第14話 砦に居座る者

「うへへっ! 次の獲物を出せ!」


 声の主は酔っているのだろう? 砦内に響く声は陽気ではあるが、呂律が回っていない印象を受ける。夜は更け、辺りはすでに夜の帳が降りている。


 煌々と焚く篝火が照らす声の主はスカルヘルムに擦り切れた革鎧。顔全体に無精ひげを生やし、歳は中年、表情には人生への諦めや悲壮感が漂っている。しかし、目だけは異様にギラついており、爬虫類を想起させる。


 爬虫類顔の男は牢の中にいる部下に何やら命じているようだ。錆び着いた牢の扉が開き、ニヤついた男が外へと出てくる。男は右手に何かを持ち、奥から引きずろうとしている。


「や、やめて。お願い!」


 牢から若い女の声が響く。閉じ込められていたのはみすぼらしい服に身を包んだ女、歳は若いのだろうが、あばら骨が浮き、身体のあちこちは内出血で紫色に変色している。部下の男が女の顔を掴み顎を持ち上げると女の顔が露になる。右目は殴られ大きく腫れあがり、口の中を激しく切ったのか口の回りは乾燥した血液で固まっている。


「あぁん。お前、まだ生きていたのか」


 爬虫類顔の男は、髪を掴まれた女の顔を見ると嫌悪感に満ちた表情を浮かべる。二度、三度と女の顔を平手でたたくと、上から見下ろし何やら思案し始めた。


「おいっ! あれだ、あれ持ってこい!」


 別の部屋にいると思われる部下に爬虫類顔の男が命令を下す。別室の男はすぐさま悲鳴のような返事とともに椅子から立ち上がると、大きな足音を立てどこかへと向かった。


 やがて部下が持ってきたは果実のような形をした鉄の器具。上部にはねじのようなものがついており、ネジを回すことによって鉄の果実の部分が開閉する仕組みになっている。


「イスガン様、こ、これを本当に使うんのですか? サイズもこの女にしては大きすぎます。もしこの器具を使えばその女は……」


 イスガンと呼ばれた男はぎょろっとした目で部下を睨みつけると、部下の男からゆっくりと鉄製の器具を受け取る。部下の男は近くで凝視され、あまりの恐ろしさに思わず体を強張らせる。まるで、蛇に睨まれたカエルのようである。


「これはなぁ。苦悶の梨って言うんだ」


 イスガンが苦悶の梨のネジをクルクルと回すと、果実の先の部分がキリキリと開いてゆく。ある一定のところで一度動きを止め、女の目の前に苦悶の梨を見せつけると、ネジの部分を開放し果実の中に生える無数の鉄の針をマジマジと見せつける。


「この苦悶の梨の持ち主はよぉ。かなり気合が入っていた奴みたいだなぁ。針は不揃いで一部の針は湾曲し、返しのようになっている。つまりよおぉ。これがお前の中に入ったら……うけっ。うけっけ」


「ひぃっ、ひぃぃぃぃぃ」


 女は髪を掴んだ手を強引に抜け出すと、腰がぬけたまま後ずさりを始める。イスガンは歪んだ口の口角を上げると、ネジを右に左にとキリキリと回しながら、後ずさりする女にゆっくりと迫る。やがて女は壁際に追いつめられると声にならに声を上げイスガンに助けを求める。


「――安心しろよ。すぐには殺さない。ゆっくり、ゆっくり俺と楽しもう」


 イスガンと女を残し、部屋の扉が閉まる。部下の男達は青白い顔をしながら、まるで逃げるかのようにそそくさと部屋を出る。やがて動物の奇声のような声が響き渡る。部下の男たちは砦全体の扉という扉を塞ぎ、両手で耳を抑える。男たちは声が聞こえなくなるまで砦より離れ、それからしばらく歩くと、力なくその場にある石の上に腰を下ろした。


 ※※※


「――砦を占拠してるのは極悪非道、慈悲をかけるに値しないゴミ人間だ」


 砦に向かいながらグルが集めてきた情報を確認するのは、マリアナ、モア、そしてアルフレドである。フヨッドを離れ二日。距離にして十キロほど。人間離れしたモアやグルはいくらでも距離を稼げるだろうが山道に不慣れなマリアナとアルフレドにとっては二日で歩ける距離としてはこれが限界である。


 砦まで一時間というところまで来ると、周囲を警戒しながら歩き、グルが目星を付けてきた窪地で休憩をとる。この窪地であれば警戒にあたる者がいたとしても上手く身を隠すことができるであろう。四人は窮屈そうに身を屈めながら、簡易的な地図を見てアルフレドの指示を受ける。


「砦に住む傭兵崩れは、元貴族のイスガン・レスリー=スティカート。国で不正を働いたのか? 犯罪がばれたのか? 理由は分からないが、ここまで落ちのびてきたらしい。自身の資産を食いつぶしながら、元部下と共に傭兵をやりながら山賊の真似事のようなこともしている。奴らが、この奥にある砦を拠点にしているのも把握できている」


「えっと。人数は二十人位だっけ? ただ殺すならあの程度の集団モア一人で問題ないじゃん。正面から突っ込ませて殺しちゃおうよ!」


 マリアナはぶっそうな言葉を笑いながら言い放つ。アルフレドはそんなテンションのマリアナにまだ慣れないようで、受け答えにいちいちドギマギとしてしまう。アルフレドはマリアナの言葉を丁寧に遮ると今回のコンセプトを確認する。


「いいか、モアにはもちろん活躍してもらう。ただし、今回気を付けなくてはいけないのは死体の状態をできるだけ良い状態で確保するのと、この襲撃の目撃者を逃してはならないということだ。以上の点を踏まえて私が考えた作戦は……以前に伝えただろ?」


「分かってる、分かってるって。アルフレドの言った言葉は忘れてないから安心して」


(今の発言を聞いてどう安心すればいいのか教えてくれ。とんでもない錬金技術を持っていながら、この発言……いや、人には得手不得手があるということか。そんな事を考えている私も戦闘に関してはド素人だ。奇襲とはいえ、モアがいなければ間違いなく勝てないであろう。兵と一対一になれば間違いなく命を取られるのは私だ)


 一通りの話が終わると軽く食事を済まし、各々休憩に入る。あと数時間もすれば日の入りである。作戦は夜に結構だ。アルフレドの実行している作戦が失敗したらどうなるか? 想像すると胃の辺りから口にすっぱいものがこみ上げてくる。アルフレドは込み上げてくる胃の内容物を押し戻すために頻りに唾を飲み込む。


(……考えるのは止めよう。結果が変わらない悩みは考えても心をすり減らす)


 持ち前のポジティブさで不安を捻じ曲げると、目を閉じ、窪みに背中を預けると、日暮れまで眠りについた。


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