第18話 改心

 もうすぐ春だというのに夜はまだ冷え込む。しかし、目的の達成感の為か、あるいは命を取り留めた安心からくるものかは分からないが、グルに殴られた後遺症を始め、擦り傷や打撲など傷痕の調子がすこぶる良い。


 アルフレドはグルの着ていたいくつかの服を自分用に直し着ていたが、今は麻と羊毛で縫い込まれた黒い上着を着こんでいる。今回の作戦の手伝いをしてくれた者の妻達から礼として贈られたものだ。


(確かに司祭服で四六時中いる訳にはいかないし、小汚い元の服を着る訳にはいかない。対価を求めて死体を集めた訳ではないが、これくらいは許されるだろう)


 さて、しんしんと冷える夜中にアルフレドが起きているのには理由がある。集落に騒めきが起きているのだ。ドールに至っては眠れなくなるほど心配したのか、アルフレドの家まで直接訪ねてきている。


「さて、これはどういうことだ?」


 アルフレドが座る椅子の前には二人の人間がいる。一人は悪びれた様子など微塵も見せずにニヤニャと笑うマリアナ。獲物を捕らえたことを褒めて欲しい猫のような仕草を見せる。もう一人は……。


「もう一度聞くぞ。これはどういうことだ」


  マリアナは自分が起こした行為でアルフレドが喜んでいると確信している。


 もちろんそんなわけがない……。


 マリアナの隣に背筋を伸ばしながら立つのは革鎧の人間である。無精ひげを綺麗に剃り、中年に差し掛かかる男。悲壮感が漂っているが、目だけは異様にギラついており、爬虫類顔である。ちなみにこの顔をはっきりと見るのは初めてだがアルフレドにはこの男がはっきりと分かる。


「お初にお目にかかります。私の名前はイスガン=レスリー・スティカートです。この度は私の愚かな行いで皆様を苦しめ、大変申し訳ありませんでした。また、改宗の機会を賜り、わたくし、イスガンは心から血の涙が止まりません。この身が朽ちるまで全力で仕えさせて頂きます」


(この女、やりたがったな)


 イスガンは背筋を伸ばし流暢な言葉こそ話している。しかし、特徴的な爬虫類の黒目は左右に離れ、それぞれに動いており、時々ラムネ瓶のビー玉のようにクルクルと瞳が回っている。不幸なことに元々の顔のつくりも相まって完璧に狂人に見える。


「マリアナ、説明しろ!」


 余計な火種を持ち込んだマリアナに対して一気に頭に血が上る。しかも本人は悪びれた様子を見せない。いや、むしろ不満そうである。アルフレドは席を勢いよく立つと、片足を大きく踏み込みマリアナに迫る。


「お待ちを。私から説明させて頂けませんか?」


 マリアナとアルフレドの間に身体を滑り込ませたイスガン。視線の合わない目をこちらに向けながら申し訳なさそうに頭を下げる。アルフレドもマリアナを殴ることはない、殴った瞬間に巨体のモアに何をされるか分かったものではない。むしろ殴りかかった時点であの巨体から繰り出される怪力で顔を潰されかねない。


「私は数多くの罪なき者を手にかけてきました。人生の最も美しい瞬間の女、未来が輝く子供、余生を静かに暮らす老人。償い切れないほどの人数です。正直、私がこの罪を償う事はできないと考えております。――しかし、アルフレド様を助け、デモゴルゴ神の教えを説くお手伝いをすることで人間はもちろん、魔族、亜人、人ならざるもの全てを救えるとマリアナ様よりご教授頂きました」


「…………」


「もちろん、私が布教に役立てるとアルフレド様に許可をとってからの話です。手始めにこちらを」


 イスガンの手から渡されたのは両手にちょうど収まる程度の革袋。手にずっしりとくる重さから中には貴金属が入っているのが分かる。


「これは私が領地を飛び出す際に隠し持ってきたものでございます。盗んだものではございません。人を動かすのには金がかかります。どうかお納めください」


 ガーネット、トパーズ、アクアマリン。小さく整えられた銀のインゴット。しかるべきところで売り払えば屋敷が買える金額である。これから本当に布教活動を進めていくのであれば、喉から手が出るほど欲しい金である。


「そして、この先の布教活動の足がかかりもマリアナ様にお伝えしてございます」


 足がかかり? 嫌な予感がする。しかし、アルフレドがイスガンの申し出を断り、この集落から一人で自由な生活を送れるだろうか? 無い。それはありえない。マリアナが敷いたレールに乗ってしまったのだ。気軽にこのレールからは逃れる事はできない。マリアナとイスガンを交互に見るとイスガンより革袋を受け取り、仲間に向かえることを渋々了承する。


「あぁぁぁぁぁぁぁ! ありがとうございます!」


 イスガンは爬虫類のような目から滝のような涙を流すと、直立不動のまま自分の身を地面へと投げ出す。五体投地というものだろうか? 


 アルフレドは五体投地を繰り返すイスガンをグルに任せ、痛み出した頭を右手で抑えると、その場にいる全ての者へと背を向け、自分の寝室へと戻っていった。


――デモゴルゴ信者数 12人

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