第6話 初仕事

 台本、というものを読む。


 これは私が出演することになっている映画の台本である。原作は別にあり、それは『漫画』なのだそうだ。勿論私は漫画というものを知らない。だから、漫画も貸してもらった。そして、私はその漫画を……、


「なんて素敵なお話なのかしらっ」

 泣きながら、読んだのである。


 そしてこの漫画は、アニメにもなっていると言われ、その『アニメ』というものも見た。声が入るだけでこんなにも世界は膨らむのだと知る。そもそも、漫画が色をまとい、動くことが素晴らしかった。


「乃亜、また読んでるの?」

 母に怒られるくらい、私は夢中で読んでいた。面白くて止まらなくなっていたから。

「まぁ、お母さんもその話、好きだけどさぁ」

 同じ話題で盛り上がれることがとても嬉しかった。母の推しと、私の推しは違うけれど、それでも親子で語り合えることがあるというのは、私にとって新鮮で、とても楽しかった。

「しっかし、あんたがマッチョ好きだったとはねぇ」

 ふふ、と笑って母が言う。

「だってっ、素敵だもの! それに見た目で好きになったのではないのですっ、彼の優しさとか、面白さとかっ」

「はいはい、わかってますって」


 ダンスはなかなかうまくならないけれど、私の毎日はとても充実していた。そして二週間が過ぎ、あっという間に撮影の日がやってくる。


*****


 顔合わせ、というものがあったようなのだけれど、私はそれには参加できなかったので、本番当日が、まさに初顔合わせとなってしまった。


 スタジオにはセットが組まれ、そこには私が目を覚ました時と同じような、病院の個室が再現されている。


 何台ものカメラ。スタッフや、メイクさんなど沢山の人が台本を片手に忙しなく動き回り、準備を進めている。


「すごい……ですね」

 佐々木マネージャーに連れられ、私はキョロキョロと周りを見回しながらとんでもない緊張感に、体を固くしていた。

「乃亜のお相手……共演する子も新人みたいよ? モデルだって言ってたかな? あ、おはようございます!」

 佐々木マネージャーは、すれ違うスタッフ全員に挨拶をしながらそう話す。


 そういえば、時間は朝ではないのに、芸能界というところは必ず『おはようございます』と挨拶をするのだと教わった。

「スターゴールドアーツの、水城乃亜です。よろしくお願いします!」

 私も、言われた通り、一人一人に名前を名乗って頭を下げる。


「お相手の方も新人さん……なんですか」

「ええ、そう。めちゃくちゃカッコいい子みたい。よかったわね」

 よかった……のかどうかはよくわからないけど、相手も新人、というのは少しだけ、私の心を軽くした。元々私は寝ているだけの役ではあるけど、共演者に迷惑をかけるようなことがあっては困ると思っていたから。


「あ、ほら、あの子」

 佐々木マネージャーが指した先には、確かに顔立ちの整った、素敵な男性が立っていた。背も高く、とてもハンサムだ。とはいえ、芸能界という場所は美人とハンサムの寄せ集めのような場所であるのだが。


「おはようございます」

 佐々木マネージャーが声を掛けると、二人の男性がこちらを振り返る。

「スターゴールドアーツの佐々木です。今日はうちの水城乃亜がお世話になります

 名刺、という、名前の書いてある小さな紙を差し出すと、男性もまた、名刺を出した。


「ああ、どうも。ケ・セランの橋本です。水城乃亜さんて、マーメイドテイルですよね?」

「あら、嬉しい。知ってます?」

「動画で見たことありますよ。これからグンと上がってきそうな新人アイドルグループですよね。期待してます」

「ありがとうございます」

 佐々木マネージャーが嬉しそうに言った。

「あ、相手役させていただく、うちの……、」


「初めまして。凪人です。大和凪人。よろしくお願いします」

 スッと手を出され、私はそっとその手を握り返す。

「水城乃亜です。よろしくお願いします」

 思わず、手を取ったままカーテシーをしてしまう。

「え?」

 一瞬驚いた顔をしたものの、すぐにふっと顔をほころばせ、言った。

「緊張、しますよね」


 キラキラだ……。

 なんてキラキラなんだろう。


 彼の立ち振る舞い、表情、どれをとっても洗練されている。こんなにかっこいい人が、三枚目であるあの役をやるだなんて。


「じゃ、私少し橋本さんと話してくるから、乃亜は大和さんと話でもしてて」

「えっ? あ、はい」

 私を置いて行ってしまうのっ?

 心細さでいっぱいになりながら、その背中を見送る。


「座って話でもしようか」

 大和さんがそう言って近くの休憩スペースまで連れ立ってくれる。

「映画は初めて?」

「あ、はい。この世界すべてが初めてです」

 おかしな答え方をする私に、また、くすっと笑顔を見せる。

「俺も芝居は初めて」

「あのっ、なんで……その、役者を?」

 つい、興味本位でそんなことを訪ねてしまう。と、彼は少し考えて、

「実はさ、芝居に興味があったわけじゃないんだよね」

 と頭を掻く。

「え?」


「カレントチャプター、読んだことある?」

 原作の話をされ、私は目を輝かせ、

「勿論、読みました! 大好きです!」

 と前のめりに言ってしまう。

「俺も好きなんだ。というか、本当は『カレントチャプターが大好きな人』が好きなんだけどね」

 照れたように頬を指で掻く。その仕草も、隙なくカッコいいのだからすごい!

「まぁ! では、好きな人のために?」


 これは恋バナ、というものなのではっ?

 私は胸の前で指を組み、彼を見上げた。


よこしまな動機だろ? でも、原作もDVDも全部見て、俺もこの話が好きになったよ。中でも主人公の愛の大きさっていうか、思いの深さっていうか……とにかくすごいだろ?」

「ええ、わかりますっ」

「感動したんだよ。で、映画化されるって聞いて、絶対この回想シーン、サカキは俺がやりたい、って思ってたんだ」

「ああ、大和さんはサカキ推しなのですね。うちの母と同じです!」

「あれ? 水城さんは誰推しなの?」

「ラ・ドーン様ですわ! あのマッチョな体格に似合わぬ女言葉と、繊細な優しさ。時折見せる男らしさに惹かれてしまいましたの!」


 完全なるオタク目線で語ってしまった。


 そんな私の話を、彼は黙って聞いてくれていた。

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