第24話人工聖人計画

 ——◆◇◆◇——

 [リタ]


「私は……なんでこんなことに……」


 あれから三日が経過した。

 逃げ出したあとは森の中を走り続け、偶然見つけた洞窟に入り込んで丸まって隠れ続けていた。

 隠れ続けたまま時間が経つと、ひとまずは冷静になることができた。冷静にと言っても、いまだにわからないことばかりで考えなんてなにもまとまらない。


 腕を切り落とそうかとも思った。けれど、できなかった。道具がないとか、切り落とす覚悟がないとか、そういった話ではない。そもそも、傷つかなかったのだ。

 木として変質しているのは手首と肘の半ばくらいまで。ならば肘を切り落としてしまえば、そう思って転がっていたそこそこ大きな石を腕に叩きつけ、傷一つつかなかった。

 ならもっと上を、と肩を狙っても、結果は変わらない。試しに左腕を傷つけてみたら、ちゃんと痛くて血が出た。だからきっと、変質してしまったのは右腕だけなのだろう。


 きっと胸あたりまで抉るようにすれば排除できるのかもしれないけれど、そんなことをすれば確実に死んでしまう。私にそこまでの勇気は……なかった。


 改めて浄化を使ってみても、なんの変化もない。

 それでもなにもしないよりは、とただ膝を抱えて浄化を使い続けている。

 こんなことをしても意味はないのかもしれないが、なにもせずにいることはできなかった。

 それに、浄化を行なって疲れれば、寝ることができる。今は頭が混乱してしまい、寝ることすら満足にできないから。だから、疲れることができる浄化は、私にとって救いだった。


「どこに行けば……どうすれば……」


 けれど、そうして二日が経過し、三日目の今日。浄化をすることすら疲れてしまった。

 だが浄化をやめてしまえば、今まで考えなくても済んでいたことに意識が向かってしまう。


 なんでこんなことになってしまったのかわからない。

 これからどうすればいいのかもわからない。

 どこにいけばいいのかも、そもそも自分は生きていていいのかも、なにもわからない。


「リコ……」


 口からこぼれでた名前は、これまで心の支えとしてきた姉のもの。

 けれど、その姉の存在も思い出せない。それは今まで当たり前のことだったのに、どうしてかいまになって思い出せずにいた存在を心の支えにしていたことが不思議に思えてならない。


「なんで……なんで思い出せないの……。姉のことでしょ。何度も見てきたはずでしょ。なのに、どうして何も思い出せないのっ……! リコ……どうして……」


 何度思い出そうとしても、なにも思い出せない。ただ、姉がいたのだ。姉と約束をしたのだ。そのことだけが頭の中に浮かんでくる。まるで、決して忘れてはならないのだと頭の中に植え付けられたみたいに。

 でも、それだけ。それだけしか思い出せない。

 姉の顔も、姉との思い出も、なにを約束したのかも。

 そうだ、母はどうした? 父はどうなった? 一緒に暮らしていたはずだ。死んだ知らせは受けていない。なら今も生きているはずなのに、顔も声も思い出も、なにも思い出せない。それどころか、今の今まで気にすることすらもしてこなかった。なんで? 姉のことはなにも思い出せずとも大事に思ってきたのに、どうして両親のことは存在そのものを忘れていたの?

 なんで……私にいったい何が……そもそも、私はなんなの……?


 そんなことを考えたのがいけなかったのか、私の全身を鈍い痛みが襲った。


「見つけたぞ、リタ・クランツ」

「っ——!」


 誰か近づかないか警戒していたはずなのに、していなければならなかったのに……失敗した。


 痛みを無視して咄嗟に声のした洞窟の入り口へと体を向けると、そこには何人かの武装した者達を連れたマルコ司教様が立っていた。


「し、司教様!? なんでこんなところにっ……!」


 マルコ司教様のような方がこんな洞窟にまでくるはずがない。それに、その後ろの人達は? こんなところまで来るんだから護衛が必要だということは理解できる。けれど、聖騎士では……ない?


「なぜも何も、お前を探しに来たのではないか」

「わ、わた……私は……」


 私を探しにきた。その言葉で、私は救われたような気になった。けれど同時に、恐怖も湧いてくる。

 私を探していたというのは、どうして? 私を救う方法が……混獣となった体を元に戻す方法があるから? それとも、混獣となった私を——


「ふむ。安心しろ。お前の事情はわかっている。体が混獣のようになってしまったのだろう?」

「そっ……なんっ……どうすればっ!」


 そうなんです。なんでこんなことになったのかわからない。私はどうすればいいのか教えて欲しい。

 そんなことを口にしようと思ったけれど、思いだけが先走ってうまく言葉になってくれない。

 自身の考えを言葉にして相手に伝えなくてはいけない状況なのに、それすらもまともにできない自分の口が恨めしい。お前は喋るためにいるのではないのか。

 そう思うけれど、焦る私を落ちつかせるようにマルコ司教様は右手をこちらに向けて落ち着くように示し、話し始めた。


「原因については心当たりがある。ひとまずその部位を見せてみよ」


 心当たりがある。もしそうであるのならば、きっと解決方法もあるはず。だって、治すことができないにも関わらず司教様がここまでくる理由なんてないんだから。


 そう判断した私は、杖と一体化してしまっている右腕を恐る恐る前へだし、司教様へと見せる。

 聖女であるはずの私が瘴気に侵されてこんな状態になってしまったなんて恥でしかなく、そんな体を見せなければならないだなんて、ともすれば裸を見られるよりも恥ずかしいとすら感じてしまう。

