第41話 巨体化

「ちょっ! 待ちなさい!」


 蛍が懐から再びクナイを取り出さす。続けざまに三連続で投げられるクナイはヴァシジの背後を確実に捉える。


(当たれ!)


 蛍の投げたくないが見事に命中する。背中に直線を引くようにきれいに三連で突き刺さったクナイ。


 ――しかし、ヴァシジは止まらない。クナイの刀身は筋骨隆々の背中に深々と刺さっている。痛みもそれなりに伴うはずだ。しかし、ヴァシジの勢いは衰えることなく祝詞を唱えるアルフレドに一直線に向かってゆく。


「しまった。私では止められない!」


 蛍は指を口にくわえると大きく息を吹き込み、高い音色が祭場まで一気に響き渡る。コテツはその音にいち早く反応し、ヴァシジが現れると考えられる方角へと走り込むと、腰の刀を抜き腰を落とす。


「殺しはしない。しかし、ここを通すわけにはゆかぬ!」


 森を駆け抜ける音は地響きとなり、振動は祝詞を読み上げるアルフレドにまで伝わる。しかし、アルフレドがひるむことはない。経典をもつ手に揺らぎは見えず、開く口からは滑らかに言葉が紡ぎだされる。


 木々から一斉に鳥が飛び立つ。コテツのすぐ目の前を通る鳥たち。そのうちの一羽がコテツの鼻先を通り過ぎる。普通の人間であれば瞬きを許してしまうほどの距離。しかし、コテツの視線は森から離れることは無い。


「ウヴァァァ!」


 数羽の鳥に続き巨体が空中に飛び出す! 黒いたてがみを風になびかせながら、その巨体が弾丸のように一直線にアルフレドに発射される。手の鋭い爪は明らかにアルフレドに向けられており、肌理の粗いノコギリ歯はアルフレドを噛み千切ろうとしている。


「フンッ!」


 コテツが息を吐くと、屈んだ太い脚が解放され、一直線に真上へと上がる。刀の刃を逆刃にしてヴァシジの爪を受けると器用に身体を翻してヴァシジの顔面を蹴り飛ばす。ヴァシジは勢いを落とすと、しめ縄の外にはじき出され、その場に着地する。


 コテツとヴァシジは睨み合う。


「――我らの罪を許し給へ、我らへ罪を犯すものも許し給え」


 コテツが横目で確認するがアルフレドの祝詞に一切の揺らぎはない。皆が教主と見込んだ男である、肝が座っている。


 コテツはヴァシジを観察する。以前の神獣として崇められていたヴァシジと変わりのない肉体、貫禄、威圧感。まさに神獣としてふさわしい魔物である。しかし、以前のように意志が通じ合っているよう様子は微塵も感じない。歯をむき出しにし、後ろ足で不愉快に地面を蹴る姿を一言で表すならば、それは、【怒り】という言葉がぴったりだろう。


「我らの不甲斐なさに怒るか、それとも異教の力を借りなければ信仰を取り戻せない我らに対する罰なのか――」


 双方が睨み合うなかヴァシジの左右、後方よりクナイが投擲される。ヴァシジもクナイの気配には気付いている様子ではあったが、目の前にいる強者より目が離せなかったようである、致命傷を避けながら器用に身体を浮かせると最低限のクナイを躱す。


「隙あり!」


 クナイを避けた僅かなヴァシシの隙を突き、コテツが一直線にヴァシジの正面へ大きく踏み込む。強靭な脚より繰り出された踏み込みは一瞬で間合いを詰め、ヴァシジへと肉薄する。


「五虎汰!」


 コテツの刀が一瞬にしてぶれると三本のかぎ爪となって三方向よりヴァシジを襲う。クナイを回避するため僅かに浮いていたヴァシジの体はコテツの斬撃に押し出され、その巨体は木々をなぎ倒しながら森に吹き飛ばされてゆく。


 その様子を見てヴァシジの左右と後方より蛍、ナグモ、ナグモの部下が顔を出した。


「どうだコテツ!?」


「殺すつもりはない。加減はしたが直撃したはずだ」


「コテツ殿の斬撃をまともに食らったのならばいくら神獣とてぶじではいられまい」


 並みの魔物であれば起き上がってくることはありえない。むしろ元の形を保っていられるかレベルの攻撃である。しかし――


「ヴゥォォォォォォォォォ!」


 森の中より咆哮が轟き渡り、咆哮はその場にいる者達の肌を衝撃により震わせる。先ほどの一撃でもヴァシジへのダメージはさほど感じられない。


「アルフレドへの攻撃はとりあえず阻止ができたようだが……」


 ヴァシジの吹き飛ばされた先へ皆が一斉に視線を送る。


 ヴァシシは木に駆け上り、自分の存在をドラミングにより最大限にアピールしている。まるで自分への攻撃がまるで効いていないとでも言っているかようだ。つづいて、ヴァシジはこちらを睨みつけながら歯をむき出しにしてこちらを威嚇してくる。


「う、噓でしょ?」


 蛍の声に怯えの色が見える。


 ヴァシジが全身を強張らせると、見るからにでかい巨体がさらに二回りほど膨れ上がる。全身の肌肉を肥大化させ、はち切れんばかりに血管を浮かせる。


 そんなヴァシシの視線は祝詞を読み上げ続けるアルフレドだけを捉えていた。

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