第25話 思索

 「双方で結ぶ契約内容についてはこのような文面で如何でしょうか?」


(一、二の項目については全く問題ない。問題は三項目以降の文言だが……宗教活動による不利益か。デモゴルゴ教が町での存在感を増せばセントの商売や村長としての地位に不利益が確かにでるかもしれないな。まぁこの町でデモゴルゴ教を広めたといったからといって、この町を支配することが目的ではないが……)


  本音でウインウイン関係を望んでいる? ……四の損失を補填か。商売は水物だ。そこまで言い切って問題ないのか? セントがどこまで金をため込んでいるかは分からないが、個人的には太っ腹な契約内容な気がする。少し……ひっかかるな。


 そして、五項目目だ。三で不利益を与えないと言っているのにデモゴルゴ教の信者を把握しようとどういうことだ? 町長としては知っていたいと言われればそれまでなのだが……六はまあそうだろうな)


「布教活動について伺っても? ご迷惑にならない範囲内でやらせて頂こうと考えていますが、基本は自由に布教していいと考えて宜しいですか?」


「すいません。これから申し上げようと考えていたのです。タチアナに属するわが町では、女神教を推奨されています。ただしあくまで推奨なので宗教の自由は認められています。そこで、デモゴルゴ教の布教につきましては一部制限をかけさせて頂きます」


(やはり都合の悪いことは全て話しはしないか……。契約を結ぶ前に根ほり葉ほり聞いておかなくてはならない)


 セントに話しの続きを話すように促す。


「アルフレドさんが町南部で布教活動をするのは自由にしてかまいません。ただし、北部では女神教の手前、布教は七日に一度にして頂きたい。私どもも、タチアナに属するものでございます。そこはご容赦下さい」


(七日に一度となると北部の町民には布教が弱くなるな。しかし、南部の地固めをしてから北部に力を入れるのも悪くない)


「この契約、前向きに考えさせて下さい。しかし、今日の私はかなり酒も入っている。明日の朝、改めて契約というのはいかがでしょうか?」


「そうですか? 特に疑問点がなければ準備にも取り掛かれますし、契約は早い方が良いですぞ」


 柔らかい言葉を使い、丁寧に話をしているがセントの表情はそうは言っていない。早く契約書をに判を押せと言っているように見える。


「そうかもしれませんがマリアナにも詳しく話をしておきたいのです」


 アルフレドが視線を横へとずらすと、寝息を立てて船を漕ぐマリアナがいる。セントは一瞬口をキュッと締めるとすぐにいつもの商人スマイルに戻る。


「そうですな。今晩一晩ゆっくり考えて下され。部屋を用意してございます。メイドについて行って下され」


「ありがとうございます。では明朝に改めて」


 ファーがマリアナを背負うと、メイドに案内され三人は部屋を出る。メイドはスタスタと歩き、部屋まで案内すると、笑顔のまま部屋を後にする。扉が閉まり物音がしなくなるとセントはベッドに横たわるマリアナに声をかける。


「おい、起きてるんだろ? 話がしたい」


 マリアナは大きく伸びをし、起き上がるとベッドのへりに腰を掛ける。目を軽くこすると少し不満げな表情をする。


「だって話が長いんだもん。さっさとファーに捕まえさせれば良いじゃない。私が頭をいじって言うことをきかせてあげるのに!」


「お前な、物騒な事をさらりと言うなよ。誰かが聞いていたらどうするんだ。人を呼ばれて困るのは私たちだぞ。セントが悪人なのは間違いない。イスガンにハッキリと聞いたわけではないが、きっとピートモスの暗い話には必ず一枚かんでいる。しかし、イスガンは不本意なながら私たちの仲間だ。ばれてしまえば元も子もない。イスガンの名前は利用するだけに留めなくてはいけない」


「なんか今回はめんどくさいね。ちなみにこの部屋の回りには誰もいないよ。いたらファーがここにいるはずないし」


「それなら安心だな。それよりあの契約書について知りたい。あれが本物というのは分かった。他にも気付いた事はないか?」


「私も専門ではないから細かいところまでは分からない。ただ、ファーの反応を見る限り本物なのは間違いなさそうよ。私からアドバイスできるのは一点だけ。お互いの不利益がないように契約は書かれているけど、それはあくまで契約を結んだ後に対して効力がでるものよ。契約前についてはたとえ不利益があったとしても誓約書の効果は反映されないわよ」


「ん? ということは予め相手を騙していたとしても契約を結ぶ前であれば構わないと?」


「そういう事ね。例えばの話だけど、契約後にデモゴルゴのがピートモスで殺戮を行えばその損害をアルフレドが負担しなくてはならないわ」


「本当か? だとすれば、デモゴルゴ教は今から人集めをして規模を拡大しようとしているのに対し、今回の契約では不利にならないか?」


「そうね。ただ、相手側にも同じ事が言えるわよ。もしもだけど、契約後にセントが他の者を使ってデモゴルゴ教の布教を邪魔をするなら契約違反。契約前に予め第三者に邪魔することを依頼するのは契約に反しないわ。明日の条文には新規信者についての項目を追加したらいいんじゃない?」


「なるほど。それに契約前について妨害が許されているのであれば、今、この時、セントも何かをしているかもしれないということか……。こちらからも予防策として妨害を開始する……か。マリアナ、フヨッドに戻ってドールとモア、それにイスガンとグルと外側からサポートしてくれないか? 布教するのは俺とファーでする。そうすれば契約の対象は二人だけになるだろ?」


「それは構わないけど。二人でいいの? 布教活動ってかなり大変なイメージがあるけど」


「まあな。お願いすればフェルドスタイン家族も多少は手伝ってくれるだろうし、こちらは何とかなる気がするんだ。それより外からの妨害に縛られる方が辛いだろ。いくら戦力としてファーとモアがいるからといって数でこられたら不利になるわけだし。あ、マリアナがいなくてもファーは私の言うこと聞いてくれるんだよな?」


「大丈夫よ。私から伝えれば絶対にアルフレドを裏切ることはないわ」


「それは安心だ。ファー宜しく頼む」


「……」


「まっまぁ、よろしく頼むよ。はぁ、今日は朝まで契約書とにらめっこになりそうだな」


 アルフレドは机の上に置かれているコップの水を空にすると、メモに残してきた誓約書の中身を睨みつけ、あーでもない、こーでもないとブツブツと口にしながら時々ペンを動かす。


 作業はアルフレドが椅子に座った深夜から、陽の光が窓から差し込んでくる朝まで続いた。

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