第18話『借金女』に会いに
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[リンド]
リシュタッドで聖女と別れたあと、少し気になることがあって聖女の後を尾けるようにコールデルへとやってきたわけだが、調べてみるとやはりというべきか、教会に怪しい動きがあった。
怪しいと言っても、それは内部の事情について知っている俺だから言えることで、一般人からしてみれば大した違いなどないだろう。
「教会に怪しい動きがあるってんで来てみたら……やっぱり神器か」
正確には宝器だが、どっちにしても同じだ。どちらもクソッタレな道具なんだから。
あの宝器と呼ばれる道具は、確かに術者の能力を引き上げることができる特殊な装備だ。
装備にも相性というものがあり、使い手との相性次第で二倍になることもあれば五倍になることだってあり得る。
相性を気にしなければならないという厄介さはあるものの、普通の術者を強化する道具であれば最大でも二倍であり、通常は七割も強化することができれば上出来という中でその強化率は群を抜いている。それこそ、異常と言ってもいいくらいに。
そんな装備を瘴気を浄化するという役目を持っている聖人に持たせるのであれば、それはたいそうな結果を残してくれることだろう。実際、《深淵》との前線では聖人達が宝器を使って浄化を施している。それによって人類は《闇》に飲まれることなく生活することができているのだ。
だが、そんな宝器だが、問題がないわけでもない。
『それも、あの娘だったな』
「まあ、予想はしていたがな」
あいつが聖女だってことと、体調と行動を考えれば、近いうちに宝器を与えて処理することは十分に考えられることだった。
とはいえ、予想できていたと言っても、だからと言って俺に関わりがあるわけではない。俺に関係ない人物が関係ないところでどうなったとしても知ったことではない。
普段の俺ならば、きっとそう言って教会に目をつけられないように聖女にも教会にも関わらないように離れていったはずだ。
だが、今の俺はそうはせずにわざわざ教会の支部がある街にやってきて、監視だ調査だと危険を犯している。なぜこんなことをしているのかと言ったら、邪魔をするためだ。
邪魔。……そう、邪魔だ。聖女を助けるために行動しているのではなく、ただ教会のやっていることが気に入らないから、それを潰すために行動するだけだ。
『それで、どうするつもりだ?』
「もちろん、決まってんだろ」
楽しげにニヤニヤと笑いながら問いかけてきたクロッサンドラに答えながら、俺はちょうどこの街にいる知り合いの元を訪ねるべく歩き出した。
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知り合いに会うためにやってきたのは、そこそこ繁盛しているが、その客層はお世辞にも品が良いとは言えない輩ばかりな酒場。
その場所に入った途端に、こちらのことを値踏みするような視線がいくつも向けられてきたが、そんなものに用はない。
これでこちらがもっと若かったり装備が素人臭かったら絡まれたのかもしれないが、こちらとてそれなりの年月を傭兵として活動してきたんだ。今更こんなところに来たとしても、他の客達も傭兵が一人やってきただけだとしか思わないだけの雰囲気くらいは持っている。
「よう」
向けられた視線を無視し、そのままカウンターへと向かい、一人の老人へと話しかける。
初めての相手にかけるには随分と軽い挨拶だが、問題ない。何せ初めて会うわけではないのだから。
この老人とは以前からの知り合いだ。知り合いと言っても、大した縁があるわけではない。ただ知り合いの知り合いというだけだ。
知り合いの知り合い。その言葉からわかるだろうが、俺が会いにきた知り合いというのはこの老人ではない。あくまでも目的の人物は別にいる。
「……何を飲む」
顔見知りであり、俺がなぜここにきたのかもわかっているくせに、老人は自身の役割を忠実にこなすべく、定型の言葉を投げかけてきた。
さて、何と答えるべきか。普通に合言葉を伝えてもいいんだが……今の合言葉って知らないんだよな。警備のためなのか、ここのオーナーの趣味なのかは知らないが、不定期に合言葉が変わるもんだからめんどくさい。
俺の場合は顔見知りなんだから昔のやつでも問題ないだろうが、一番手っ取り早い方法で行くか。
「あー、『借金女』に会いに来た」
こう言えばどんな合言葉だろうが、一発で案内してくれるだろう。何せ、この名前で呼ぶのは〝俺達〟くらいなものだからな。
「……その呼び方はやめてやれ。あいつらがヘソを曲げると面倒なんだ」
俺が口にした呼び方を聞いて、老人はかすかに、だがはっきりと眉を顰めて苦言を口にした。
周りで俺のことを観察していた輩どもも、俺が口にした呼び方を聞いてがたりと椅子を鳴らしている。
なぜこんな場所に集まるような荒くれどもがそんな反応をしているのかと言ったら、この呼び方をするとキレる奴がいるからだ。そしてその〝キレる奴〟こそが俺の目的の人物でもある。
「俺じゃなくて他のやつに言ってくれ。言い合いをするのは俺達じゃないんだからな」
〝そいつ〟のことを借金女と呼ぶのは俺ではないし、言い合いをするのも俺ではない。俺はただ〝こいつ〟の呼び方に倣っているだけだ。
文句を言うのであれば、言い合いをする本人達に文句を言ってくれ。
「……言う相手がいるのなら既に言っている」
まあそうか。でも、確かにあんたじゃ無理だよな。だって、〝こいつら〟のことが見えてねえんだから。
俺の言う〝こいつら〟と言うのは、まあわかるだろうがクロッサンドラのことだ。
ここのオーナーであり俺の目的である人物は、俺と同じように意思の宿った装備を所有している。その形は俺の聖剣と違って武器ではないが、意思が宿っていると言うことに変わりはない。
だが、問題はその宿っている意思だ。クロッサンドラもこいつはこいつで問題があるが、そいつもそいつで問題があるのだ。
どんな奴なのかと言ったら、それはまあ会ってからのお楽しみだな。……いや、全然楽しみでも何でもねえけどさ。
そんなクロッサンドラと同類の見えない存在について知っているように話すこの老人だが、要はここのオーナーからそれだけ信用されているということだ。
それが信用なのか、それとも裏切ったら処理すればいいだけと思っているのか、そもそも誰かに話されたところで問題になるとは思っていないだけなのか、実際のところはどう思っているのかなんてわからないが。
「そうか。じゃあ仕方ねえな。選ばれなかった不運を呪え」
「どちらかと言うと、選ばれなかったのは幸運なのではないか?」
思わぬ返しに、俺はわずかに動きを止めて老人のことを見つめる。
だが、確かにそうだな。ああ、そうだ。言われてみればまさしくその通りだ。
「……。……くくっ。確かにそりゃあそうだ。ああそうだったな。あんな奴らに目をつけられたなんて、不運以外の何者でもねえやな」
『何が不運だと言うのだ! 私に会えたことは幸運であろうが!』
何が幸運だよ。お前みたいな口うるさい上に厄介ごとを引き寄せるような奴とで会うことのどこが幸運だってんだ。お前と出会わなければ、今も俺は聖騎士として何一つ疑うことなく幸せに教会で仕事をし続けていたはずだ。
……それはそれでゾッとしないな。何も知らずに働き続けていたかもしれないと考えると、こいつに会えたのは幸運だったと言えるのか?
まあ、どっちでもいいか。不運も幸運も、どっちもおなじくらいってことでいいだろ。
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