正解はライム…のリップグロスをつけてるの」


リップグロス? 光沢で艶のある唇はリップグロスのせいだったのか……。


―――その時だった。


廊下を歩く足音が理科室の前でピタリと止まる。

「誰かいるのか?」

先生の声が聞こえてきた。


ドアの小窓に映る人影がドアを開けよとしている。


『空良、隠れて』

僕は小さな声で呟き、僕達はしゃがみ込んで机の下に隠れた。

狭い密接空間で僕達は息を潜め、唾を飲み込む。

互いに頭が触れ合っていても、近くにある空良の顔をまともに見れず、

僕はずっと俯いていた。

ドクンドクンと心臓はうるさく音を立てているし、心拍数ハンパねー。

一瞬、空良の艶ある唇が視線に入り、再び頬を赤く染めた僕は恥ずかしさを

隠し下を向く。

「……」

空良は首を傾げ僕を見つめていた。

ドアが開いた時、見回りの先生が見えている視界からは僕達が潜んでいた机は

死角となり、誰もいないことを確認すると先生はドアを閉め出て行った。

セーフ。気づかれてない。

遠くなる足音が耳から離れると、僕達は視線を交わしニッコリと微笑えむ。

「帰ろうか…」

「うん…」


頭を上げた瞬間、「ゴン」と鈍い音を立て僕は机に頭をぶつける。

本当は涙が出そうなくらい痛かったけど、「はっはっ…だいじょうぶ」

と、笑ってごまかした。


僕は窓を開け、僕達は窓から外へ脱出に成功した――ーーー。


すっかり空は暗く、肌寒い風が頬を冷やす。


「空良…寒くない?」

「―—ん…」

「空良…手、繋いでいい?」

「いいよ」

僕はゆっくりと空良の指先に指を絡めていく。

これが恋人繋ぎ――ーーー。

恋人達が繋いでいる手を握る行為を僕はマネしてみた。

何だか空良の手は冷たかった。僕の温もりで温めてあげたいという

感情が溢れていた。

「大地…今日…ずっとどこ行ってた?」

「え?」

「1時間目と2時間目の業間の時は視界に映ってたのに急に見えなくなったから…」

え…空良の目に僕は映っていたの?

「ごめん、ごめん。ちょっと学校探検してた」

「学校探検? どうして?」

「だってさ、学校では空良、皆に囲まれてて話がなかなかできないからさ。

空良と2人きりになれる場所はないかって…その…僕達の秘密の場所を探して

たんだ」

「秘密の場所? じゃ、河川敷は?」

「あそこは…他の人も来るから秘密にはならないよ」


その時、たまたま通りかかった公園のベンチが街灯の光に照らされ視界に入る。

周囲にある全ての物が暗い景色に消されポツリと見えるベンチが2人の空間を

作り上げているように見えた。

「あった!!」

僕達は同時に声を張り上げ公園に立ち寄りベンチに座る。

静かだ。まるで2人だけの世界。

ここでなら言えるかもしれない……。

明日はちょうど土曜日で学校も休みだ。

明日、会う約束をしよう……。

月曜日まで待たなくても僕達は会いたくなれば、学校が休みの土日だって会える。

「空良…明日、また会える?」

「学校は休みだよ」

「うん。そうなんだけど…明日も空良に会いたい」

空良は黙ったまま考え込んでいるみたいだった。

あれ…? 『いいよ』って言ってくれないの?

ここは直球に行くっきゃないだろ。

「ねぇ、空良…僕とデートしてください」

「ごめん…お父さんに聞いてみないと外出できない…」

「え…」お父さん!?

空良は急に立ち上がり僕に背を向ける。

「明日…ここで待ってて。もしも9時に私がいなかったら、

その時は帰っていいから…」


そう言うと、急によそよそしい態度を見せ、空良は走って帰ってしまった。


マジか~~? もしや空良ってファザコン?


冷たい風がひんやりと吹きつけ僕の心に染み込んできた。


空良と僕には境界線があって、そこはまた大きな壁に覆われている。

近づいたと思うと空良は離れていく。なんで?

もしかしたら空良の領域に入ることは僕が思うほど簡単なものじゃない

のかもしれない。運よく領域に入れたとしても、また空良を遠くに感じる。


僕はその境界線がある通り道にできた空洞にうっかり落ちそうになっていたーーー。



明日、どうか空良と この場所で会えますように……


僕は夜空を見上げ星に願う――――ーーーーー。




















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