第3話

バレンタイン当日


 塾のバイトが入っていた。なんだかんだイベントごとが好きな僕は、生徒たちにチェコを配った。塾長には配るなって怒られたけど、生徒が喜んでくれたので結果オーライじゃんって思った。塾長もこっそり僕が配ってたお菓子食べてた。


 お菓子を配った以外はいつもと変わらない日で、最終コマの授業を終え帰ろうとした。そうしたら、バイト先の子たちから呼び止められチョコを貰った。最近入った後輩とか、チーフの子とか、もちろん後輩からも貰った。


 こういう職場でも気を遣ってチェコ渡さないとけないのって女の子って大変だなって思った。ホワイトデーの三月十四日にはもう地元に帰っているので早めにお返しをしないなって思ったと同時に東京にいるのもあと一ヵ月もないのかと寂しい気持ちになった。


 ちなみに彼女からのチョコは宣言通り、市販のチェコだった。少しだけ手作りに期待してたのは内緒だ。

 こうして、バレンタインというイベントごとを終えたが実はもう一つのイベントが控えていた。それは彼女の二十歳の誕生日だ。


  誕生日の当日は、塾のシフトが入ってるらしく、その次の日にボドゲで遊んだいつぞやのメンバーで誕生日会をすることになった。

 これが決まったのがバレンタインの次の日だった。彼女の誕生日は二月十七日。つまり誕生日会まで二日しかなかった。


 誕生日プレゼントに何を買おうか悩んでいると彼から連絡があった。

「誕生日会、集まる前に誕プレ買いに行かない?」

「いいよ」

 二つ返事で了承した。


 けど、なんだか彼女を狙っている彼と差をつけたかったのかもしれない。

 僕は、誕生日当日も彼女を祝おうと思った。


 彼女の誕生日の日、この日彼女より早く授業を終える予定だったので最終コマの後、すぐに誕生日プレゼントを買いに行った。あれだけ彼女と話してても誕生日プレゼントを選ぶのは難しかった。


