第12話 夏祭り

―――8月。


高校入学から5か月目に入り、あっという間に夏休みだ。

僕は中学同様、友達は一人もできずに夏休みを迎えた。

きっと、僕はこのまま一人も友達ができず、

誰にも気づかれないまま高校三年間を過ごすのだろう……。

それが僕の人生なら仕方がない。

僕は夏休みだというのに、日々やることもなくアホの一つ覚えみたいに

ぶらぶらと土手から下りた河川敷に来ていた。ここに来れば、なぜか落ち着く。

寝転がり見上げた空は今日も青く白雲が流れるように動いていた。

白雲は時々、姿を変えては消え、また違う形に変化していく。

おもしろい。僕もあんな風に全く別の生き物になれたらもっと

違った人生があったのかなあ……と、想像するだけで面白くなった。


次第に辺りはいつもより何だかザワザワと騒がしくなっていた。

僕は上半身を起こし情景を見渡す。トラックが数台入れ違いで入って来る。

荷物を下し何か組み立てているみたいだ。それも一人ではない。

複数名…いや…それ以上の人数かもしれない。

「早くしろよ、時間がないぞ」

「はいよ」

そして、何もなかった河川敷から土手にかけて華やかな屋台が次々と並び始めた。

 

い、いったい…これは…

な、なんだ!? 何かイベントがあるのか?


僕は目前の情況を把握できず、その瞳孔をキョロキョロと左右に動かす。

誰も僕の存在には気づかず、皆、目の前の仕事に集中しあわただしくも

黙々と作業をしている。その時、何かが空からヒラヒラと風に舞って下りてきた。

無意識に僕は腕を伸ばしそれを手に受けていた。


それは【本日 夜7時より夏祭り開催。花火、屋台あります】といったA4紙に

書かれたチラシのような物だった。内容はシンプルなゴシック書体で書き表して

いたが、花火や屋台の絵も鮮やかな色彩タッチでインパクトも十分あるポップな

広告だった。


「夏祭り…があるんだ…」

それは僕が生れて初めて見た光景だった。

今まで僕は夏祭りや七夕、クリスマスなんて行事には無縁な男で、

本当につまらない10代だなと改めて感じた。

準備をしている大人たちは生き生きした笑顔で溢れていた。


皆、楽しそうだ……。あんな、笑顔…僕にはできない…。

ただ、集中した時だけは他のことを忘れるくらい僕は何かに没頭している。

それが僕にとっては勉強だっただけ。その勉強さえもいざトップに立ってみると、

ちっぽけなことのように思える。あとは脱力感しかない。

何をしていても無力で感情さえも失くしていた。


やがて空は暗くなり、辺りは大勢の人で賑わいを増していた。

煌びやかなネオンと屋台の明かりが黒夜を照らし、美味しそうな匂いが

プンプンと漂ってくる。

僕は立ち竦み、呆然と見ているだけだった。だけど、その足は吸い込まれるように

気づけば屋台がある土手道に向かい進んでいた。ポケットには小銭くらいしか入って

いなかったけど、僕は辺りをキョロキョロと伺いながら初めて見る光景に胸を弾ませていた。だが決して、その感情は表に出すことはなかった。


その時―――ーーー、


「ヒュードン! ドン、バァ―――ンーーー」


え……!?

頭上で大音響が聞こえ、ビックリした僕は思わず音がする方へと視線を向けた。


丸くて大きく開いた花の様に打ち上げられた花火は「ドン、ドン、パパパァ――ン」と、連呼するように鳴り響く。

一瞬で目が奪われるような花火が次々と音を立ててはイルミネーションを繰り返し、色鮮やかに夜空を輝き続けていた。そして、僕の横視界からは僕と同じように夜空を見上げ光照らす花火を見つめる人影が入り込んできた。

彼女は髪をアップに結い、上品さを引き立たせるような清楚な浴衣を着ていた。

僕はその美しさに思わず見入ってしまっていた。周りのザワザワした雑音など遠くに感じる程、僕は彼女の横顔に見惚みとれていたのだ。

この感覚…前にも感じていたような……。

僕の視線に気づいたのか、彼女も僕の方を見ていた。

ドキッ…。僕の頬が少し熱く火照ってきたようだ。

多分、僕の頬は薄紅色に染まっている。恥ずかしくて視線を合わせられずにいた。

花火が終わるまで僕と彼女は一定距離を保ちながら同じ時間を共用していた。

彼女の名前も歳も知らない。

初めて会った彼女になぜか僕は惹かれていた。不思議な感じがする。

「ヒュー ドン!! ドーンーー」

最後の花火が打ち上がり、色鮮やかな花を開花させた後、はかなくも散っていった。

何だか虚しさが名残る。ふと僕は隣に視線を向ける。

彼女の姿は消えていた。

「……」

僕はしきりに辺りを見渡すが、彼女の姿はどこにもなかった。

夢か幻か、現実か、なんてことさえも僕はわからなくなっていた。

「帰ろうかな…」

僕の足は自宅方面へと向かう。


「空良―—」


誰かが呼ぶその名が背後に聞こえ僕は条件反射で振り返る。


「はい、りんご飴だよ。好きでしょ」

友達らしき女の子が彼女に話しかけて手にしたりんご飴を彼女の前に

差し出していた。

「ああ、うん。ありがとう」


その名前に聞き覚えがあった。薄っすらと脳裏に蘇る記憶―――。

僕の足は引き寄せられるように人混みをかき分けながら彼女を追うが、

彼女は人混みに紛れ、僕は彼女を見失う―――ーーー。


静寂した夜が夏祭りの終わりを迎え、人々は帰り、屋台がポツポツと店仕舞いを

始めていても僕は一人、呆然とその場で立ち竦んでいた。


そして、僕は暫くの間、彼女が消えて行った方角をぼんやりと眺めていたのだった。




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