 けれど、仕方ない。私の体が治るためには見せないことには始まらないのだから。きっとこの恥ずかしさも今だけのもの。今を乗り切ればきっと、私は元通りの体になって、また聖女として活動していくことができるようになるはず。

 だから……


「やはりダメだったか。双子であればと思ったのだが……もっと時間をかけて調整すべきだったか?」


 けれど、私の腕を見ていた司教様の口からこぼれたのは、よくわからない言葉。

 いえ、何を言っているのかは理解できる。けれど、その言葉の内容が今の状況とどう関係してくるのかが理解できない。


 双子? それは私とリコのこと? なんで……何が私達ならなの? 調整って、いったい何を……?


「し、司教様……? な、何がっ、何が起きているのかご存知なのですか!?」


 考えていても答えは出ず、早くこの腕を治したい私は、何か事情を知っているけれどまともに話そうとはしない司教様の様子に焦れて、声を荒らげてしまった。


 そんなそんな私の感情に反応して変異した右腕がわずかに蠢き、司教様と共に来た方々が武器に手をかけた。

 違う。私は攻撃するつもりなんてない。だからもう、剣なんて向けないで。私は誰も傷つけるつもりなんてないの。ただみんなに平和に、幸せに過ごしてほしかっただけ。だから、やめて……。


 祈るように司教様達のことを見ていると、ついに司教様が口を開き——


「知っているとも。お前のその状態は、私達が仕組んだものだからな」


 ——いつもと変わらない笑顔のままそう言い放った。


「え——」


 何を……? 何が……なんで? え? 仕組んだ? 何を? この腕を? 誰が?


 はっきりと聞こえて認識したはずの言葉だけど、私には何を言っているのか理解できなかった。だって、そうでしょう? 私の腕がこんな状態になってしまったのは、私の味方であるはずの司教様だというのだから。


「お前は、十人の神々の偉業を知っているか?」


 私が困惑していると司教様は突然そんな話をし始めた。

 当然知っているけれど、いきなり話が飛んでしまい私はなんと返せばいいのかわからず返事をせずにいたが、司教様は気にすることなくそのまま話を続ける。


「過去に存在していた十人の神は、その能力をもって人々を救ったという。その功績は多岐に及ぶが、その中には魔物や混獣の群れをたった一人で処理したという伝説すら残っている。その全てが本当だとは思わないが、そう謳われるほどの何かを成したのは間違い無いだろう。だが、今の人間にはそのようなことはできない。神と呼ばれている彼らも、元はただの人間でしかなかったにも関わらずだ。文明、環境、人体……それらさまざまな変化によるものだと考えられているが、このまま待っているだけでは過去の神達のような力を手に入れることはできない」


 え……それは……何を言って……この人は、何を言っているの?

 十人の神々が人だった? なら、神話は? 教義は? 教会はなんのために作られたの?


 百歩譲って仮に神々が人だったとしても、その力を手に入れる? それは不敬を通り越して、ただ狂っているだけなのでは?


「そこで教会は考えたのだ。待っているだけでは神が生まれないのであれば、自分達で調整して作り上げてしまえ、と」


 わからない。司教様が……この人が何を言っているのか、理解ができない。

 なんなの? 神を自分たちで作るってなに? 今の話はこの人だけの考えではなく、教会そのものがそんな頭のおかしなことを考えているというの?


「人が瘴気に耐えられないのであれば、瘴気に耐えることのできる体を作ればいい。人よりも瘴気に対する耐性が高く、瘴気に取り込まれても混獣として変異することなく活動し続けることができる体。そんな体を持つ者がいれば、瘴気を体内に取り込みつつも変異せず、取り込んだ瘴気の力を攻撃へと転じさせることができるはずだ。そうなれば、過去の神々に劣ることのない力を手に入れることができるはずだ。それを成すために、我ら人の手で瘴気を押さえ込むことのできる人間を作る。それこそが『人工聖人計画』だ」

「人を、作る……?」


 もうなにを言っているのかわからない。理解できない。頭が追いついていかない。

 ちゃんと言葉は聞こえて理解しているはずなのに、頭がそれを受け入れてくれない。ただ右から左へと、聞いているはずなのに垂れ流しになっていく。


 けれど、これだけはわかる。この人は……いえ、教会は、どうしようもないくらいに狂っていると。

 だって、でなければ人を作るだなんて、思いつくはずがないのだから。


 …………………………あれ? でも、なんでこの人は今、こんな話を……人工聖人計画?

 私は聖女で、つまり聖人で……それが作られる計画があって、私はここにいて……いや、嘘。違う。だって、違う。それはあり得ない。だって私は……

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