 アクセサリーは重いし、花とかはいらないだろうし、マッサージ器具は高すぎるし、考えるうちにどんどんわからなくなっていった。


 男友達から貰って嬉しいものってなんだろう。プレゼント選びは難航した。

 彼女の塾のバイトが終わる時間がどんどん迫っていた。僕は、もう無難に少しいいところのマキシマイザーとハンドクリームを買った。プレゼントを包装してもらい、店を出た。



 店を出たら、塾の最終コマが終わる時間になっていた。だから、僕は彼女に連絡した。

「バイトお疲れー。いまちょうど駅にいるから少しはなそー」

「ちょうど今、塾終わりました!話しましょ!」


 タイミングが良かった。すぐ連絡が帰ってきた。外も冷え込んでいたため、僕はカフェで彼女がいつも飲む物をテイクアウトし、彼女を待っていた。


 やっぱり都会の駅は人で溢れてるなと思いながらぼーっとしていると袖を掴まれた。

「待ちましたか?」

 上目遣いで見てくる彼女は相変わらず可愛かった。


「ううん。待ってないよ。これあげる」

「えっ、いいんですか。ありがとうございます」

 そう言い、彼女は一口飲んだ。


「ん、これ好きなやつだ。先輩はやっぱり私のこと分かってますね」

「俺が飲みたかったやつ買っただけ」

「出ましたね、ツンデレ。そう言えば、どこで話します。公園にします?」


 それから僕たちは公園に移動した。


「今日塾先輩が帰ってからすごかったんですよ。すっごい怒り出した先生がいてー―」

 彼女は楽しそうに今日あった出来事を話していた。


 僕はどのタイミングでプレゼントを渡そうか気が気でなかった。だから適当な相槌になってたかもしれない。


「ちょっと聞いてます?」

 彼女は僕の顔を覗きこみながら聞いた。

 普段と様子の違う僕に気がついたのか彼女は場の雰囲気を変えようと冗談を言った。


「そう言えば、今日私の誕生日ですよ?何かないんですか?」


 ちょうどいいパスが来た。

「二十歳の誕生日おめでとう」

 プレゼントを渡しながら彼女に言った。


 彼女は豆鉄砲を喰らったかのように驚き、くりくりした目をぱちぱちしていた。

「ほんとうにあったんですか?」

「二十歳って特別だからね。当日に祝いたくて」

「本当にうれしいです。先輩には貰っちゃってばっかりだね」

「そんなことないよ、ほら、なんか話してるだけでも元気貰えてるし」

「適当に言ってないですか?」

「本心。本心」

 彼女は涙目になりながらもプレゼントを大切そうにして持った。


「プレゼント見ていいですか?」

「いいよ」

 彼女は梱包されたプレゼントを丁寧に開けた。プレゼントを見て彼女は少しムッとした顔をした。


――あれ、失敗したかな。


「なんかこれすごく女慣れしてません?けど、すっごく嬉しいです。あと、ハンドクリームもちょうど欲しかったんですよ!ありがとうございます」


 それから彼女は、プレゼントを何回も見ながら喜んでいた。


「ハンドクリームっていつも使いかけのままどっかやっちゃうんですよね。だから毎年買わないといけなくって。」

「そうなんだ。なんかメモ帳とか付箋みたいだね」

「ほんとその通りです。けど、先輩から貰ったやつはしっかり使い切りますね」

「うん、そうして」

「私、お返しに先輩の次の誕生日にハンドクリームあげます。男性も使った方がいいです。使っている人の方が好きです」

「期待して待ってるよ」


 そんな会話をして、解散した。

 彼女は帰り際、笑顔で元気いっぱいな声でお礼を言った。


 その笑顔が見れただけでもプレゼントをあげたかいがあったなって思った。


 寝る前、彼女から携帯にメッセージが入っていた。

「今日、ほんとびっくりしました!二十歳幸せすぎます。ありがとうございました」


 少しだけ心が暖かくなった。明日も楽しんで貰えるといいなと思いながら目を閉じた。


 彼女の誕生日会当日、僕はお昼に家を出た。

 彼と、彼女への誕生日プレゼントを買う為だった。


 僕は、昨日のうちにプレゼントを渡したから買う予定はなかったけれど、彼と誕生日プレゼントを色々見ているとまた、プレゼントしたくなり、欲しいと言っていた香水を買った。


 一方で、彼はプレゼント選びに難航していた。彼女の好みが全然分からないと嘆いていた。長時間の買い物が苦手なのか一時間絶たずして考えるのを諦め、カフェのギフトカードと青いブックカバーを買っていた。


 思ったより早く買い物が終わったため、誕生日会の時間まで僕たちは時間を潰した。


 彼は、疲れたように息を吐いて、言った。

「やっぱりこういうの向いてないわ、女との買い物もすぐ飽きて携帯さわっちゃうんだよね」

「それ、喧嘩になるやつだ」

「そうそう、でもぶっちゃけ俺が興味ないからしょうがなくない?」

「えー、女の子が楽しそうに買い物してるだけでもいいじゃん」

「そんなこと思えないって普通」


 時間つぶしにそんな話をしていると彼はニヤケながら言った。

「そう言えばさ、彼女のことデートに誘おう思うんだけど、どこがいいと思う?」

「うーん。わりと静かなとこが見たいだよ?あと観覧車も乗りたいって言ってたからみなとみらいとかいいんじゃないかな」

「へぇー、そうなんだ。誘ってみよ」

「喜ぶんじゃないかな」


 僕は、今うまく喋れてたんだろうか。なんとなく彼女と彼が付き合い出す未来が想像できていた。こういう勘は昔から良く当たる。


「本当に誘っていいの?」

 彼は確認するように僕に聞いた。


 きっと彼は僕が彼女を好きなのになんとなく気づいているんだろう。

だから、僕は彼に聞いた。

「本気で彼女のこと好きなの?」

「そうだよ。だってあんなに可愛くて趣味合う人中々いないから」

「そっか、僕も好きなんだよね。彼女のこと」


 そういうと、彼は驚いた顔をしていた。僕が正直な気持ちを言うとは思っていなかったんだろう。それでも、僕は続けて言った。なるべく明るい声で。

「僕たちライバルだね。お互い遠慮なくいこうね。たぶん僕は振られるけど」


 きっとこの時の僕の笑みはぎこちなかったと思う。


 気づけば、もう誕生日会の集合時間が迫っていた。僕たちは集合場所であるイタリアンレストランに向かっていった。


 集合場所に着くと彼女とチーフは既に店の前で待っていた。

「ごめん。待った?」

「ううん、待ってないよ」

 僕と彼女はテンプレ通りの会話をした。


 それからお店に入って個々に料理を頼んだ。

 料理が来る前の雑談中どのタイミングでプレゼントを渡すか悩んでいるとチーフと目があった。お互い、渡すタイミングで悩んでることが何となく分かって、思わず笑ってしまった。


 僕は、チーフの子に今プレゼントを渡すように目線で促した。

 そうしたら、チーフが覚悟を決めた顔してプレゼントを持った。

「誕生日おめでとー、はいこれプレゼント」

「わー、ありがとうございます!」


 プレゼントを貰った彼女は嬉しそうにプレゼントを受け取った。

「今開けていいですか?」

「どうぞ」


 彼女はサンタさんからのプレゼントを貰うように目を輝かせながらプレゼントを開けた。

 プレゼントは、化粧品と美容グッズだった。正直、男にはよくわからない代物だった。


 彼女はそのプレゼントを見て、チーフにセンスがいい、流石わかってる、なんて言いながら褒めていた。


 その次に僕がプレゼントを渡そうとすると彼が慌てた様子で彼女にプレゼントを渡していた。

「ちょっと待って。ハードルが上がる前にこれあげる。はい」

 彼は、そう言いながら少し雑に包装されたプレゼントを渡した。


 彼女は変わらず目を輝かせながらプレゼントを開けた。

「わぁ、ありがとうございます」


 ぎこちない喜び方だった。

 流石にギフトカードとブックカバーはないだろっていう目でチーフが彼を見ていた。


「さっき買いに行って、結構悩んで買ったんだ。本読むの好きって言ってたし」

 彼は周りの空気を察することなく照れくさそうに喋った。


「そうだよね。彼すごく悩んで、一生懸命選んでいたよ」

 場の空気を壊さないように彼をフォローした僕は性格が悪いのだろう。

 買う時に止めることもできたし、彼女の好みを彼に伝えることもできたのに...ただ皆に良い顔がしたい僕に少しだけ嫌気が刺した。


 とりあえずここは祝いの場だと気持ちを切り替えて僕のプレゼントを渡した。


 彼女はとても驚いていた。昨日も貰っちゃったのにいいのって顔をしていた。

 僕はそんな彼女を見て、プレゼントを開けるよう目で促した。


「これ買おうと思ってたんですよ。しかも、同じ匂いのやつ!」

彼女は満面の笑みで嬉しそうに言った。


 やっぱり彼女の笑顔は可愛かった。

 ふと、隣を彼も同じように彼女の笑顔に見とれていた。


ーーーやっぱり可愛いよな。分かる。


 その後は、塾での愚痴を話しながら頼んだ料理を食べて誕生日会が終わった。


 帰り道は以前と同じように彼と一緒だった。


「やっぱり彼女かわいいよな」

 彼は、きっとプレゼントを貰った顔を思い出しながら言ったんだろう。


 僕は、誕生日会の前に、僕も彼女が好きと彼に伝えた。

 もう彼の前では彼女への気持ちを隠さなくてもいいんだと思うと彼の言った言葉に嫉妬とかよりもモヤモヤとかよりも共感が勝ってしまった。

 僕は、「分かる」といいながら彼と握手をした。


 それからは彼女の可愛い所をお互い言い合った。僕たちは戦友になった。


「これからもう気にせず情報言い合おうぜ、デート誘ったとか電話したとか」

「いいよ」

 彼の提案に僕は二つ返事をした。


 別れ際、彼は噛みしめるように息を吐き言った。

「彼女俺があげたプレゼント喜んでたなぁ」

「ふっ、めでたいやつめ」

 僕は、鼻で笑いながら答えた。


「ちょっとそれどういう意味!?」


 驚く彼の声を背に僕は電車を降りた。


 駅から家に帰る途中、彼女から電話が来た。


「もしもし、もう家に着いたの?」

「いいえ、まだです。今日あまりにも嬉しくて電話かけちゃいました」

「かわいいやつめ」

「もうほんと嬉しいです。昨日も祝って笑ったのに今日もくれるなんて」

「二十歳って特別だからな」

「貰ってばかりで申し訳ないです。何にも返せていないです」

「ありがございますって言葉だけで充分お返し貰ってるよ」

「そんなことないです。今年の誕生日絶対プレゼントします」


 それから嬉しそうに彼女は今日のことを振り返って話していた。

 ひとしきり、感想を言ったと彼女は様子を伺うように訪ねてきた。

「ぶっちゃけ、誕生日プレゼント、ギフトカードとブックカバーでどう思いますか?」


 滅多に悪口を言わない彼女も少しは思うところがあったようだ。

 僕は正直に答えた。

「ぶっちゃけ、あれはないな」

「そうですよね」


 僕の共感を合図に彼女は文句を言い出した。

 もっと私のこと考えろーとか女心分かってないですよとか、ほんと何考えてるか分かんないとか。


 彼への文句を言う彼女は誕生日会の感想を言うより楽しそうに話していた。

少しだけ胸が痛んだ。


 またいつものように寝るまで電話すると思っていたけど、他の人にもお礼の電話をしたいからと言って彼女は電話を切った。


 彼にも電話するんだなと思うとまた少し胸が痛かった。


 彼女との電話を終え、僕はお風呂に入った。湯船につかり、何も考えないように深呼吸をした。何も考えないようにしているのに彼女と彼が電話している様子が頭にちらついた。


 考えすぎてしまう自分に嫌気がさし、今日は早く寝ようとお風呂を上がり、布団に入った。

 寝ようと目を閉じたら、携帯に通知音がきた。


 彼女からの電話に気づけるように夜は通知をオンにしていたことを思い出した。すこしだけ彼女からの連絡を期待し、画面を見ると彼からの連絡だった。

「今週末デート行くことになった!」


 羨ましい限りだった。僕が夕方にアドバイスしたようみなとみらいでのデートだった。

 僕は頑張れよとだけ返信をし、携帯を伏せた。


今週末にデートかと思い、カレンダーを見た。もう僕が東京を去る二月下旬まで二週間も残っていなかった。

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